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リコレクションズ  作者: 戸理 葵
第二章 動き出す
35/67

宣言 1

PV3万、ユニーク5千いただきました。ありがとうございます。

これからも彼らを宜しくお願いします。

藤田さんは踵を返すと歩きだし、途中で立ち止まって私を振り返った。

「おいで。」

その微笑みに、もちろん素直についていける訳もなく、探る様に彼の顔を見つめ続ける。

と言いますか、もはやこれは睨んでいますね、私。


彼は何が面白いのか、口の片端を上げてクスッと笑うと、戻ってきて私の背中にそっと手をまわした。

「ここは寒いから、いつまでもは居られないだろう?おいで。」

私、あなたに連れられて来たんですけど?

「うん、そうだね。僕が連れだしたんだよね。」

口に出してはいないのに、心が読める魔王が返事をした。

・・・怖いよぉ。もう、戦線離脱したいよぉ。


スタジオに行くのか、と思ったら、別棟の控室に連れて行かれた。

「ここで待っておいで。」

と言ってドアを開けて、私が入るのを促す。

「え?ここに?」

「そう。だって君が現場にいても、邪魔なだけだろう?」

ニッコリ笑ってそう言い放つ姿は、かえって容赦がなくて威圧的だ。

「それとも、僕が一緒に居てあげた方がいいかい?」

「結構です。」

即答、ですね。


彼が戸口から出て行こうとする時、私はその後ろ姿に声をかけた。

「藤田さん。」

彼が黙って振り返る。私は尋ねた。

「どうして、奈緒の近くにいるんですか?何で、マネージャーを引き受けたんですか?」

すると彼は、一瞬黙り込んだ。

そして次には、やはりいつもの笑顔で微笑んで答えた。


「知ってるかい?男が女に近づく時は、関心があるか下心があるかだよ。」

全然まったくちっともさっぱり、答えになってないし。



夜がとっぷり暮れても、中々奈緒は戻ってこない。

数時間が経過後、藤田さんが再び私を迎えに来て、私はスタジオの敷地入り口まで連れていかれた。

そこには警備員さんの小部屋があって、その脇に、

(みどり)さんが立っていた。

スーツの上に、紺色の温かそうなロングコートを羽織って、手触りのよさそうなマフラーを肩から掛けている。


駅が近くないのに、どうやってきたんだろう?なんて間抜けな事を考えた。



「綾ちゃんっ何があったっ?」

「じゃ、(みどり)。後はお前の出番。」

「はあ?」


キョトンとした碧さんの所に私を置いて、藤田さんはさっさと戻ってしまった。


「何、あれ?」

そう言って、私を見下ろした。

途端に、心配顔になる。眉間に皺が寄って、瞳が険しくなった。


「あいつに、何かされた?」

「あいつ・・・?」

「・・・あの、俳優・・・。」

「・・・・河島(たける)???」


私は素っ頓狂な声を出してしまった。あまりの驚きに、目も口も大きく開いてしまう。

「何でそんな事思うんですか??」


すると彼は、そんな私に驚いた、と言うか少し気まずそうにサッと視線を脇にずらし、

自分の顎を掴む様に、片手で自分の口を覆った。

「・・・えっ・・・だってあいつ・・・ほら、スケベっぽかったから・・・。」

「ええぇぇ・・・?」


・・・そーゆー事をしそうな俳優さんには見えませんでしたし(今日は結局遠眼でチラッと見ただけだった)、そーゆー事を心配しそうな人には見えませんでした、碧さんが。


「あれ?じゃあ先輩は、何で俺を呼んだのかな・・・?綾ちゃん、何か変わった事あった?」

「・・・変わった事があると、何で碧さんを呼ぶんですか?」

「・・・・・。」


まったく会話がちぐはぐな私達。


「むしろ、藤田さんに、変わったことされました。」

「え?何??」

「好きだって言われて、抱きしめられて、低い声で囁かれました。」

「・・・何ぃぃぃ???」


その時の碧さんの驚き様は、藤田さんにキスされた時に匹敵するものだった。

いや、叫んでいる分だけ、こっちの方が衝撃を発散出来ているのかも。

ちょっぴりタレ目が大きくなって大きくのけぞった後、騒ぎ出した。珍しい。


「それはっ。先輩の十八番だっ!!」

「でしょうね。」

「それをやられると、女の子は腰がくだけるんだっ。」

「でしょうね。」

「まさか・・・綾ちゃん・・・。」

「でしょ・・・何考えてるんですか?」


しみじみと相槌を打っていた私は途中ハッと顔を上げ、碧さんを軽く睨んだ。

すると彼は私のそんな表情を見て、ホッとした様に肩を下げ(余計に目もタレた様に見えた)、気が抜けたように言った。


「あ、無事だったわけね。」

「雰囲気ぶち壊して、天然か?碧に聞いた通りだ、とか言われました。アレ、どういう意味ですか?」

「あれ?どういう意味だろ?」

「・・・・ちょっと。」


ますます眼力を強くして睨んでいるつもりなんだけど、この人、全然こっちを見てないし。完璧スルーだし。ハンサムな分、余計に腹立つなあ、もう。


「そっか。何はともあれ、元気そうでよかった。会えて嬉しいよ。先輩に感謝だな。」

気に入らない部分もかなりあるけどね、と付け加える。


・・・どうしてそんな、屈託のない爽やかな笑顔で「会えて嬉しい」なんて言うんだろう?

そっちから連絡をして来た事、一回も無いくせに。

まあ、私も人の事言えなけど。


「久しぶりだね。」

「・・・そうですね。」

私は何となく俯いてしまい、無愛想に返事をしてしまった。

そんな私を碧さんは全く気にした様子も無く、スーツの胸ポケットから携帯を取り出しながら明るく言った。

「綾ちゃん、飯食った?俺、腹ペコペコで。よかったら付き合ってくんない?」

そして、私の返事も待たずにタクシーを呼んだ。




ところが、タクシーの中では、打って変わって無言になった。

碧さんは行き先を告げると、私を見て少し微笑み、その後はずっと流れる夜景色を見ていた。

煌めく湾岸を通り、高速に乗って、すごくロマンチックな光が広がる。

でも、その間私達は一言も話さず、お互い触れる事も無かった。


そう言えば、手を繋いだ時も、キスをした時も、私達はお酒が入っていたな。

あれは、酔った勢い、気の迷い、だったのかもしれないな。

そもそもこんなハンサムな人には、あれぐらい、遊びにも入らない「挨拶」程度だったのかもしれないな。

私は窓の外を眺め続ける彼の横顔を見つめて、そう思った。



急に頭が冷えて、冷静になる。私一人、舞い上がっていただけかも。

最初は、あんなに警戒していたのに。



15分ほどで都内のど真ん中に付き、連れてこられたのは某有名レストランの分店フレンチ版だった。

「え?ここですか?」

華美ではないがいかにも上品で高級そうに見える入口に、私は思わず尻ごみをする。


「うん。いいだろ?もう君に意見聞くと、色々真剣に悩みだすって事が分かったから、俺が決めたの。はい、入って。」

彼はそんな私の様子にお構いなしで、私の背中を押してお店に入るように促す。


「でも・・・私、そんなにお金は・・・。」

「いいから、入る。」

強引に、入らされた。入口のウェイターさんが、プロの笑顔でニッコリと微笑む。


彼は手慣れた様子で私のコートを脱がせて店員さんに渡し、自分のコートも渡すと、

やはり手慣れた様子でレディファーストを見せた。

案内された席に私の後から座ると、正面から私を見て、悪戯っぽく笑う。


「学生の女の子の財布を開かせるほど、俺、甲斐性無く見えた?」

「・・・でも私、・・・全部奢って貰うのって、・・・嫌なんです・・。」

「・・・へえ。」


彼はなんだか笑いたいのを堪えるかのように口角を上げると、からかう様な表情を見せた。


「なんだかすごく綾ちゃんらしいね。面白そ。で、何で?」

「・・・馬鹿にしてる・・・。」

「全然。意地悪してるだけ。」


彼の私を見つめる瞳が、甘い色を見せる。私はドキッとしながら顔が赤くなるのを感じた。

それを、からかわれて拗ねているフリをして、すり替える。

「・・・対等じゃない、気分になるからですっ。」

「じゃ、五百円頂戴。」

「ごっ五百円?」

その発想はどこから来るの?ワンコインですか?おじさんのお昼御飯じゃない?それって。

「せめて千円・・。」

「それじゃこっちが対等じゃなくなるだろ?そもそも対等ってなに?お金だけじゃないだろ。そういうのはね、総合的に大局的に見るもんなんだよ。・・・でも。」


そういって彼は、口の端をわずかに上げ、当り前の様に言った。

「そういう所、好きかも。」



ああ、もう、振り回される。

いい加減、流されたり振り回されたりするのは卒業したいのに。

動機が収まらない。ムッカつくっ。



「撮影は面白かったかい?」

料理と飲み物を注文すると(お酒は頼まなかった。もう、酔った勢いって、ヤダし・・・)、碧さんは楽しそうに聞いてきた。

そして私はあの初めての経験を思い出し、急に不機嫌が直ってしまった。

「はい。想像していたより随分、何だか人間臭かったです。」

「え?何?どういう事?」

「あ、すいません。その、手作り感漂う、というか・・・アナログっぽいというか・・・。」

「ふーん。面白いね。」

「でしょ?」

「うん。君が。」


またからかわれた、と思って軽く睨むのだけれど、彼は意味ありげな含み笑いをするだけなので、とりあえずほおっておく。彼の笑顔が素敵過ぎて、また顔が赤くなってやっぱりムカつく。


「俺は普通の会社員だからよく解らないけどさ、ああいうモノづくりって言うのも、すごく面白いんだろうな。」

「碧さんは多分、何でも面白くやれそうですよね。」

「え?そう見える?スゲ。何でわかんの?」

今度は私がからかってみせたのに、茶化しておどける彼。思わず笑ってしまう私。


この人は、きっと女性の扱いに慣れているんだろうな。ううん、絶対。

多分、私の下手な駆け引きなんて、効かないんだ。


やっぱり私は、ストレートな球を投げるしかないらしい。



「ねえ、碧さん。」

会話も弾み、食事も後半に差し掛かった頃、私は、メインを食べながら穏やかに聞いた。

「うん?」

彼もナイフを動かしながら、寛いだ様子で返事をする。

「何で今更、調べてるんですか?」


一瞬、彼のナイフを持つ手が止まった様に見えた。

私はそれを無視してフォークを進めた。


「色々、事情があるんだよね。」

彼は目の前のラムを食べながら、顔も上げずに普通に言う。

だから私も、自分のお魚を食べながら普通に尋ねる。


「それって、時効の事?」

「・・・うーん・・・。」


下を向いたまま苦笑する彼を盗み見て、私達はそのまま食事を続けた。


そしてその後、会話が弾む事はなくなってしまった。




お店は裏通りに面していた為、近くの幹線道路まで歩いて出て、そこでタクシーを拾って帰る事になった。

そこは車通りは激しいのに、人はまばら。空車のタクシーもなかなか来ない。

夜も更けると、冬の風が体を刺すように冷たい。耳がジンジンした。


タクシーを呼びとめる為に車道を眺める、碧さんの後姿を私は見つめる。そして俯く。


なんとなく気まずくなって、それはあの私の質問のせいなのだろうけど、これは私達にとっては避けて通る事の出来ない話だし、いずれは彼と対峙しなくてはならないのだし、

と私が自分に言い訳をしている時。


「おいで。」


急に碧さんに声をかけられた。

顔を上げて彼の方を見ると、彼はロングコートの片側を大きく広げて、私に向けて空間を作っていた。


「え?」


何の事か一瞬分からず、それが、私にその中に入るように誘っているんだと悟った時には、私は彼のコートの中にすっぽりと包まれてしまっていた。


彼の香りと体温が私を包み込む。

私は、飛んじゃうぐらいにビックリした。


「ちょっ、碧さんっ。人に見られるっ。」

「黙って。」


そう言って彼は、上から覆いかぶさるように、私をキュッと抱きしめた。

私はあまりの事に、心臓が止まる程驚いている。なのに動機が激しい。止まんないじゃん、心臓。


彼は、私の頭に顔をうずめてきた。



一体、どれくらいこうしているんだろう?随分と長い間、抱きしめらている気がする。

彼は一向に、腕を緩める気配がない。




「ね、綾ちゃん。」


上から、彼の、甘い、優しい、切ない声が聞こえてきた。

私を抱きしめる腕に、グッと力がこもった。きつくて、ちょっと苦しい。




「俺達もう、会うのはこれっきりな。」



今度こそ、心臓が止まった、と思った。




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