チェックメイト
私は頭に血が上って行くのを感じた。
「・・・そんな資格なんて無い。ていうか、資格なんて関係ない。・・・なんでもかんでも資格、資格って言って、そんなの就活用だけで充分なの、もううんざりなのよっ。」
「・・・お前、何言っちゃってんの?」
「私はね、大事な親友を守りたいって言ってるのっ。資格とか義務とか権利とか責任とか、そんなの関係ないのよっ。」
「・・・・。」
「炭火をなめないでよ。中々消えなくてしつこいんだからね。おまけに温度も遠赤外線も、火を断然上回るんだからっ。」
「・・・今度は、何?」
「私を敵にまわしたら怖いって脅してんのっ!それでもって全力で、手段を選ばず奈緒を守るって話っ。あの子の人生邪魔したら焼いてやるっ。」
隣の拓也の度重なる質問(突っ込み?)を無視して、私は完璧に燃え上がったっ!
前方で碧さんがポカンとしてこっちを振り返っているけど、これだけは言わせて下さいっ。
私は仁王立ちになり、河島健にビシッと指さし攻撃っ!(これ、いつか藤田さんにもやった気が。)
「河島さん?河野さん?どっちでもいいけど、奈緒にはもう近づかないでっ。もちろん、奈緒の人生の邪魔もしないで?・・・さもないと、貴方の過去はおろか、今私に対してやっている事も全て、警察とマスコミに話しますっ。」
「それ、脅し?」
「事実です。」
この変態俳優っ!!
「じゃあ、僕が奈緒ちゃんから離れたら、君は警察には行かないの?」
「私の件ではね。ストーカーやめてくれたら結構です。過去の件は、私が扱える範疇を超えます。」
「なんだ、行かないのか。」
河島は急につまらなさそうに言った。
バカは相手にしない、と決めた私は、自分の言いたい事だけ一方的に通告した。
「いいえ。自分が見た事だけ、伝えに行きます。」
「え?」
それは、誰かがトドメを刺していた、という事実。正当防衛なんかではない、という事実。それだけ。
河島が何故、私にストーカー行為をしていたのか?そんな事は今更どうでもいい。奈緒にさえ手を出さないでくれるなら。
(だってそもそも隠れて写真を撮り続ける事が、どれほどのストーカー行為に当たるのかわからない。別に手を出されていたわけではないし、写真がどこかにばらまかれていたわけでもなさそうだから、ね。といいますか、あんな写真ばらまかれたら、私、憤死します。)
「15年前の事件で、捜査も終了。ハヤマサトシも死んでいて、今更手遅れだと言う事は承知しています。でも自分の見た事だけ、伝えに行きます。」
「・・・彼の正当防衛が消えて、正式な殺人犯、という事になるかもよ?トドメを刺したのが彼ではない、とどうして言い切れるんだい?」
「それは、私には関係の無い事ですから。」
「だから、死人の顔に更に泥を塗っても、平気な訳だね?」
私は言葉に詰まった。あまりの言葉に、一瞬ひるんでしまう。
「・・・泥なんて・・・。」
隣で拓也が、カッとなって言った。
「お前、いい加減にしろよ?さっきから黙って聞いてりゃ」
「吉川。待て。」
碧さんの鋭い声が飛んだ。
拓也がグッと言葉を飲み込むと、悔しそうに碧さんを見た。
碧さんは低い声で、相手を脅すように言った。
「葉山は15年前、調査された上で除外されているんだ。河野健一。お前はアリバイが無く、おまけに彼女を追い続けていた。一番黒いのは、お前だ。」
冷静な言葉。いつもは甘くてキラキラ王子の碧さんが、まるで冷たい作りものか何かに見える。ゾクっとした。
「何言ってるんだ。証拠も無しに。第一俺には動機すらない。お前と違って。」
さっきまで楽しそうだった河島の目から、色が消えた。また無表情の瞳だ。
対する碧さんの冷静な攻撃は変わらない。
「でもお前はあの場にいた。恨みがあるなら、いいチャンスだろ。」
「話した事もなければ関わりも無い奴に、一体どんな恨みを持つんだ?人の話を聞いているのか?」
「・・・本当に、関わりが無かったのか?」
碧さんの声が、一層低くなった。
それを河島は一笑した。
「皆無だな。それは周りの生徒達だって証言している。疑うならお前が自力で調べろ。」
「・・・なら・・・。」
碧さんが、スーツの内ポケットに手を入れた。
取り出したのは、小さなコインだった。彼の掌にあるそれは、白地に、虎だか豹だかのリアルな顔が色付きで描かれている。とても綺麗なコインだった。
10$、という表示がある。え?これ、お金?
「どうしてコレが、あいつの死体のそばに落ちていたんだ?」
「・・・なんだ、それは?」
河島健が眉間にしわを寄せた。
本気で知らないように見える。だけどこの人、俳優だから。わかんないよ。
「見覚えが無いか?」
「さっぱりね。」
「これは、15年前に、お前が父親から貰ったものだよ。」
「・・・・は?」
は?って言ったのは河島だけど、碧さんの後ろで、私と拓也も「は?」だった。
すると、腕を組んだまんまの藤田さんが言い放った。
「親父が海外視察の土産で、俺とお前にくれたものだ。アフリカの国の記念コインだよ。覚えていないのか?」
「・・・なんだって?」
ええ、何ですか、それは?
「何、記念コインって?」
隣にいる拓也に再び囁く。
「・・・通常は出回らない、なんかの記念日とかのコインだよ。いいからお前、口開くなっ。」
耳元で怒られた。あんた、この場じゃ一番脇役のクセして、どうしてそんなに態度でかいのよっ。
「普通、日本人で持ってるやつはあまりいないよな。しかもあんな田舎の中学で。ハッキリ言って、お前しかいないだろ。」
碧さんの台詞に、河島は目を細めて応戦した。
「・・・そんな物に見覚えがないぞ。大方お前らででっち上げたものだろう。」
「じゃあ、調べてみるか?中野の血液反応でも出れば、万々歳だよな。」
「・・・・・。」
私は驚愕した。
か、河島が黙ってる・・・!
身に覚えがあるの?中野の血がついていたの?河島の物なの?
これって、これって・・・王手って事?!
あの、派手派手しいというかケバケバしい小さなコインが、王手?!
「・・・今頃、出来るかそんな事。」
「今頃、出来んだよ、そんな事。」
「・・・何故お前がそれをもっている?」
河島が、小さく、鋭く言った。
「言ったろ?中野の死体のそば、隠れるように落ちてたんだ。それを俺は中野のものだと思いこみ、今日まで後生大事に持っていたんだ。」
そう言った碧さんの瞳から一瞬殺気が消え、わずかに切なげに揺れた。
けれども河島はさして動揺する様子も無く、だけど低い声で言った。
そう、トーンが下がった。
「・・・それだけじゃ、俺が刺したという証拠にはならない。第一その話だと、コインを拾ったお前も死体に近づいていたじゃないか。」
何こいつっ!やっぱムカつくっ!
・・・だけど、その通りだわっ!頭いいじゃないっ。
「残念ながら。俺は当時ちゃんと警察の事情聴取を受けて、死体に近づいた事も証言している。それにな、当時の俺の体重は28キロちょっと。痩せのチビだったんだよ。」
碧さんの口角が、皮肉っぽく上がった。
彼はその皮肉を、相手に向けるのみならず自分にもぶつける様な、激しいけれど悲しく苦しそうな眼差しで言い放った。
「そんな奴に、短時間であんなに深くは刺せないとさ。」
アリバイの無い4人。内二人は、死体に近づいた事も当時警察から調べを受け、対象から外された。
残りは二人。
その二人は、動機も状況証拠も無くて、当時は葉山の正当防衛でカタがついたのに。
私の目撃と。
碧さんの物証で。
「残るは葛原とお前。死体脇にはお前のコインが落ちていた。少女が現場を目撃していた。その少女をお前はずっと、追っていた。」
王手。チェックメイト。
「俺はね、15年前、怯えている葛原の隣で冷めた目で二人の喧嘩を観察しているお前を、見ちゃってるんだよ。」
誰も、何も言わず、微動だにしない。
碧さんの冷たい断言が響いた。
「やったのはお前だ。」
静まり返った。
皆が確信した。
私は思わず両手で口を覆ってしまった。あの時見た光景が、何度も思い出される。河島の顔と重なる。
足が震えてくるのを、止めようと精一杯だった。




