宣言 1
PV3万、ユニーク5千いただきました。ありがとうございます。
これからも彼らを宜しくお願いします。
藤田さんは踵を返すと歩きだし、途中で立ち止まって私を振り返った。
「おいで。」
その微笑みに、もちろん素直についていける訳もなく、探る様に彼の顔を見つめ続ける。
と言いますか、もはやこれは睨んでいますね、私。
彼は何が面白いのか、口の片端を上げてクスッと笑うと、戻ってきて私の背中にそっと手をまわした。
「ここは寒いから、いつまでもは居られないだろう?おいで。」
私、あなたに連れられて来たんですけど?
「うん、そうだね。僕が連れだしたんだよね。」
口に出してはいないのに、心が読める魔王が返事をした。
・・・怖いよぉ。もう、戦線離脱したいよぉ。
スタジオに行くのか、と思ったら、別棟の控室に連れて行かれた。
「ここで待っておいで。」
と言ってドアを開けて、私が入るのを促す。
「え?ここに?」
「そう。だって君が現場にいても、邪魔なだけだろう?」
ニッコリ笑ってそう言い放つ姿は、かえって容赦がなくて威圧的だ。
「それとも、僕が一緒に居てあげた方がいいかい?」
「結構です。」
即答、ですね。
彼が戸口から出て行こうとする時、私はその後ろ姿に声をかけた。
「藤田さん。」
彼が黙って振り返る。私は尋ねた。
「どうして、奈緒の近くにいるんですか?何で、マネージャーを引き受けたんですか?」
すると彼は、一瞬黙り込んだ。
そして次には、やはりいつもの笑顔で微笑んで答えた。
「知ってるかい?男が女に近づく時は、関心があるか下心があるかだよ。」
全然まったくちっともさっぱり、答えになってないし。
夜がとっぷり暮れても、中々奈緒は戻ってこない。
数時間が経過後、藤田さんが再び私を迎えに来て、私はスタジオの敷地入り口まで連れていかれた。
そこには警備員さんの小部屋があって、その脇に、
碧さんが立っていた。
スーツの上に、紺色の温かそうなロングコートを羽織って、手触りのよさそうなマフラーを肩から掛けている。
駅が近くないのに、どうやってきたんだろう?なんて間抜けな事を考えた。
「綾ちゃんっ何があったっ?」
「じゃ、碧。後はお前の出番。」
「はあ?」
キョトンとした碧さんの所に私を置いて、藤田さんはさっさと戻ってしまった。
「何、あれ?」
そう言って、私を見下ろした。
途端に、心配顔になる。眉間に皺が寄って、瞳が険しくなった。
「あいつに、何かされた?」
「あいつ・・・?」
「・・・あの、俳優・・・。」
「・・・・河島健???」
私は素っ頓狂な声を出してしまった。あまりの驚きに、目も口も大きく開いてしまう。
「何でそんな事思うんですか??」
すると彼は、そんな私に驚いた、と言うか少し気まずそうにサッと視線を脇にずらし、
自分の顎を掴む様に、片手で自分の口を覆った。
「・・・えっ・・・だってあいつ・・・ほら、スケベっぽかったから・・・。」
「ええぇぇ・・・?」
・・・そーゆー事をしそうな俳優さんには見えませんでしたし(今日は結局遠眼でチラッと見ただけだった)、そーゆー事を心配しそうな人には見えませんでした、碧さんが。
「あれ?じゃあ先輩は、何で俺を呼んだのかな・・・?綾ちゃん、何か変わった事あった?」
「・・・変わった事があると、何で碧さんを呼ぶんですか?」
「・・・・・。」
まったく会話がちぐはぐな私達。
「むしろ、藤田さんに、変わったことされました。」
「え?何??」
「好きだって言われて、抱きしめられて、低い声で囁かれました。」
「・・・何ぃぃぃ???」
その時の碧さんの驚き様は、藤田さんにキスされた時に匹敵するものだった。
いや、叫んでいる分だけ、こっちの方が衝撃を発散出来ているのかも。
ちょっぴりタレ目が大きくなって大きくのけぞった後、騒ぎ出した。珍しい。
「それはっ。先輩の十八番だっ!!」
「でしょうね。」
「それをやられると、女の子は腰がくだけるんだっ。」
「でしょうね。」
「まさか・・・綾ちゃん・・・。」
「でしょ・・・何考えてるんですか?」
しみじみと相槌を打っていた私は途中ハッと顔を上げ、碧さんを軽く睨んだ。
すると彼は私のそんな表情を見て、ホッとした様に肩を下げ(余計に目もタレた様に見えた)、気が抜けたように言った。
「あ、無事だったわけね。」
「雰囲気ぶち壊して、天然か?碧に聞いた通りだ、とか言われました。アレ、どういう意味ですか?」
「あれ?どういう意味だろ?」
「・・・・ちょっと。」
ますます眼力を強くして睨んでいるつもりなんだけど、この人、全然こっちを見てないし。完璧スルーだし。ハンサムな分、余計に腹立つなあ、もう。
「そっか。何はともあれ、元気そうでよかった。会えて嬉しいよ。先輩に感謝だな。」
気に入らない部分もかなりあるけどね、と付け加える。
・・・どうしてそんな、屈託のない爽やかな笑顔で「会えて嬉しい」なんて言うんだろう?
そっちから連絡をして来た事、一回も無いくせに。
まあ、私も人の事言えなけど。
「久しぶりだね。」
「・・・そうですね。」
私は何となく俯いてしまい、無愛想に返事をしてしまった。
そんな私を碧さんは全く気にした様子も無く、スーツの胸ポケットから携帯を取り出しながら明るく言った。
「綾ちゃん、飯食った?俺、腹ペコペコで。よかったら付き合ってくんない?」
そして、私の返事も待たずにタクシーを呼んだ。
ところが、タクシーの中では、打って変わって無言になった。
碧さんは行き先を告げると、私を見て少し微笑み、その後はずっと流れる夜景色を見ていた。
煌めく湾岸を通り、高速に乗って、すごくロマンチックな光が広がる。
でも、その間私達は一言も話さず、お互い触れる事も無かった。
そう言えば、手を繋いだ時も、キスをした時も、私達はお酒が入っていたな。
あれは、酔った勢い、気の迷い、だったのかもしれないな。
そもそもこんなハンサムな人には、あれぐらい、遊びにも入らない「挨拶」程度だったのかもしれないな。
私は窓の外を眺め続ける彼の横顔を見つめて、そう思った。
急に頭が冷えて、冷静になる。私一人、舞い上がっていただけかも。
最初は、あんなに警戒していたのに。
15分ほどで都内のど真ん中に付き、連れてこられたのは某有名レストランの分店フレンチ版だった。
「え?ここですか?」
華美ではないがいかにも上品で高級そうに見える入口に、私は思わず尻ごみをする。
「うん。いいだろ?もう君に意見聞くと、色々真剣に悩みだすって事が分かったから、俺が決めたの。はい、入って。」
彼はそんな私の様子にお構いなしで、私の背中を押してお店に入るように促す。
「でも・・・私、そんなにお金は・・・。」
「いいから、入る。」
強引に、入らされた。入口のウェイターさんが、プロの笑顔でニッコリと微笑む。
彼は手慣れた様子で私のコートを脱がせて店員さんに渡し、自分のコートも渡すと、
やはり手慣れた様子でレディファーストを見せた。
案内された席に私の後から座ると、正面から私を見て、悪戯っぽく笑う。
「学生の女の子の財布を開かせるほど、俺、甲斐性無く見えた?」
「・・・でも私、・・・全部奢って貰うのって、・・・嫌なんです・・。」
「・・・へえ。」
彼はなんだか笑いたいのを堪えるかのように口角を上げると、からかう様な表情を見せた。
「なんだかすごく綾ちゃんらしいね。面白そ。で、何で?」
「・・・馬鹿にしてる・・・。」
「全然。意地悪してるだけ。」
彼の私を見つめる瞳が、甘い色を見せる。私はドキッとしながら顔が赤くなるのを感じた。
それを、からかわれて拗ねているフリをして、すり替える。
「・・・対等じゃない、気分になるからですっ。」
「じゃ、五百円頂戴。」
「ごっ五百円?」
その発想はどこから来るの?ワンコインですか?おじさんのお昼御飯じゃない?それって。
「せめて千円・・。」
「それじゃこっちが対等じゃなくなるだろ?そもそも対等ってなに?お金だけじゃないだろ。そういうのはね、総合的に大局的に見るもんなんだよ。・・・でも。」
そういって彼は、口の端をわずかに上げ、当り前の様に言った。
「そういう所、好きかも。」
ああ、もう、振り回される。
いい加減、流されたり振り回されたりするのは卒業したいのに。
動機が収まらない。ムッカつくっ。
「撮影は面白かったかい?」
料理と飲み物を注文すると(お酒は頼まなかった。もう、酔った勢いって、ヤダし・・・)、碧さんは楽しそうに聞いてきた。
そして私はあの初めての経験を思い出し、急に不機嫌が直ってしまった。
「はい。想像していたより随分、何だか人間臭かったです。」
「え?何?どういう事?」
「あ、すいません。その、手作り感漂う、というか・・・アナログっぽいというか・・・。」
「ふーん。面白いね。」
「でしょ?」
「うん。君が。」
またからかわれた、と思って軽く睨むのだけれど、彼は意味ありげな含み笑いをするだけなので、とりあえずほおっておく。彼の笑顔が素敵過ぎて、また顔が赤くなってやっぱりムカつく。
「俺は普通の会社員だからよく解らないけどさ、ああいうモノづくりって言うのも、すごく面白いんだろうな。」
「碧さんは多分、何でも面白くやれそうですよね。」
「え?そう見える?スゲ。何でわかんの?」
今度は私がからかってみせたのに、茶化しておどける彼。思わず笑ってしまう私。
この人は、きっと女性の扱いに慣れているんだろうな。ううん、絶対。
多分、私の下手な駆け引きなんて、効かないんだ。
やっぱり私は、ストレートな球を投げるしかないらしい。
「ねえ、碧さん。」
会話も弾み、食事も後半に差し掛かった頃、私は、メインを食べながら穏やかに聞いた。
「うん?」
彼もナイフを動かしながら、寛いだ様子で返事をする。
「何で今更、調べてるんですか?」
一瞬、彼のナイフを持つ手が止まった様に見えた。
私はそれを無視してフォークを進めた。
「色々、事情があるんだよね。」
彼は目の前のラムを食べながら、顔も上げずに普通に言う。
だから私も、自分のお魚を食べながら普通に尋ねる。
「それって、時効の事?」
「・・・うーん・・・。」
下を向いたまま苦笑する彼を盗み見て、私達はそのまま食事を続けた。
そしてその後、会話が弾む事はなくなってしまった。
お店は裏通りに面していた為、近くの幹線道路まで歩いて出て、そこでタクシーを拾って帰る事になった。
そこは車通りは激しいのに、人はまばら。空車のタクシーもなかなか来ない。
夜も更けると、冬の風が体を刺すように冷たい。耳がジンジンした。
タクシーを呼びとめる為に車道を眺める、碧さんの後姿を私は見つめる。そして俯く。
なんとなく気まずくなって、それはあの私の質問のせいなのだろうけど、これは私達にとっては避けて通る事の出来ない話だし、いずれは彼と対峙しなくてはならないのだし、
と私が自分に言い訳をしている時。
「おいで。」
急に碧さんに声をかけられた。
顔を上げて彼の方を見ると、彼はロングコートの片側を大きく広げて、私に向けて空間を作っていた。
「え?」
何の事か一瞬分からず、それが、私にその中に入るように誘っているんだと悟った時には、私は彼のコートの中にすっぽりと包まれてしまっていた。
彼の香りと体温が私を包み込む。
私は、飛んじゃうぐらいにビックリした。
「ちょっ、碧さんっ。人に見られるっ。」
「黙って。」
そう言って彼は、上から覆いかぶさるように、私をキュッと抱きしめた。
私はあまりの事に、心臓が止まる程驚いている。なのに動機が激しい。止まんないじゃん、心臓。
彼は、私の頭に顔をうずめてきた。
一体、どれくらいこうしているんだろう?随分と長い間、抱きしめらている気がする。
彼は一向に、腕を緩める気配がない。
「ね、綾ちゃん。」
上から、彼の、甘い、優しい、切ない声が聞こえてきた。
私を抱きしめる腕に、グッと力がこもった。きつくて、ちょっと苦しい。
「俺達もう、会うのはこれっきりな。」
今度こそ、心臓が止まった、と思った。