街3
私一人で勝手に舞い上がっていたようですね?
一日限りの人、安かろうが高かろうが、たががお昼、奢ってくれるんだからいいじゃない?
塚本さんが大人でお気遣いが出来るって言うのは、もう、よくわかりました。
ごめんなさい。失礼致しました。
でも。
さすがにそんな高いとこ、入るわけにはいきません。
と(勝手にも。ええ、勝手ですが?)思っちゃったので、
そんなの、塚本さんに悪いです、とか私がいいだし、
じゃあ、結局綾ちゃんは何が食べたいの?俺は腹が減ったんだけど、
と塚本さんが(あたしの鼻を摘んだまま)困ったように言い、
(イラつかれたかも。イラつくよね、普通)
いや、何が食べたいって訳じゃないんだけど、なんでもいいんだけど、お腹は空いて無くて、
っても高すぎは嫌だけど、ああ、もうメンドクサイと疲れてきたら、
(だって炎天下に鼻血よ?)
じゃあ、ファミレスに入っときゃいいじゃない、一本向こうにあるでしょ、
と拓也に呆れたように言われ、
ああ、ファミレスね。それいいですね。
え?綾ちゃん、ファミレスでいいの?じゃあ、そこ行こ。
となり。
「よかった、ヨッシーの鶴の一声でそこに決まったよ。さすが、同級生。助かった。」
と塚本さんがアイドルの様な笑顔を拓也に向けた。
それを見た拓也は対照的にピキっ・・・と凍りつき
「・・・何?『ヨッシー』って・・・?」
思いっきり嫌な顔。
拓也、最初の爽やか好青年後輩、の仮面を出会って10分で脱いだわ、わはは、ザマー見ろ。
私はなんだか嬉しくなって、内心でふんぞり返ってしまった。
拓也の表と裏との二重人格ぶりが、どーも前から気に入らなかったのよねえ。
それがこの短時間で崩れるなんて、彼の敗北以外ありえないでしょ、ぬははは。
・・・でも、考えてみれば、それが出来る塚本さんって、すごいな。
拓也の猫っかぶりってかなりの年季が入っていると思っていたんだけど。
「『吉川』ならヨッシーだろ?『古川』って呼ばれるのとどっちがいい?」
塚本さんがニヤッと笑った。
・・・うそっ!この人、最初っから、絶対わざとだ・・・!
私が思わず絶句した隣で、拓也も同じ事を思ったらしい。
「・・・なんか、殺意すら湧いてきた・・・。」
拓也の黒い声を聞いても、ますます嬉しそうにわははと笑う塚本さん。
うわー、爽やかに腹黒だなー・・・。
その時、私の携帯が鳴った。
それをきっかけに塚本さんから鼻を放してもらって出ると、奈緒からの電話。
彼女はなんだかニヤニヤと、そっちはどーよ?と言いながらも、なんとなく様子が落ち着かない雰囲気だった。
でも私は、まずあんたのせいで2度目の鼻血を出してしまった、と激しく抗議を開始。
「ちょっと、綾ちゃん、落ち着いて。また出るよ・・・・?」
と塚本さんが後ろから声をかけてくれるのと、
「・・・バカらしい。俺、もう行く。」
と拓也が歩きだすのが同時だった。
「あ、拓也?バイバイ。」
と手を挙げると、電話の向こうで奈緒が
「え?吉川氏がいるの?そこに?」
「うん。偶然。もう、どっか行くらしいけど。」
「ちょ、代わって、吉川氏に。」
「は?」
「いいから!」
訳分からずに私は拓也に、無言で電話を差し出した。
彼は、そのどっちかって言うとかなり童顔の可愛い顔を少し訝しげにゆがめて、私を見る。
「・・・何?」
「奈緒から。」
「田中さん?・・・が、何?」
「・・・あんたに代わってほしいって。」
「・・・・はあ?」
彼はますます不審そうにすると、パンツのポッケにつっこんでいた片手を出して、携帯を受け取った。
「もしもし。・・・・・はあ?なんで?・・・・・・何それ。・・・なんで、そんな事したの?・・・・何だ、それ。・・・・んなの、ちげーよ。・・・・・・・・・・・わかったよ。・・わかったっつったの!うん。・・・うん。後で、絶対来いよ!」
あ、切った。人の携帯を。
「奈緒、なんだって?」
「・・・・お前について行け、だって。」
「ええ???何でっ?!」
思わずの大声。何故に、何故に拓也が??
何故、拓也を遣わすっ!!??奈緒っ!!???
ついて来させるって、あたしを拓也と一緒にいさせるって、どういう了見??!
「なんか、田中さんが後から合流するらしいから、それまでのつなぎ、って。」
「ああ、彼女、来るんだー。」
ニッコリと綺麗に笑う塚本さん。
「・・・その、見るからに『がっかりしました』みたいな表情、やめてくれない?」
拓也が、少し嫌そうに私に言った。
「えっ!?何っ!!失礼な事言わないでよっ!!。別にがっかりも何もしてないわよっ!!」
私は滅茶苦茶恥ずかしくなって、大声で言った。
がっかりなんて、塚本さんに下心あり、みたいに聞こえるじゃないのっ!!
・・・まあ、がっかり、かな。
一方で私は、割と冷静に自分に突っ込む。
だって、「奈緒が来る」って彼が聞かされた時も、顔色変えずに、むしろ嬉しそうに
「あ、来るんだー」って言うなんて、
彼は私との外出を、特に何とも思っていなかったってことでしょ?
それって、相手が塚本さん(イケメン)じゃなくって誰であっても、
男性から言われたら、女の子は内心、結構凹むと思うけどなあ。
「・・・デートじゃなかったんだ・・?」
拓也はなんとも複雑そうな表情で、先程とはうってかわって遠慮がちに聞いてきた。
・・・まあ、ね。元カノのデート現場に遭遇した、と思えば、居づらいわよね。私でも想像できるわ。
「何よぅ。『デートな訳ない、色気がない』ってあたしに言ったの、拓也じゃない。」
「でも、まさか本当に違ったとは。わあ、びっくり。」
何、その棒読みの嫌味な言い方。たった今の殊勝な様子は何処へ消えた?
「塚本さん、この街を案内してほしいそうですね?田中から聞きました。で、不本意ながら、俺も一緒にいいですか?彼女が合流するまでの間。そう頼まれたんで。」
「いいぜぇー。3コも年下の連中に囲まれて、コーコーセー引率するセンセーみたいだけど。」
塚本さんもすっかり砕けた感じで拓也に答える。本当に楽しそう。
すると拓也は急にニヤッと笑って、彼に言った。
「じゃ、よろしくね、みどりちゃん。」
・・・何?
「・・・・はい?」
塚本さんが、珍しく眉間にしわを寄せて拓也を見る。
拓也はさも愉快そうに、ニヤニヤ笑いながら言った。
「だって、碧でしょ?俺がヨッシーなら、これからみどりちゃんで行きますんで、よろしくお願いします。」
ってあんた、その態度、お願いしてないし。
っていうかこの人、名前、みどりちゃんなんだ。へー。
・・・かわいい。
「・・・おっまえ、3年前の印象と全然違うなー。可愛い顔して、無礼な奴だな。」
塚本さんが、言葉とは裏腹にちっとも怒ってない様子で、キョトンと言う。
一方の拓也はしれっとしたもので、
「それが俺の売りなんで。」
なんて言ってる。
私は、拓也のその相変わらずの馴れ馴れしさぶりに呆れてしまった。
そうか、この子の馴れ馴れしい態度って、女性相手に限られた事じゃなくって、男女問わず、だったのね。
そうやって、自分の壁を隠しているんだ。成程ねえ。
一方の塚本さんには、そういった「壁」、内と外の違い、をあまり感じない。
いや付き合ったことないし、っていうか今朝会ったばかりだから思いっきり推測だけど。
でもこの二人、案外気が合うかも知れないな、と思ってしまった。
だって何だか、男同士で楽しそう。