何ですか?!それは
金曜日。夜8時。
面接を終えて、時間潰しに大学に戻って就職課に籠もってて、待ち合わせ数分前に指定されたホテルのロビーに来たら、
そこのラウンジに、その場の雰囲気とピッタリ合う男性が一人、ソファーに座っていた。
チャコールグレーのコートを着ている藤田さんだ。
「こんばんは、藤田さん。」
振り向いた彼を見て、一瞬呆けてしまった。
わお。今日の藤田さんはメガネだ。メガネ男子だ。激似合っている。萌えー。
「やあ、こんばんは、日下部さん。お久しぶりだね。」
「はい、お久しぶりです。まだ、他は誰も?」
「うん。僕が気合入れて一番乗りみたいだね。時間が空いたので、少し早めに来たんだ。」
自然と彼の隣に腰かけると、フワっ・・・と艶やかな香りが漂ってきた。
「あれ?藤田さん、香水付けていますか?・・・いい香りですね。」
「え?」
彼はビックリしたように私を見て、自分の腕を上げると、肘のあたりをクンクンと嗅ぎだした。
そしてチョッピリ苦笑して言った。
「ああ、これ。ごめんね。さっきまで女性と一緒だったから。その時移ったんだな。」
・・・うわ。想像ついちゃう。
「・・・なんか、藤田さんが言うと、大人・・・。それって、彼女さんですか?」
「まあね。」
おっと、さらりと肯定。イチイチ洗練されているなあ。
落ち着きがあって、穏やかで、こんな人の彼女はやっぱり大人の女性なのでしょうね、と勝手に想像。
「いいですねー。美人ですか?」
「うん。みんな美人だよ。」
「・・・みんな・・・?」
「うん。女性は皆、綺麗だよね。」
・・・えっと、あれ?
・・・なんだか、軸がズレてきた気が・・・。
「・・・藤田さんって、何人か彼女がいるんですか・・・?」
「そんな、何人もいないよ。数人だよ。」
絶句。
・・・・奈緒が、「あんなの」と言っていた理由が、分かる気がした・・・。
「このあたりで碧が接待をやっているらしいんだ。だから・・・おや。」
私が固まっているのを普通にスルーした藤田さんは、首をあげて辺りを見回してから、少し驚いたように一点を見つめた。
つられてそちらを見た私も、自然に言葉が出た。
「あ、碧さん。」
見ると彼は、中年と壮年の間くらいの男性、中肉中背だけど黒光りしてなんだかオヤジの匂いがこっちまで漂ってきそうな男性と、一緒に歩いている。
見るだけで匂いが想像できるなんて、多分、清潔か不潔かの問題ではなくって、あの品のない笑いが原因なんだろうな、って思うんだけど、
どうしてあの人は碧さんの背中や腰をさっきからバンバン叩いているんでしょう?
ああ、碧さんの背が高いから、肩まで手が届かないのか、って、いくらなんでもスキンシップ多すぎない?腰はないでしょ、オヤジ様。
しかも、遠目から見ても、碧さんが、その・・・・引いている。
私も藤田さんもそれから目が反らせず、ポカンと開かれた私の口から出た言葉は、なんとも間抜けな疑問形だった。
「・・・何、やってるんですかね?あれ・・・。」
「接待、だろうなあ。」
接待?あれが接待?ああ終わったのね、接待。大変そうね、接待・・・。
「ほう。」
藤田さんは少し目を丸くしてその様子を眺めると、感心したように続けた。
「ほう。」
右手を顎にやり、得心したように呟く。
「なるほど。」
・・・議員さんなんて接待ばっかりやっている、っていう凝り固まったイメージしか持っていないんだけど、
そんな所の秘書をやってる藤田さんでも、そんなに感心する所があるのかしら、あの接待?
「先日、休日返上で行った接待で、相手にやたら気に入られて困っている、と話していたが、成程こういう事だったのか。」
休日返上の接待って・・・あの夏の日の事?電話で話してた?
「一人・・・でやるものなんですか?接待って。」
「いや、多分あれは、生贄だろうな。」
「いけにえ?」
「こういう時に純ちゃんがいれば良かったのだろうけど・・・。」
いけにえ?純ちゃん?どういうこと?
「日下部さんじゃあ、あまりにも可哀そうだし・・・。」
「・・・さっきから、何の話ですか?」
すると藤田さんは、メガネの奥の切れ長の瞳をキラッと光らせて、少し笑った。
「王子様を救出する話。」
そして彼はスラッと立ち上がると、こちらを振り返って、私のソファの背もたれに片手を乗せる形で体を傾け、
私に顔を近付けると、とても素敵な笑顔でニッコリと微笑んだ。
「いいかい?日下部さん。今から面白い物を見せてあげるけど、あまり誤解しないようにね。僕も不本意ながら行っている、と言う事をお忘れなく。」
「?」
私が無言で眉間にしわを寄せると彼はクスッと笑い、ロングコートを翻して優雅に碧さん達の方に近づいて行った。
・・・んと、ちょっと近くまで移動しよう。
なんか、すごい見モノが始まる気がする。うん。
「碧。」
藤田さんが声をかけると碧さんが振り返った。
ビックリしたような、焦ったような表情をしていて、あ、接待ってやっぱそんなに大変だったんだ、と納得。
「あ、先輩。」
「一時間も待たせるなよ。俺をジラすのがそんなに楽しいか?」
「はい?」
「こんばんは。不躾に申し訳ございませんが、そろそろこの男を僕に返して頂いても構いませんか?」
ニッコリほほ笑んで、藤田さんがおじさんに向き直る。
突然の藤田さんの登場に、取引先のおじさんも少し呆気に取られているみたい。
「誰だね、君は。」
「彼の、パートナーです。」
碧さんの目が点になって、隣のおじさんの目が点になった。
っていうか、私の眼なんて無くなったよ!!
「・・・これはまた。なんだ塚本君、君はやっぱり「はいぃぃ???」
大驚愕の碧さんは、すこしタレ目の綺麗な瞳と形の良い唇の両方を呆けた様に開けて、藤田さんとおじさんとを交互に見ている。
大変、動揺が伝わってきますね、はい。
「随分仲がいいのかい?君達は。」
おじさんの・・・っていうか、もはやオヤジの顔が、なんだかますます品が無くなってきて、少しバカにしたようにニヤニヤ笑っている。何を想像しているのよ、おじさんは。
なのに藤田さんはすごく涼しい顔して、オヤジとは対照的にとっても品のある笑顔を見せた。
「はい、とっても。ご覧になります?」
「はい??」
事態についていけない碧さんが唖然とした表情で藤田さんを見た、
その瞬間、なんと、
藤田さんは碧さんの腰を片手でグッと引き寄せ、ビックリする間もない碧さんの顎を傾けると、
ぎゃあああー!!チューしたっ!!チューしたぁぁ・・・!!
長い長い長いっ!!あれはベロチューだっ・・・!!
え?マジで?ホントに?ってやってるし!!
私はもう、ここ10年最大の驚きで、口から内臓が飛び出たぞうって言ってる場合じゃないけど、なんだかチョッピリいいものを見ている気がするのは何故?
「・・・なんっっっっだ、あれ・・・・。」
気付くと拓也が私の斜め後ろに立っていて、つぶらな瞳を最大限に見開いて、私に負けず劣らず驚愕している。
「・・・あの人達って、そーだったの・・・・?」
ホテルのラウンジ。
割と結構な人達が、長身イケメン二人のキスシーンに硬直していた。
「と言う事で、今晩はこれにてご勘弁を。失礼致します。時間が押しているものですから。」
唇を離した藤田さんが、おじさんに向かってニッコリ笑った。
おじさんも我に返ったように言っている。
「・・・お、おう。それでは塚本君、また後日。」
「今後とも、こいつを宜しくお願いします。こいつは色々な事に巻き込まれるものですから、僕の腕っ節は強くなっていく一方なんです。」
最後の台詞を言う時、メガネの奥の藤田さんの瞳がチョッピリ暗く光って、
それを見たおじさんは気押された様にビビっていた。
あ、碧さん、固まってる。白くなってる、燃え尽きてる。灰になってる。
「あ、吉川君、来ていたんだ。お久しぶり。」
微笑んでこちらにやって来る藤田さんと、その後から意識無く燃えカスとなってついてくる碧さん。
・・・煙が見えるようよ・・・・。
「・・・あ、はい。ご無沙汰してます・・・・。」
引きつった笑顔の拓也が弱冠後ずさっている様に見えるのは、絶対気のせいじゃないわよね。
すると藤田さんの向こうで、燃えカスが声をあげた。
「・・・俺・・・男とのファーストキス・・・。」
「貞操の危機から救ってやったんだ。感謝しろ。」
「・・・舌まで入れらた・・・。」
「あれくらいやらなきゃバレるだろ、ソッチ系の人間には。しつこい取引先相手には、いい口実だ。」
「・・・・・。」
「まさかエロ親爺とは思わんかったが。でもまあ、しばらくは大丈夫だろ。だから感謝しろ。」
「・・・・・。」
ぷすぷすぷす。カスまで燃え尽きましたよ、この人。
「そろそろ残りの二人も来る頃じゃないのかな?」
藤田さんが平然として腕時計を見る。
あの、お兄さん、先程からロビー皆の視線を集めているんですが、痛くないんですか?痛くないの?ねえ、刺さってないの?
エントランスの方を、さっきのおじさんがこっちを見ながらスゴスゴと、ビクビクと、
・・・ちょっと羨ましそうにしながら帰って行くのが、やたらと気になるし。
私、今この集団の中で紅一点の逆ハー状態だけど、ビジュアル的には邪魔者扱いよね、きっと。
拓也、あんたが華を添えているのよ。この場合は、皆の妄想にあんたは入れられているのよ、間違いないわ。
そんな私の脳内を知らない拓也が、碧さんを指さして言った。
「・・・この人、再起動きかないんじゃないですか?」
「じゃあ、電源落として、しばらく放置しよう。」
ぞくり。
藤田さんは相変わらずニッコリ笑って答えたのだけど、
もうダメ。この人の笑顔って怖すぎる。背中が凍るの、寒いのよっ。
絶対、敵に回したくないよぉ・・・・。