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リコレクションズ  作者: 戸理 葵
第三章 反撃
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断罪

今更ですが。

私、ひどい方向音痴です。


それにあの時は完全にパニクっていたし。

だから、変態さんのお星様ネタ、覚えていただけでも褒めてほしいんだけど。


「どこなんだよっ。」

怒鳴らないでよっ!


拓也に突っ込みながらも自分が情けなくって、半泣きになるよー。


4人でわちゃわちゃ捜しているけど、私はさっぱりわからない。だって住宅地の家もマンションも塀も道路もみんな同じに見えるんだもの。夜中近くて、色すらわかりゃしない。

星が見えるって言ってたのよ。だから星が見える所を捜してよ。それでいいじゃない。


「・・・ねえ、碧さん。」

「ん?」

「なんでここ、怪我してるんですか?」


私は気になっていた、彼の袖口の血の跡を突っついた。

コートやスーツの全体的な擦り切れ方もわりと派手で、あれ?私を車道から救ってくれる時に、そんなに派手に転がったっけ、私達?


「あ、いやちょっと。」

何故か口ごもる碧さん。

「部屋のドアをぶち破ったんだ。」

藤田さんがあっさり暴露した。


「え?」

あの部屋の?あの頑丈そうな?

碧さんが、バツの悪そうな、嫌そうな顔をして藤田さんを横目で見た。

彼は至って涼しい顔。

・・・何があったの?


「こいつが器物破損中に俺は受付に内線をかけ、結果、下から鍵を持った人間が上がってくるのとこいつがドアをぶち破るのが、ほぼ同時だったというわけ。」


・・・ははあ。

それで、この表情。


「頭は沸かすものではなくて、使え。」

「うるせえな。」

藤田さんの冷ややかな視線に、碧さんは赤い顔をして睨みつけた。成程。



「・・・ねえ、あれじゃないの?」

拓也が上を見上げて呟いた。


私達3人も一斉に上を見る。

そして絶句した。

人が一人、フェンスにもたれかかっているように見える。

確かに、夜空を観賞しているように見えるわよ?でもなんで、フェンスの外側で?

このビル、5,6階はあるわよね?


ここからは星がよく見える、と彼が言った理由が分かる気がした。

周りが低層の建物ばかりで、しかも土地の形状が南雛段だからだわ。

住宅地だから、明かりも少ないし。


て、え?まさかここで飛び降りをする気?こんな高級住宅地のど真ん中で?

どんだけ見境ない人なのよ?



碧さんと拓也がダッシュした。

3メートルぐらいはある、外階段のステンレス製で頑丈なフェンス兼扉を、二人とも軽々と乗り越えていく。うわ、かっこいい。

って、私無理よぉっ。



「どこまでも迷惑な男だな。」


私の隣で藤田さんが小さく呟いた。

私は藤田さんを見上げた。


「でも、あなたのお兄さん。」

「一緒に育ってもいない。」

「でも、あなたのお兄さん。」



藤田さんはチラ、と私を一瞥すると、ポケットからボールペンを取りだし、芯を抜くとフェンス扉の鍵穴に差し込んでガチャガチャやり始めた。

無言だけど、少し不機嫌そうにも、見える。

表情出てきたな、この人。



「君は許せるのか?あいつを。」

「許せませんね。」


間髪いれずに答えた。

藤田さんが顔を上げた。私を見つめる。

私は真っ直ぐに聞いた。



「あなたは許せるんですか?彼を。」



彼は私をじっと見て、それから再び鍵穴をいじった。

で、扉が開いた。



「許せないね。」


彼は私を見ずに、正面を見つめたまま答えた。




藤田さん、やっぱりあなたは何者なのですか?鍵、開いちゃいましたよ?




私達は、階段を駆け上がった。

(そして私は置いて行かれた。無理ですって。)




殺人を犯した人間を、許せるわけがない。

理由がない、なんて聞かされたら、尚更。

仮にそれが、15年前でも。

例え彼が、未成年でも。





マンションの様な雑居ビルの様なその建物を駆け上がると、お約束通り、屋上には河島がいた。

す、すごく疲れた・・・。ブーティーで階段を走るなんて辛すぎる。膝が笑いそう。

息が切れて、顔が上げられない。


「祐介。」


河島の声が聞こえた。

「お前、連れてくるなよ。」

「彼女が見つけたんだ。下に一人で残しておくわけにいかないだろ。」


何?この日常会話みたいなのは?

顔を上げたら、高い金網フェンスの向こう側、ビルの縁に座っている河島がうんざりした様な顔をして私を見ていた。

「何で来たの?」


「飛び降りたりしたら承知しねえ。」


碧さんが怒った声で、でも静かに言った。


「自分一人で楽になろうなんて思うなよ?もっと苦しんで償え。」

「別に苦しんじゃ、いないけど。」


河島が、垂らした足をわずかに揺らしながら、空を見上げて言う。私は彼を睨んで言った。


「関係ない。」


河島以外の3人の目が、私に注がれるのを感じた。私は続けた。


「関係ないのよ、碧さん。あの人が苦しいかどうかなんて。だってあの人は死ねないもの。」


河島の足の動きが止まる。

私は彼に言い放った。


「あなたは、死ぬ権利すらないのよ。人の命を奪った時点で。」



少しの沈黙の後、河島が静かに言った。


「あいつと目があった。」


彼の視線は星空ではなく、足元の街並みに向けられていた。


「確かに目があったけど、息はもう詰まっていた。俺が現場に戻った時から、見ているうちにどんどん呼吸が詰まっていった。なのに俺の目を離さないんだよな。人間は、あんな状態で随分生きられるものなんだ。」


今までの、狂気じみたり芝居がかった口調ではなくて、まるで少年の様な、ポツポツとした喋り方。


「俺達は見つめあったし、俺があいつに近づくのも、ナイフに手をかけるのも、あいつはずっと見ていた。呼吸もせずに。」

「・・・お前、まさか、中野を救ってやった、とか抜かすんじゃねえだろうな?」


碧さんの目が見開かれた。怒りで拳が握られている。


「そんな事言ってない。言ったろ?なんでこいつは死なないんだろう、と思ってやった、と。」


わずかに下を向いて喋るその姿は、30歳の男に見えない。あまりにも頼りなさ過ぎる。


「別に良心の呵責だって感じちゃいない。自分から自首するつもりもない。あいつはあのまま助からなかったと確信しているが、俺は医者じゃない。」

「じゃあんたは、なんで今そこにいるの?」


拓也が普通に問いかけた。


「面倒臭くなったからさ。」

河島が普通に答えた。


「お父さんが嫌いだからでしょ。」


私がそう言うと、碧さん達が私を見た。


「お父さんが嫌いで、だけど殴る勇気がないからでしょ。あて付けで死ぬんでしょ。子供以下。」



私はそう言うと、フェンスに近寄った。


「え?」


拓也が思わず声を出す。だって私、この金網フェンスによじ登っちゃってるもの。


「綾っ。」

「綾ちゃん、バカっ。」


碧さんが私の腰を後ろから掴んで、無理やり引きずり降ろそうとする。

離して。やめろ。いいから離して。何やってるんだ、やめろ。


「じゃ、碧さん、来て。」

でないと、蹴飛ばしますよ?


碧さんの瞳が、一瞬ひるんだ。私の決意に戸惑って、迷っている様だった。私はその間に登り続けた。

わずかに遅れて、碧さんがついてきた。

拓也と藤田さんは、彼に目で制されたようだった。



「あなたの話を総合すると、こうね。中野を刺してから15年間、私に見つけて貰うのを待っていた。私の告発で、お父さんが失脚する事を楽しみにしていた。ところが15年があっさり経ち、終わった事件を掘り起こす事は不可能になった。だから今度は私達に全部ぶちまけた後、自殺して、お父さんにあて付けようって事でしょ?」



そう言いながら、座っている彼の方に近寄る。片手でフェンスを握りしめながら。

メッチャ怖いんだけど。

河島は、小柄な女が何も出来ないとふんでいるのか、騒ぐ事なく私を見ている。



「人を勝手に、あなたの人生の指標みたいにしないでくれる?大迷惑。いい歳して、自分の人生の責任を他人に押し付けないでよ。それにあんな写真をとっとかないでよ。もっと厳選してよね。ほんっと大迷惑。」


写真を取られる事よりも不細工写真だった方がショック、って言う乙女心、わかってくれる?



「加えて言えば、どんなにあなたが死にたくても、あなたにはその権利はない。生きている人を殺した時点で、あなたは死ねないのよ。」


彼は、濁った眼で私を見上げた。




私のひいおじいちゃんは戦争で死んだ。一人息子の顔を一度も見る事が無く。毎月手紙を妻と息子に3年間、書き続きて。

おばあちゃんの弟は幼くして死んだ。満州から引き揚げる時に飢えと病気で、船の中で。おかあさん、と言って。

友達のお母さんは彼女を産んだ後、病気で死んだ。産んだばかりの赤ん坊と5歳の娘と自分の夫に謝って。娘は半年後、お母さんの帰りを諦めた。

中学校の先輩は16歳で病気で死んだ。闘病半年、高校に入学したばかりだった。ホルンが上手な先輩だった。

中学校の同級生は17歳で交通事故で死んだ。残された同い年の彼女のお腹には、彼の子供が宿っていた。婚約したばかりだった。

大学の後輩は19歳で病気で死んだ。バイト代を全額あのサークルに寄付して、と病床で言い残して。皆のおかげで僕は楽しかったから、と。みんなのアイドルだったのに。


碧さんのお母さんは、交通事故で死んだ。小学5年生の息子を残して。

中野光治は、刺されて死んだ。

ハヤマサトシは、病気で死んだ。



みんなみんな、すごく生きたかった。とてもとても、生きたかった。

でもどんなに生きたくっても、生きられなかった人達がいる。



だから私は、死にたい人はどうぞご勝手に、と言いたい。

生きられなかった身内や友人達の顔を思い浮かべると、くやしくて涙が出てくるから。

死にたい理由が、多分私には理解できないから。



だけど。そんな生きている人の命を奪った人間には。そんなに生きたかった人を殺した人には。

死ぬ事すら許されないのよ。

そんな権利も選択肢も残されていないのよ。




「15年経って、あなたを裁いてくれる人はいない。おあいにく様。死にたければ、誰かに殺してもらえば?」


私はついに、彼の近くまで来た。後ろでは碧さんが、フェンスを握った私の腕を強く掴んで離さない。


私は、彼を見下ろして一言、言った。


「だから私が殺してあげる。」



え?と3人が驚いている。

私は低い声で河島に言った。


「立ちなさいよ。」



赦せない。




「綾ちゃんっ?」



碧さんの焦った声が飛んだ。



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