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リコレクションズ  作者: 戸理 葵
第二章 動き出す
23/67

Here we go 1

忙しい合間を塗っての時間の都合。

拓也と会う事になったのは、週明けの月曜日、1限の後。

最悪な時間帯に4年生なのに未だに語学の授業がある私と、既に専門学校に通い始めているという拓也が時間を合わせて、大学の学食内で会う事になった。

ウチの大学の学食は見た目も味も、ちょっとしたレストラン並みで学生には人気があるけど、

冬も近づいた朝10時台に、ここにいる学生数はそれほど多くはなかった。



大変、居心地が悪い。どんな顔をして会えばいいのか分からない。

学生のざわめきも、最新のヒットチャートを流し続ける有線も、さっぱり耳に入ってこない。

キラキラした午前中の光が降り注ぐ大きな吹き抜けの窓が、白々しいくらいに明るく見える。


「・・・・。」


気付くと、無言の拓也が目の前に立っていた。

カジュアルなジャケットを羽織ってそれを腕まくりしている。首にはストールを巻いて中には薄くても温かそうなカットソーを重ね着。

いつ見ても、センスがいい。

片手をパンツのポッケに突っ込み、片手に鞄を持って肩から逆手にひっかけている。


で、無言で私を見下ろしている。



「・・・お世話に、なり、ます・・・・。」


私は何とか口を開いたものの、最後の方はもはや呟きにもならない尻すぼみな台詞。

視線を上に向けるものの頭を上げる勇気がないもんだから、結局彼の顔を見る事は出来ない。


ああああ・・・。やっぱりこんな事、頼むんじゃなかった。奈緒に断っとくんだった・・・。

今更元カノの面倒を見ろ、だなんて、私的にも恥ずかしいし悔しいし、みっともないし、情けないし・・・・・気まずいし。


と、時既に遅しの後悔が怒涛のように押し寄せてくる。



拓也はそんな私をしばらく眺めた後、私の右隣の椅子に(4人がけの丸テーブルに座っていたので)どっかと座り込み、その隣の椅子の上に鞄を投げ出すように置いた。


チラ・・・と横目で様子を伺うと、彼は腕と足を組み、無表情でこちらを見ている。

あうう。帰りたいよぉ。


ますます縮こまる私。


やがて彼の軽い溜息が聞こえた。


「・・・お世話を、します。」



顔を上げると、拓也は斜め前方を見上げながら、どこか呆れたような表情で頭をガシガシと激しく掻いていた。

それから再び私に向き直り、やっぱり無表情な顔で聞いてくる。


「田中さんから大体の事は聞いたんだけど。お前の事だからお前自身の口から聞きたいし。

 何がどうなっている訳?」


就活で馴れた答弁もここではすっかりナリをひそめて、小さくなった私はボソボソと事情を説明した。

ああ、全くもってみっともない私。こんな形で元カレに協力を求めなくてはならないなんて。

というより、全面的に頼らなくてはならないなんて。


いえ、私、一人で何とか出来ますから。

その際、この問題は解決できる日が来るまで後回しにしますから。

いいんです、いいんです。

何も今、こんなに忙しくてややこしい時に事を進めなくても、いいんです。



という言葉が喉まで出かかってる。




私の話を、腕を組んだ状態で微動だにせずジッと聞いていた拓也は、話が終わった後も口を開かずに無言だった。

でもその視線は、空中を彷徨っていて何かを考えている様子。眉根に弱冠、しわが寄っている。

こういう真面目で男らしい拓也を見る事はかなり久しぶりだったので、ああ、いい男だなあ、と単純に見とれて観察をしてしまった。



「・・・お前はさ、どこまで正確に知りたいの?事件の事。」


やがて口を開いた拓也は、私の方を斜めに見ながら聞いてきた。

その視線は鋭くて、今この瞬間だけでも、彼が全身で私の話を受け止めているのがわかる。


「とことん100%、ハッキリと調べ上げたいの?そしたらそれって、とんでもない結果を招くかもしれないぜ?」


彼の視線が私から外れない。今まで避けていた時間を取り戻すかのように、鋭く、深く私を射抜く。

私もその視線を外さない。

だってその後に続く言葉が分かっているから。

私の覚悟を彼に伝える為に、彼の視線に絡み続ける。彼がそれに応えている。





「お前の見た光景と、事件の概要、全然違うじゃん。」







物ごころついた時から視力の弱かった私は、割と全てがぼやけているのが普通だった。

小学校に上がるに際しメガネをかけるようになったのだけれど、あの日はそれを掛ける事を忘れていた。よくある事だった。


低い段差のあるコンクリートの上に頭を乗せるように、地面に仰向けに横たわっている人。

その上から、ゆっくりと、ゆっくりと、体重を掛けていく人。

二人の間に何かがある。でもそこまでは、視力の弱い私には見えない。

横たわっている人の腕が上がる。震えているように見える。

やがてその腕は地面に戻り、全てが動かなくなる。


上に覆いかぶさっていた人が、体を起こす。

頭も学ランも黒い為、私には黒い一つの塊が二つに分かれた様に見える。

その塊の一つが、立ったまま動かなくなる。



雨が激しくなってきて、私はすっかり濡れてしまう。

腕の中の、当時はまだ子犬だったダンが、私の胸を温めてくれている。



私は急に、帰らなくてはならない強迫観念のようなものに駆られて、ちょっとした出来心からおきた冒険心を後悔しながら、

大人の集まりである中学校を裏門から後にした。走って帰った。



そして翌日、雨にぬれた私は熱を出して学校を休んだ。






拓也と奈緒が、同じ事を言う。

事件の内容と、私が見た内容が違う、と。

それは私も、あの夏の日から気付いていた。

目撃者ありの正当防衛、とは、このワンシーンのどこで成立するのだろう?



「・・・でも、15年前の、7歳児の記憶なんて・・・実際はまだ6歳だったんだけど・・・あまりにも不確かな物だし、おまけにド近眼とくれば、信憑性なんてあったもんじゃないし・・・。」


私の台詞は言い訳のように聞こえるけど、

実際は拓也の瞳を見続けながら、問いかけるように、半分すがる様な気持で言った。

言い訳ではなく、これはあらゆる可能性を考える為の、議論。


「それに俺達は、事件の詳しい内容を何一つ知らない。それなのに、お前が見た光景を、その事件のどこかに当てはめるなんて到底無理だ。」


私の台詞に、彼は応える。

そして彼は体を真正面に向けると、まっすぐに私を見つめながら言った。


「でもお前の記憶が全て正しかったとして、それが事件のストーリーを変える事になったとしたら。」


彼のつぶらで丸い瞳が、グッと深く、強くなる。



「お前、受け止める覚悟はあるの?」



その黒い瞳を見つめる。

いつもはかったるそうにしている彼が、滅多にしか見せない、攻めの姿勢。

元々可愛い系の顔が(碧さんや藤田さんみたいに、まつ毛が長いお目目パッチリ系、ではないんだけれど)

グッと、男の顔になる。


でも私はついに、彼から視線を外してしまった。



「・・・受け止める覚悟なんて、わからないけど・・・・。」


正直、今でも分からない。

どうなるか見当もつかないのに、その時の心構えなんて想像もつかない。


「・・・これを無視してやり過ごす、覚悟の方が、今はない・・・・。」



そう。もう、知らないフリが出来ないの。

遅かれ早かれ、やるしかないのよ。

例え、誰かが私を助けてくれなくとも。



すると拓也の瞳が、少し揺れた。


「・・・それって、塚本さんのせい?」


私は再び拓也を見つめる。



事件の被害者と知り合いだった、という碧さん。

納得できない気持ちを15年間抱えていた、と言っていた。


どこかに、同じような気持ちの人達がいるに違いない。

人が殺される、という事は、とてつもなく恐ろしい事。

生きている人達の心の傷は、多分一生癒える事はないのだろう。


だから、私の情報が何の役にも立たないとしても、知らないフリは、もう出来ない。

それが、どんな結果を招くのかは想像もつかないのだけれども。



碧さんに対する恋心を棚に上げたとしても、やっぱり私は動くのだろう。



「・・・そうね。そうとも言える。きっかけでは、ある。」


思わず苦笑してしまった。


そんな私を少し不思議そうに眺めた拓也は、あー、とも、はー、ともつかない声を出して、椅子に深くもたれ込み、その背もたれに頭を乗せて吹き抜けの天井を見上げた。



「・・・お前さー。こんな事する時間、あんの?就活、続けてるんでしょ?俺も専門学校の方が結構忙しくなって来ててさ。」

「ご、ごめんね。邪魔する気はないから。時々、相談に乗ってくれれば、というかアドバイスなんぞを頂ければそれで十分で・・・。」

「あー、そんな事を言いたいんじゃないんだよ。」


再び頭をガシガシガシっと多めに激しく掻く。

そして椅子に沈みこむようにしながら、私を横目でジロッと睨みつけた。



「あのね。隙を見せないでよ、俺に。」

「・・・はい?」

「俺、責任持てないからね。俺を巻き込んだのは、あなただからね。」

いいえ、奈緒です。

「チャンスがあれば、遠慮なくいっちゃうよ?」



・・・・これは、ひょっとして。

ひょっとしなくても、・・・攻められているんだろうか?



危険を感じてたじろいで、椅子に座っているにも関わらず後ずさりをしようとした私の前に、

拓也は体を起こした勢いでズイっと前のめりに、鼻先あと5センチくらいまでに近づき、


凄く挑戦的な瞳をして、私に囁いた。


「高校ん時ほど、都合のいい男じゃないぜ。」


そうして、あっと思う間もなく素早い動作で腰を浮かすと、




私の首筋を、拓也の舌先が下から上にツツーっと滑り上がった!!



ぎゃあー!!!何すんのよおおおお!!!


「ひゃあっ!!!」


素っ頓狂な声をあげて、全身鳥肌粟立たせて、私が椅子から転げ落ちるように飛び下がると、

拓也はすまして立ち上がり、鞄を肩から逆手に持ち私を振り返っていった。


「ほら、まずは行くよ。国会図書館。この後もう、授業ないんでしょ?俺、午後は今日しか空いてないから。」

「あ、あ、あんた、今、何を・・・。」


首筋を片手で押えながら私が聞くと、彼はシレっと答える。


「ん?首舐めた。」

「はあ???」

「タダ働きさせるつもりかよ。嫌なら自分の身は自分で守れば?」


そ、それは、あんたから、という事ですか・・・?


サッサと学食を立ち去る拓也を呆然と見やってから、私は慌ててその後を追ったのだけれど。



ああ、やっぱり奈緒、これはマズイよ・・・・。

先が怖いよ・・・。


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