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リコレクションズ  作者: 戸理 葵
第二章 動き出す
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誘って、惑わす

二人で、呆然と、言葉も無く見つめ合ってしまった。

お互い、固まって動けない。



「・・・あ、えと・・・。」

「あれ、綾ちゃん。」


碧さんが、ビックリした表情から我に返ったように、口を開いた。

それから、手にしたタバコを携帯灰皿に押しつける。

「別に消してくれなくてもいいのに。」

「マナーだからね。」


一瞬の、沈黙、再び。


私は、俯いてタバコを消している碧さんに、あまりの偶然に出くわした気まずさも手伝って、口を開いた。

だって、何だか、私、追いかけてきたみたいだし。


「碧さんは、何でここに・・・?」


彼はまだ俯いてタバコを消しながら、少し微笑んでいる。

タバコって、消すのにそんなに、時間がかかるものなの?


「俺?さっき支払いを済ませて、そしてここで、ちょっと一服。」


そう言って、やっと顔をあげてこっちを見た。

その笑顔は、やっぱりいつもと同じで、綺麗で屈託がない。


「綾ちゃんは?どうしたの?」



何て、答えよう?

貴方の事を思って、涙が出そうになったから、ここに逃げてきました。


なんて言ったら、どうなるんだろう?



「・・・ちょっと、・・・酔い覚ましに・・・・。」


実際、酔い覚ましに、一人抜けて外に出る人なんているんだろうか?

下手な言い訳に、一人で突っ込む。


そんな私に、或いは私の台詞に、大した注意を払わなかったのか、碧さんは当り前のように微笑みながら言葉を続けた。


「どう?元気?」

「うん。」

「就職活動、うまくいってる?」

「・・・わかりません。結果待ちなんです、色々と。」

「そうか。本命はどんな所?」

「願掛け中なので、碧さんにも、言えません。」

「そっか。上手くいきますように。」


パンパン。


「何やってるんですか?」

「お月さんに、願掛け。」

「お月さまってお願い事を叶えてくれるんですか?」

「星に願いを、って言うじゃん。」



そう言って、いたずらっぽい瞳で、ニヤッと笑う。


「綾ちゃんが、ミステリーハンターになれますように。」

「・・・まだそれをひっぱる・・・。」

「ツボにハマったもんで。」



からかう様な笑みを含んだその表情に、いつものペースを取り戻して少しホッとした私は、

碧さんの隣に少し近づき、彼と同じように非常階段の壁にもたれて、

彼を見上げて話を続けた。


「碧さんは、仕事面白いですか?」

「おう。面白いぜ。まだペーペーだけどな。」


彼が楽しそうに、喉の奥でクッと笑う。


「先輩のパシリみたいにコキ使われる事もしょっちゅうで、メンドくせー書類とか回されるし、たまに出張が入るとね、空港ん中、走らされるんだ。」


明るく話す彼の様子は、生き生きと仕事をこなす青年、を体現している。

長身でスレンダーな体つきと綺麗な横顔から、男性の自信と、少しの色気が感じ取れた。


「学生の時は、国際空港内を走っている商社マンを見てかっこいいな、って単純に思ったんだけど、実際なってみると、カッコいい所でない。マジ、忙しい。」


初めて目にする、仕事の事を語る彼。

そんな彼に、私は迂闊にも見とれてしまった。

いつも前を向いているのは、この人の方かもしれないな、なんて思いながら。


すると、彼が私に視線を落とした。

私は慌てて、目を反らした。



「さっき、純さんから色々聞きました。」

「色々って、何を?」

「・・・碧さんの事。色々。」

「・・・何だ、それ。例えば、どんな?」

「・・・例えば、・・・。」


例えば、何て言えばいいんだろう。

自分で切り出しておいて、答えに詰まる。


私は、何を言いたかったんだろう。それとも、何を聞きたかったんだろう。

自問自答をしたいのに、自答が得られない。沈黙に焦ってくる。


聞きたい事は、相変わらず山ほどある。




言いたい事も、本当は山ほどある。




続いてしまう、無言。私は黙って彼を見上げた。彼は黙って前を見ていた。


綺麗な瞳の上に、長い睫毛が影を作っている。

何を考えているのか分からない、無表情な、眼。

あの瞳は触れられるのだろうか。ふいに、そう思ってしまった。

小さい頃に集めたビー玉のように、私の手に入れられたら。大切な宝物にするのに。


碧さんが、不意に私を見つめた。

ドキンとする。なのに、視線が外せない。



「そういう眼をしてさ、こっちを見ないでよ。そう言ったろ。」



そう言った碧さんの表情は、前とは違って笑ってなかった。


仕事中は整髪剤で上げていた彼の長めの前髪が、何筋か落ちて額にかかっている。

初めて会った時はプライベートで、まるで学生の様なカジュアルで可愛い感じもしたけれど、

今はそれが、大人の男性の雰囲気を漂わせている。

落ちた前髪が、妙に色っぽく感じた。


その前髪の奥で見え隠れする瞳は、今まで見た事の無い、暗い色をたたえていた。

少し怖い、と初めて思う。

暗くて、強い光。


この人は、実は心の奥に、情熱を隠し持っている人なのかもしれない。

少し悲しみを伴う尖った情熱を、意志の強さで飼い馴らしている、そんな気がした。



「・・・触れずに、守って、・・・何も言わなければよかった。」


碧さんの眉間に、少し皺がよった。


「・・・そんな気に、させる。」


そう言って、ゆっくりと、私の頬に手を伸ばす。

私は彼の、初めて見せる刺すような眼差しから、目が離せなかった。

闇を含んだその表情が、いつもの彼を余計に、綺麗に見せた。



彼の親指が、私の唇をそっと押す。

私の鼓動は、一気に速くなった。



「なのに、触れずにいられなくなる。」



彼の視線と私の視線が、絡み合って離れない。体が麻痺した様に、視線が外せない。

どうしよう。


私が口をこうとしたら、彼の親指が少し、舌に触れた。



「・・・守ってくれるんですか?」


私はそういって、彼の手をそっと押しやった。



彼はその押しやられた片手を、空中に止めたままでいる。だけど、瞳は私を見つめたまま。

やがてその親指を自分の口元に持っていって、その少し薄い唇をわずかに開き、


私と同じように舌先で少し、舐めた。



「むしろ、逆かも。」


彼の口の端がわずかに上がって、突然、挑戦的な表情をする。私は鼓動が止まるかと思った。


彼は手を伸ばして、柔らかく、髪を(いつく)しむかの様に、私の頭を撫でる。

そして彼の瞳が怪しく揺れた、と思った瞬間、私は引き寄せられるようにグッと抱きしめられた。

私の頬に、彼の胸が当たる。

タバコの匂いと一緒に、彼の香り、そして心臓の音が伝わってきた。


動く事が、出来ない。

彼も、身動き一つしない。


時が止まった様な、とはこういう事を言うのかもしれない、と痺れた頭で考えた。



やがて上から、彼のくぐもった声が聞こえてきた。


「・・・あんまり姫を引き留めると、ナイトが痺れを切らして乗り込んで来るな。」


囁くような、掠れたような、誘うような、声。

私は彼の胸の中で、飛び出しそうになる心臓を抑える事で必死だった。

ようやく呼吸を整え、振り絞って声を出す。


「・・・そうしたら、どうするんですか?」



しまった、試すような事を言ってしまった。


一瞬、間がある。

その間にも彼の呼吸と彼の香りは、私の中で更に熱を持ってまとわりつく。

私の自由を、奪っていく。


「・・・姫は、貰った、と言ってみる。」


そう言った彼はやっと力を緩め、腕の中にいる私を覗き込んだ。



その綺麗な瞳には、潤んだ黒さの奥に切なさがあり、闇があった。私を捕らえて離さない。

もう自分がここから抜け出せない事を、体で感じた。

まるで獣に睨まれた小動物のよう。この獣は、美しすぎて、甘すぎる。



「・・・俺は、悪者?」


鼻先がほぼ触れるくらいの近距離で、彼が私を見つめて囁く。

彼の吐息が、私の唇にかかる。

私は自分の心臓の音がうるさ過ぎて、彼の声以外が聞こえない。息をする事もままならない。



「・・・それは・・・まだ、わかりません。」


「それなら、」


彼の視線と私の視線が外れた。

それは、彼が更に顔を近づけてきたから。もう、唇がほぼ、私のそれに触れかかっている。

その状態で、彼はさらに甘く、甘く囁いた。


「・・・これは、どう?」

「・・・悪者、なの?」


「・・・試す?」


彼の片手が私の肩に、もう片手が私の後頭部にまわされた。



最初は私の口をついばむようにそっと、そして次に舐めるように、そしてすぐに、私の口内のすべてが絡み取られてしまった。

ゆっくりと角度を変え、何度も、何度も、何度も。

胸の中に隠し持っていた情熱を、まるで私の体内に流し込むかのように。

私の体の奥に、火をつけるかのように。

彼のキスは、優しくて、激しくて、甘くて、

頭の芯が、溶けていく。

頬に触れる彼の呼吸は、私の中の痺れを更に増幅させる。


彼の両手が私の耳たぶから首筋を、ゆっくりと這いまわる。

指先でツツ、と撫で上げる。

それは私の体をぞわり、と粟立たせて、

彼の舌があまりにも熱くて、

私は、自分の足で立っていられなくなりそう。




やがてゆっくりと唇を離すと、お互いに眼を合わせた。

彼は眼を細めて私を愛おしそうに見つめ、それから照れたように苦笑し、再び私を軽く抱きしめた。


「あーあ。やっちまった。我慢するつもりだったのに。」


そう言って、一瞬その腕にグッと力を込めると、次の瞬間パッと離された。

見ると両手を軽く上げて、お手上げ、のポーズ。


「ダメダメ。これ以上いると、俺、本当に危険人物。離れます。」


そしてニコッと、いつものあの笑顔で綺麗に笑う。


「先に戻りなよ。風邪引くぜ。俺は後から行くから。・・・バレないように、な。」

君のナイトの気が狂わないように、と冗談っぽく、そら恐ろしい事を言われた。



どんな顔して戻ればいいの?

歩く事もままならないのに。




恥ずかしい様な、恨みがましい様な、後ろ髪が引かれる様な思いで碧さんを見上げた瞬間、私は突然、本当に突然、本日の飲み会最大のビッグイベントを思い出して思わず言ってしまった。


「はっ。もしかして今、私は藤田さんと間接キスを・・・。」

「いいから中に入りなさい。そこじゃないから、悩む所。大事なとこが違うから。」


引きつり笑いを浮かべながらも瞬間的に突っ込む所は流石なもので、

そんな事言ったらさ、俺だって間接じゃん、と碧さんがボソッと呟く。


え?なんだろう?

と一瞬止まってしまい、



「・・・ぅおおきゅぅぅ・・・。」


私は両手で頬を覆い、確実に日本語ではない、多分どこの言語でもない言葉(か音)を発してしまった。

そ、そういう事ね。

でも、私、今日は誰ともしてなかったし。というか、ここ最近はキスなんてご無沙汰で・・・。


赤くなって再び立ち止まってしまった私を見て、碧さんが呆れた様に呟いた。


「君って、天然?・・・だよね。愚問だ。スマン。」


いちいち面白いから覚悟しとかないと、って自分に言い聞かせるように言ってるんだけど、一体何の覚悟なのかしら?




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