Suspicion 1
クリスマスも間近に迫り、街がウキウキと華やかになってきた。
私も嬉しい便りを一通手に出来て、久しぶりに、不透明だった未来に光が見えかかった気がした。
拓也とは、それっきり連絡を取っていない。
あれからどうなったのか気にならない訳ではないけど、彼の忙しさや、事を進めているのが彼中心で、情報も何もかもあの子が一人で握ってしまっている事などが原因で、
不本意ながら、私は全くの「待ち」の状態を取らざるを得なくなっていた。
いいのかな、これで?日々、後ろ暗い気持ちになっていくんだけど・・・。
一方で碧さんとの事も、全く頭から離れない。
っていうか毎日思い出しちゃうし。というかいつも考えてしまってるし。あの、キス。
でも連絡来ないし。当り前だけど。連絡できないし。当然だけど。
そんな悶々としたある日、奈緒から連絡があった。
「どう?進捗状況は?」
「あれ?実は、拓也待ち。」
「何?何がどうなってるの?」
事の次第を説明する。
「・・・ちょっとカッコよすぎない?吉川君。見なおしたわ。」
奈緒が素直に感嘆した。
うん、まあね。確かに。
碧さんの家庭環境は、例え奈緒が相手でも、何だか自分の口から伝える事に抵抗を感じて、結局誰にも言えなかった。
母子家庭で、小学生の時にお母さんを亡くしちゃっている碧さん。
その後、「資産家」な親戚筋にでも引き取られたんだろうか?
有名大学卒業、一流企業勤務、抜群のプロポーションと整った顔、明るい性格。
それらとこの暗い過去が、あまりにもそぐわなくて、むしろ感心してしまう。
純さんと彼が、数年前に既に別れている、と言う事は、奈緒に伝えた。
「おおっ。」
と奈緒は、喜び(?)の声をあげ、素晴らしい、素晴らしい、と連発した。
「しかし何故、祐介さんはあたしに、純さんは彼女だ、と伝えたのかしら?」
「知らなかったとか?」
「そんな訳ないでしょー。あの腹黒さんがー。」
「・・・世話になる人に、よくそんな事が言えるね?」
「綾香は本人の前で言ったけどね?」
「・・・・。」
あ、あれは本気で怖かったわ・・・。体が心底冷えたわ。口はガチで禍の元だわ。
「でもよかったね。事が片付いたら、綾香にチャンスが巡ってくるかもよ。」
「・・・そういう関係にはなれないよ、私達は。」
だって、私には分かる気がする。
純さんを「彼女」と偽ってまで連れてきたのは、多分、私と話をするのを避ける為。
だってあのキスの後、自ら離れて距離を取ったのは彼の方だもの。
多分あの夏の日、彼が私に近づいてきた時は、こうなる予定はなかったのではないかしら。
頭で、冷静な分析をする。心で、理由は直感する。
「わからないわよ?人生、先にはどんな事が起こるか分からないんだから。綾香って、基本は前向き人間なのに、恋愛に関してはネガティブよね。吉川君にも、塚本さんにも、さ。もったいない。」
恋愛に対して消極的なのは、私も自覚している所でございます。
そもそも奈緒ほどの容姿も持ち合わせてない上に、ビン底眼鏡にマスク姿で見た目をからかわれてきた過去を持つ女に、何の自身が持てましょう?空気読めないし。
「ところでさ、綾香、最近困った事、ない?」
「・・・最近?常にいつも絶えずしょっちゅう困っておりますが?」
就職に卒論に事件に恋愛に。
「そうではなくて。なにか、気付いた事はありませんか?」
「は?」
「例えば、なくしモノとか?」
「うそっ?私、何かなくしたの?」
「うわっ。」
電話の向こうで奈緒が呆れた。
「綾香の学生証、あたしが持っている。」
「うそー!!なんでー!!」
「知らないよー。あたしもついさっき気付いたのよー。それで電話したの。多分、この間の飲み会の時に・・・。」
ああ、そうだ。女二人の学生証を社会人さん達にお見せしていたんだ。なんのお酒のタネだったのかは忘れたんだけど、写真写りだったかな?ああ、ホントに忘れてる。
その時、奈緒が二つ一緒にしまっちゃったのかしら?お互いそれなり酔っていたのねえ。
よく今まで気がつかなかったわね、と奈緒が私の代わりに呟いてくれた。
「そっかあ。滅多に使わないけど、卒論提出とか、定期券更新とか、困るもんなあ。」
「明日、暇?」
「ああ、分かった。取りに行く。」
「そうじゃなくって、撮影、見に来ない?」
「ええ?明日なの?」
「うん。綾香、忙しいから行けないって言ってたじゃない。でももし明日暇なら、見に来てみたら?面白いかもよ?あたし、二度とやらないし、こんなチャンスはないかもよ?」
「えー・・・。いいの?あたしで?」
「だって綾香と一緒の時に出会った話だし、祐介さんも今じゃ絡んでいるし、綾香じゃなくて、誰を誘うのよ?」
・・・奈緒の申し出はありがたいけど、それって限りなく邪魔じゃない?
普通、職場に、まったく関係ない第3者がウロウロするなんて迷惑この上ない話でしょ?
いくら、CMの主役さん、河島健が誘ってくれたとしても、ね。
「・・・やっぱいいよ。明日、奈緒が出発する前に取りに行く。」
私はやんわりとお断りをした。明日電車で一時間超の旅だわ。
次の日、奈緒が一人暮らしをしているマンションに行くと、一台の車が止まっていた。
紺色の、何だか高級そうな国産車に見えるけど、そっち方面に疎い私にはさっぱり分からない。
彼女の玄関ベルを押すと、慌ただしい足音がして、勢いよく扉が開かれた。
「ゴッメン、綾香、バタバタしていて。」
「ううん、こちらこそ、ごめんね。忙しいのに迷惑かけちゃって。」
「そっちこそ、遠いのにわざわざ。」
シンプルな会話。最近接点が多いので、余計な事を言わずに済ませる。
すると部屋の奥で、誰かが立ちあがった。
藤田さんだった。
ドびっくり。
「迎えに来て貰ったの。車でいくから。」
奈緒が私の表情を読んで説明する。
あ、そうか、そう言う事ね。それじゃ、下のあの車は藤田さんの車ね。納得。
「やあ、日下部さん。元気?」
「こんにちは、藤田さん。今日は奈緒を、宜しくお願いします。」
「はい。」
ニッコリと品のある笑顔。今日は初めて見るカジュアル姿、カラー付シャツにセーター、という装いが、
スラッとした長身(多分碧さんほどは無いだろうけど)と、切れ長の瞳によく合う短髪にとても馴染んでいた。
着ているセーターだってすごく上物そう。きっと、庶民の学生にすぎない私が知っているブランドを超えちゃっているんだろうな。アルマーニとかさ、バーバリーとかさ、それ以上なのよね、きっと。
なんて、見目麗しいおぼっちゃ魔王を観察していたら、ふとあるものが目に入った。
彼が、腕まくりをしている、その袖口。肘のあたりに。
「・・・あれ?怪我ですか?」
「これ?あ、いや、これは生まれつきの痣だよ。」
「あ、そうなんですか。」
赤い、盛り上がりも何もない模様。まるでそこだけ薄くカラーペイントしたかの様。
犬の横顔見たい、と思った。
何かが、引っかかった。
なんだっけ?
何かを連想させる気がする。何だっけ?何だっけ?
私、何を思い出したいんだっけ?
えーっと、えーっと、えーっと・・・
・・・・・え?
私は、俯いたまま動けなくなってしまった。一瞬、何も聞こえなくなる。
やがて、大きな混乱が襲ってきた。
その混乱が大きすぎて、自分が何に混乱しているのかも解らなくなってくる。
一生懸命、頭を整理しようとした。
これは、一体、どう言う事だろう?
何がどうなっているんだろう?何?何?何?
・・・この状況は、一体、何だろう?
固まっている私の背後で奈緒が、あたし達もう出なきゃ、と声をかけてくる。
「・・・私、やっぱり一緒に行きたい。」
私は、顔も上げずに、呟くように言った。
事態を把握できていないまま二人から離れる事に、何だかとても抵抗を感じたから。
奈緒は、「ホントに?じゃ、行こうよ、どういう心境の変化?」と喜んだ。
顔を上げると、藤田さんは、眉間に皺を寄せていた。