Suspicion 3
「知ってる?溺れている人にはこうやって・・・」
ぞわっ!
引き続き繰り出される甘いバリトンイク攻撃に、私は頭がもうホワイトアウトだかブラックアウトだかになって、
思いっきり彼を突き飛ばして、バッと離れた。
藤田さんはそんな行動を取った私が意外だったらしく(あんたの方が意外だってのよっ)、突き飛ばされたままの姿勢で私の方をじっと見つめた。
「・・・僕、まだ話の途中だったのだけど・・・・。」
「・・・けっ・・・けっ・・・けっ・・・」
「ケ、ケ、ケ?」
「っけっ、いさんっ、していますねっっ!!」
囁かれた右耳を片手で押えて、左手は悪魔を思いっきり指さし攻撃っ(これ、精一杯)。
「・・・何の話?」
「そのっ。声っ!滅茶苦茶イイじゃないですかっ!!」
「・・・・。」
藤田さんは真顔でそのまま、停止した。
「うん。そうだよ?」
「それっ!それっ!そうやってっ、私にっ何するんですかっ!!」
腰にクるのよっその囁きっ。何考えてるのよっ。
すると彼は、私の問い掛け、っていうか叫びに、悪びれも無くさらっと言ったのっこの鉄仮面エセジェントルおぼっちゃ魔王っ。
「落とそうと思った。」
「はあ??!」
「大概の女の子はコレでオチるんだが。」
「なっ・・・・!」
「すごいな、。碧の言った通りだ。この雰囲気で、そんな返しを受けたのは初めてだ。日下部さん、それ、天然なのかい?それとも、ガードを掛けてるのかい?」
なんだそれはっ。
なんかメッチャ色々突っ込み所がありすぎて、もはやどれを突っ込んでいいのか分からないけどっひとつここはっ。
「天然でっガードしてますっがっつりとっ!!」
「がっつりと。成程。」
藤田さんは真面目な顔して呟いた。
「やっぱり無理だったか。」
「ちょっとっ!!」
「それで、僕の痣で、どうして君の気が変わるのかい?」
彼は相変わらずニッコリと微笑んで私に問いかける。
ああ、もうダメ。色んな意味で脱力する。っていうか、もう、疲れた。これって、これも、この人の作戦?
さっきから結局、私ばっかり口を割らされてる気がするよ。
レベルが違うよ。諦めた。
私は軽い溜息をついて、藤田さんに言った。この人も、もう気付いている事を。
「・・・・藤田さん、私の命の恩人でしょ。」
「・・・・。」
「何で今まで黙ってたんですか?」
「何の事だい?」
「しらばっくれないで下さい。」
命の恩人に、なんでこんなシチュエーションで、こんな話し方をしなきゃなんないの?
彼の腕の痣を、私は覚えている。
子供の時に海で溺れかかった時、助けてくれた人と同じだ。
あまりのパニック状態で、おまけに視力も弱い為、相手の顔や体型なんて全く覚えていないんだけど、
私を抱き上げて、抱きしめてくれた時の、私の顔の間近にあったその赤い痣だけはハッキリと覚えていた。
その人は私を砂浜に上げると、そっと抱き降ろし、
隣の砂浜、つまり死角にいる私の両親に私を返すでもなく、そのまま去っていってしまったのだ。
だから私達家族は、彼が誰だか未だに知らずにいた。
でなければ、親が盆暮れには何かしら送っているわよ。だって藤田家のお坊ちゃまなんだから。
私は彼の眼を見ながら、今まで考えてきた事を彼にぶつけた。
「私の命の恩人が名乗りも上げずに消え去り、数年後には自転車のパンクも助けてくれて、そして今、何も言わずに私の目の前に立っている。一方で今度は自ら積極的に、私の友人に関わっている。それに何より、・・・」
核心を、口にする。
「あの事件に関係のある、碧さんとつるんでいる。どういう事ですか?」
彼は一瞬、私を鋭く見つめた。ドキッとする。
すると次の瞬間、いつものエセ頬笑みでニッコリと笑った。
「偶然なんじゃない?」
「そんな訳ないでしょっ。」
もうっ碧さんといい、藤田さんといい、なんなのよっこの暖簾に腕押し糠に釘コンビはっ。大人なんて嫌いだっ。
「全てがなんか、不自然すぎるんです。何だかよく解らないけど、おかしな気がするんです。藤田さん、あなたは・・・何者なんですか?」
めげずに食らいつく。相手の目を、一生懸命見続ける。頑張れ、頑張れ。
「何者って・・・僕はどう答えればいいのかな?」
「・・・あの事件に、15年前の事件に、・・・碧さんが調べている件に、藤田さんも何か関係があるんですか?」
「何でそんな事聞くの?」
「解りません。」
彼には、何の技も効かない。そもそも、私は何の技も持ち合わせていない。直球勝負が、私の弱点であり、唯一の武器なんだ。
すると彼は、初めて、その張り付いた微笑みの見本を剥がして、少し本当の微笑を見せた、気がした。
声も無くクスッと笑う。
少し、楽しそうに言った。
「君は、本当に、誤魔化しのきかない真っ直ぐな子のようだね。じゃあ聞くが、君はあの事件と、どんな関わり合いがあるんだ?」
柔らかくなった雰囲気に騙された。
気付くと、台詞の後半では、彼の眼は既に笑っていなかった。
王手、だ。
藤田さんは、何かを知っている。
やっぱり、碧さんと繋がっている。
何かを、しようとしている。
誰に?
この二人は、誰に、何をしようとしているの??
「・・・得体の知れない人に、話す気にはなれません。」
私は、自分でも顔がこわばるのを感じながら、後ずさりそうな足を必死に押さえながら、言った。
勝手な事に、一瞬、ここに拓也がいてくれたら、と思ってしまった。
情けない。これは私の問題で、あの子は全くの部外者なんだから、簡単に巻き込んではダメよ。
一人でも、踏ん張れ。
「『命の恩人』でも?」
彼が引き続き、優しく微笑む。眼の色まで伺う余裕が、ない。
「・・・すみません。」
「碧になら、話す気になれるかな?」
え?と思って私が眼を見開く。
彼は柔らかな笑顔で、優しく、穏やかに、そして冷たく言った。
「帰りは、彼に送ってもらう様にするよ。君も、その方が嬉しいだろ?」