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リコレクションズ  作者: 戸理 葵
第三章 反撃
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絶体絶命っ

「これで、邪魔はいない。」


彼はそう言うと、こちらを振り返った。笑っている。


「痛かった?ごめんね。」



そりゃ痛かったわよ、当り前でしょ。って言い返したいのに言葉が出ない。

急に振るわれた暴力に恐怖感が(つの)った。

どうしよう、二人っきりだ。

すぐ近くに皆はいるけど、閉じ込められている。そしてこの人は、何をするか分からない。


血の気が、引く。




「コインねえ。今の今まで気づきもしなかったなあ。そういえばそんなものを貰った気が、しないわけでもない。興味もなかったから、ポケットに入れたままだったんだろうなあ。」



まるで昨日の事を話しているかのような口調。私から視線がずれている。

私はその間に、小刻みに、でも出来るだけ呼吸をした。落ちつかなくちゃ。

落ち着け、落ち着け。ここでパニクったら、負けだ。



「それこそ、ハンカチを出した時にでも落としたのかな?指紋を()に付けないように気をつけるくせに、そんな事に気づかないとは。やっぱり子供だったんだな。」


河島はそう呟いてから、私に視線を戻した。



無機質な、目。私はグッと息をのんだ。

やられちゃダメ。スイッチをいれるの。ほらっ。


腹が据わった、という表現が正しいのかもしれない。戦闘態勢に入った、というか。



「・・・このドア、外からカギがかけられるんですか?」


私は倒れ込んだ姿勢のまま、下から河島(たける)を睨み上げて言った。

その様子と台詞とがちぐはぐだったのか、彼は一瞬、面喰った様な表情をした。


「?外からも、中からもね。でも鍵を持っているのは、この中では僕だけ。」



部屋の中からは、ドアを蹴破らんばかりの大きな音が響いている。拓也の「畜生っ!」って声まで丸聞こえだ。おかげで、お互いの会話が聞きとりづらい。ドア、壊す気なんだ。


中では相当心配しているであろう人達の事を思い浮かべながら、私は彼から視線を外さなかった。

どうやって、この場を乗り切るか。



「そーいう事が気になるの?」


そう言って彼は、私の脇に手をいれて立たせた。

私はむりやり引っ張り上げられる形になった。


「・・・外からカギをかけれる部屋なんて、珍しい・・・。」


そう言いながら、頭がズキン、とした。肩と背中に痛みが走った。


「この状況でそれを言える、君の方が珍しくないかい?」

「・・・私を、傷つけるんですか?」

「そう思う?」



語りはソフトだけれど、掴まれた腕が痛い。近すぎて、顔を見る勇気がない。



「その喋り方、藤田さんと同じです。」

「え?本当かい?知らなかったよ。気付かない所で兄弟なんだな。」


探る様に見られているのが、わかる。



「どこに連れて行かれるんですか、私?」


玄関ドアまで来て、私はやっと腕を振り払う事が出来た。


寝室からは相変わらず、大きな音が聞こえてくる。この調子だと、もうすぐドアを蹴破ってくれるかもしれない。

或いはこの騒音に気づいて、他の部屋の人が誰か、様子を見に来てくれるかもしれない。


「話なら、ここで聞きます。」

「だってここだと、間もなく警察がきちゃうだろ?だから、ね。」


そう言って無機質な瞳で微笑む彼に、私は再びゾッとした。


落ち着け落ち着け。いざとなったら外に飛び出して大声を上げるか、そうだ、相手の股間を蹴りあげるって手は?



「ちょっと散歩しよう。大丈夫。君に悪い事はしないから。今なら星が綺麗だよ。」


連れ出される。外に?じゃあ、大声で助けを呼べば言い訳ね。

でも人気(ひとけ)の無い所に連れ込まれたら?

じゃ、やっぱ、股間??


「そう言われて素直について行くほど、さすがにおバカじゃありません。」

「・・・君って勇気があるのかな?随分ハッキリと物を言う子だね。」


そう言って、彼の手がなんと、私の首に延びた。



「勇気とバカって、紙一重だと思うけど。」



ニッコリ笑う。そのまま後ろにまわられて、肩を押される様にして私は歩きだした。マジで?

緊張して、ゴクっと生唾を飲んでしまう。

ダメだ。大声案が消えた。股間案しか残されていない。でもこの人今、私の後ろだ。どうすればいいの?動いただけで首、絞められそうよっ。

ああ神様、守護霊様。私、この場を助かったら、必ず護身術を習います。自分の身は自分で守れるように努力致します。

ですから今だけは、どうか私に、・・・奴の股間を蹴る上げるチャンスを下さいっ!!


・・・訂正。逃げられるならどんなチャンスでもいいです。




彼は後ろから私の肩を抱くようにして、エレベーターとは反対側に向かって歩き出した。

理由はすぐに分かった。外の非常階段に出たから。

下のメインエントランスに行くのを、避けたんだ。

外の寒さが妙に現実的で、おかしな事に少し落ち着いた。

しばらく、従うフリをするしかない。




「君が海で溺れている所を発見したのは、本当に偶然だった。運命だと僕は思うけどね。」



・・・ななな、何を言っているの、この人は。気味が悪いっ。

ただでさえ緊張で膝が震えているのに、私は階段を踏み外しそうになった。



「僕はその運命に任せて、きみの事を見守っていた。だけどあいつは、横から手を出してきた。あいつ、見ていられなくなってきみを助けたんだよ。」

「・・・あいつ・・・?」


「祐介。」



私は、初めて聞く話に驚愕した。色んな意味で。

つまり、この人は溺れている当時6歳の私を、見殺しにしようとした?

それを、たまたま側にいた藤田さんが助けてくれたってこと?


ゾクっとする。

寒さのせいじゃない。



「大丈夫だよ。僕はきみを傷つけたり殺そうとしたり、なんて事、一度も無い。手を出した事もね。見ていただけだよ。うん。いつだって、見ているだけ。」



彼の話す口調は変わらない。足を動かす速度も変わらない。彼の部屋は5階だったから、すぐに地面に着いた。

そのまま、裏通りを歩かされる。人が、誰もいない。どうしよう。



「でもあいつはね、そんな僕に早くから気付いているようだった。そしてあの海の一件以来、それが顕著になった。ふふ、あいつだって、ずっときみの事を見ていたよ。」



楽しそうに、彼がクスッと笑った。

私はその台詞に引っかかった。あいつって、・・・やっぱり藤田さん?



「まあ、僕とあいつじゃ、目的が全然違うけどね。僕は、純粋にきみを見つめていた。あいつは・・・そうだな、まるで僕からきみを守る様に、きみを監視していた、だな。監視、なんて言葉、僕よりあいつの方がピッタリだ。」



私はまたビックリした。

だって藤田さんは、二度目(三度目?)に再開した時、そんな事は何も言っていなかった。

私を海で助けた事すら、中々口を割らなかったのに。

ずっと前から、私の事を知っていただなんて。



「・・・なんで、藤田さんが私の事を・・・その、ずっと・・・守ったりするんですか?」

「あ、なんか色っぽい事を想像している?だとしたらご愁傷様。僕が犯罪を犯さない様にだよ。」



もう手遅れなのに、って笑ってる。控えめに、クスクスと。

それがものすごく怖くて不気味なのに、どこか悲しく感じてしまった。



「まあね。祐介が君に惚れていたら、それも面白そうだけど。あのハンサム君に持ってかれて悔しがっているあいつ、ってのも見てみたい気もする。でもあいつは俺と似ていて、多分誰かに惚れるなんて事、ないんじゃない?」


そう言って、面白いものを見ているかのように、間近で私を眺めた。もうやだ、気持ち悪い。



「藤田の家は、由緒正しき代議士様だからね。後継ぎとしては、不祥事は色々と困るんだろ。腹違いの兄ってだけでも十分(わずら)わしいだろうに、おまけにそいつが幼女のストーカーだ、なんて世間に知れたら大変だろうからな。心労お察しいたします、だ。」



彼の言葉は皮肉に満ちているのに、その声色は・・・何だか少し、落ち着いたものでもあった。むしろ不快ではない響き。

眼だけじゃなくて、声も似ているんだ、この兄弟。この声を兵器として使うと、ああなるんだ、・・・じゃなくってね。


なんだか、気のせいか穏やかな口調だな。それが引っかかる。



「・・・あなたは、藤田さんが嫌いなんですか?」



立ち止まって、彼を見上げた。

好きなんですか、と聞くと相手を刺激してしまうかと勘繰り、逆の言葉で聞いてみた。

彼は私が立ち止まるとは思っていなかったらしくて、少し驚いた。


「・・・嫌い?・・・さあ。考えた事も無かったな。」


考える素振りを見せる。


「むしろ同情、かな。僕があの立場で生まれなくて嬉しいくらい。・・・あいつも別の意味で、運命に縛られている。」


そう言って空を見上げた。


「ほら、見てご覧よ。やっぱり星が綺麗だ。うちのレジデンスからは見えないけどね、あの建物の上に登ると綺麗だよ。」



彼の横顔を見て、私は思った。

今がチャンスだ!


咄嗟に彼を思いっきり突き飛ばし、走り出した。逃げろ、逃げろ、逃げるのよっ!


だけど悲しいくらい男女の身体能力には差があって、私は10メートルも行かないうちに捕まってしまった。

大声も一瞬上げれたけど、何処からもなんの反応もなかった。


後ろから片手で体全体をきつく押さえつけられ、もう片方の手は、私の口を強く押さえている。

耳元で、言われた。



「どこ行くの?僕、まだ話の途中だよ?」


うわっこれ、似たような眼の持ち主に、似たような声で、似たようなシチュエーションで、似たような台詞を言われたけど、

あっちの方が100倍マシっ!!今なら声でイカされても許すっ!!



勢いよく向きを変えられ、強い力で喉元を握られた。



「ねえ、運命ってあると思う?」



その時の彼の笑顔。

それは明らかに今までと質が異なっていた。

狂気。そんな言葉がピッタリ。笑っているのに、何かが、狂っている。


誰かの運命を支配したかった、と言った彼の言葉を思い出した。



失敗した、と思った。





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