衝撃
都内におじさんは、中古のマンションを買って住んでいる。
部屋の中は、おばさんの少女趣味と、おじさんの骨董趣味が重なって、なんとも形容しがたい状態になっている。
10年ぶりぐらいで会うおじさんは、記憶通りの顔をしていたし、記憶以上に年を取っていた。
おじさんはそれはそれは仰々しく大歓迎をしてくれて、それがかえって、『ああ、うちってやっぱり、ココと仲が悪いんだな』と思わずにはいられない。
でも本家はむこうだし。だからやっぱり、私達が御正月に訪ねるのは、まあ、ある意味、あるべき姿ってヤツ?
おじさんは、秀真の嘘を、なんの疑いも抵抗も無くすんなりと受け入れた。
というよりも、どっちが秀真でどっちが拓也かも、あまり気にしていない様子だった。
用意周到?(って程でもないけど)にして来たのに、肩すかしをくらった様な気分になる。
自分の所に来客が来て、自分の話を聞きに来た、という事が嬉しいようで、
だからと言って、目の前の私達が見えている様にも思えなかった。
まだ70歳そこそこなのに、これってなんだかなあ。
自分しか見えていない感じ?
こういうお年寄りには、出来ればなりたくないかなあ。
「あの事件を書きたいのかい?いやー、あれは大事件だったよねえ。」
一通り挨拶をして、家族の近況を聞いて、おじさんの子供孫たちの自慢話を聞いて、
警官時代の自慢話を聞いて、やっとのタイミングで秀真がかろうじて質問をしたら、
おじさんは更なる話のネタを得た、とばかりに顔を輝かせた。
こちらとしては、これからが話の本番なので、やっと耳のふたを開く気分になる。
おじさんはソファに踏ん反りかえると、楽しそうに言った。
「正当防衛が成立するかで、意見が別れたんだよねぇ。過剰防衛で相当性があるかどうか。被害者の生徒が、最初から相手を刺すつもりでナイフを振りかざすとは考えづらいだろ?そうなると、正当防衛の範囲を超えるのでは、とね。」
はあ、成程。やっぱり大人の話は違うわ。
「でも日頃から被害者に苛められていたらしいから、ストレスが溜まっていて恐怖心もあった。冷静な判断が出来なかったであろうと、被害者側の過失に乗せた形で成立したんだよな、あれ。生徒の目撃証言も、先にナイフを手に向かってきたのは被害者の方だ、と言ってたものな。まあ、怪しいもんだ。」
次から次へとペラペラ喋るもんだから、私は話についていけない。
え?何?何が怪しいって?
「生徒同士、仲間をかばうと言う事もあるだろう?おまけに陰で煙草を吸う様な連中だ。」
おじさんがまるで、私達が旧知の中で気心がしれているかのように意味ありげにニヤッと笑い、
私に向かってウィンクしてきた。成功してない。痙攣の様だし。カエルみたいだし。
碧さんと純さんのウィンクが恋しくなった。
「ただねえ、あの日は雨がひどく降ったから。運の悪い事に、証拠を色々と流してしまったんだよな。よって、物的証拠が不十分な中、正当防衛。こんな感じだよ。」
雨。
私は、あの時を思い出した。子犬のダンのぬくもりも、思い出した。
そうよね。ひょっとしてだから、私があそこにいた事も、後から気付かれずに済んだのかもしれない。雨が洗い流してくれたせいで。
「・・・事件を目撃していた生徒、ってどんな子達でしたか?」
秀真がタイミング良く口をはさんだ。
上手いじゃない。センスあるわね。何のセンス?さあ。
「はて?2、3人いたかな?さあなあ・・・ロクな奴らじゃないんじゃないのか?あの中学校は荒れていたからな。・・・あ、そうそう。」
おじさんが何かを思い出したように、膝をポン、と叩いた。
得意そうに、再びニヤッと笑う。
「一人ね、偉いさんの所の息子がいたんだよ。」
「エライさん?」
「そう。事件の後、ご両親が色々見られる事を心配して、途中で転校したんだよね。」
そうかあ。そういう事もあるわよね。いわば、事件に巻き込まれた様なものだもの。
思春期を過ごす環境としては、あんまり良く無さそうだものね。
私は一人で納得した。
それを聞いて、最初からずっと黙っていた拓也が口を開いた。
「それって、コウノケンイチ、ですか?」
そう言えばもう一人の目撃者は、転校しちゃったから名前しかわからない、って拓也が言ってたわ。
また、納得。
「そんな名前だったかな?忘れてしまったよ。お母さんの名前を名乗っているんだよね。」
「?」
「彼はね、こんな事を言うのもアレなんだけど、ほら、2号さんの子供なんだよ。」
「・・・2号さん?」
おじさんは相変わらず得意そうにニヤニヤと笑っている。
・・・いやだなあ、こういうのって。
私は思わず、眼を背けた。
人の出生をネタにして面白がるなんて、本当に、低俗だわ。
身内の顔が、とても品の無いものに見えてくる。
私、こういうの嫌い。
「そう。だからお母さんの名字なのだよ。よくある話だよね。でもそういうのって、途中で父方に養子にいったりして、家の中に入るんだよね。彼は確か、長男だったし。」
え?よくわかんない。それって、認知をされるって事?じゃなくて、お父さんの名字になるって事?
いずれにしても、どうでもよくない?そんな、人様の家庭の事情なんて。
おじさんが話を続ける中、私が目を反らした視線の先で、拓也は眉根に皺を寄せて話を聞いていた。
「・・・地元の偉いさんって・・・。」
そう言って、親指で唇の端をこすりだす。
何かを考えている仕草だ。
「・・・それって・・・藤田、ですか?」
ええ???
藤田??!!
私は驚愕して、拓也を凝視した。
そんな私の様子に驚いて、秀真も拓也を見た。
拓也は、多少前かがみでジッとしたまま、おじさんを見つめていた。
「・・・うーん、それは・・・ねえ。」
おじさんは、いかにも意味ありげ、といった風情で、わざとらしく苦笑して見せた。
あれだけペラペラ喋っといて、何を今更、思慮深いっぽい演技してるのよっ。
と普通なら心の中で突っ込む所だけど。
私は頭の中で、色々整理しようと必死だった。
藤田さん?
海で溺れていた私を助けてくれた、あの藤田さん?
自転車のパンクを通りすがりに助けてくれた、あの藤田さん?
奈緒のマネージャーを買って出た、なのに私には一言も過去を明かさなかった、あの藤田さん?
私にやたらとイイ声で迫った、・・ってこれは無視ね。
碧さんと人前でベロチューした・・・ってこれは多分、ますます関係ないので、無視、ね。
腹黒魔王の多少エロ入っている人が、実は事件の目撃者の一人で私の命の恩人で、碧さんとつるんでて同じ大学の先輩だったんだけど、碧さんも実はあの現場にいて、
ああああ、頭がこんがらがってきた!
私は顔をしかめて額を軽く覆い、俯いてしまった。
何が一体、どうなってるの???!
ここまで読んで下さいまして、ありがとうございます。
次回は、お正月休みを挟みまして、
一月三日から開始します。
あと少し、お付き合い下さいませ。クライマックスです。
怒涛に進めます、今度こそ(苦笑)
良いお年をお迎え下さい。