美少女が行く!1
快晴の空の下、冬の到来を色濃くする様なからっ風が吹き抜けた。
秋が来るのが遅かったと思ったら、一足飛びに冬が来たような木枯らしで、思わず「だーれかさんが、だーれかさんが・・・。」と口ずさみたくなっちゃう。
私は首にグルグル巻いたマフラーを口元まで上げて、少し日が傾きかけた東京の街を足早に歩いた。
今日は休日。久しぶりに奈緒と会う。
盆暮れ正月、以外の日に奈緒と会う事なんて、高校を卒業して以来無かった。
夏のあの日より後、私は碧さんと会う事はなかった。
こちらから連絡もせず、向こうからも、もちろん連絡は来ない。
拓也から聞いた事件の詳細は、私に色々な感情を湧き起こさせた。
それらが絵の具の様に混じって真っ黒な気持ちになる事もあれば、光の様に重なって真っ白になる事もあった。
後悔、疑問、諦め、安堵、恐怖、そういったモノが他人事のようにボヤける時もある。
かと思えば、まるで現実の刃の様に私の胸に突き刺さる時もある。
遠い遠い過去の、記憶も不確かな、しかし現実の光景。
そして次に必ず思い浮かぶのが、碧さんの飄々とした笑顔。
あの日から3カ月。不思議と思い出すのは、彼の顔がハンサムだった事よりも、その表情が屈託なく明るくてかつどこかスットボケていた事だった。
私は、彼に会いたいかどうかわからない。
だって次に彼に会った時は、私達の関係の、終わりの始まり、という気がするから。
今、彼と連絡を取らないこの状態が、彼との繋がりを保つ唯一の手段、という気がしてならない。
私の額に唇を押しあてた後、苦笑したあの笑顔。クシャっと私の頭を撫でた、あの手。
でも、彼と向き合うには、私はあまりにも知らない事が多すぎる。
彼の事も、彼と事件との関係も、そもそも事件の詳細も拓也がくれた情報程度では不十分で、
つまり、私は結局事件の何を見て何を知っているのか、まるっきり分からない。
そして多分彼は、こんな私とは正反対に、事件の事も、多分私の事も(私が彼の事を知っている以上に)知っていて、ひょっとしたら私が何を見たのかも、私以上に知っているかもしれない。
これは、あの夏の日以来この事をずっと考えていた私に、ある危機感を抱かせるようになった。
自分の身は、自分で守れ。
他人に支配されるな。
このままでは、彼と同じ土俵には立てない。
次に彼と会う時は、彼と対峙する時。
じゃあ自分でしっかり、分からない過去を調べればいいのだろうけど。
今は、そこまで過去に浸る気分になれなくなっていた。
そんな気持ちは、あの夏の日に、懐かしい故郷に置いてきたのだと思う。
それに、次に碧さんと会った時に、
その時の私が、過去に飲まれた私だったら・・・と想像すると、なんだか惨めに思えてくる。
彼と会う時の私は「過去」を持った私なのだけど、未来を持って進んでいなくちゃダメなんだ。
だって碧さん、褒めてくれたもの。「ひたすら前を向いている女の子」って。
だって、好きな人の前では、少しでも輝いている自分でいたいじゃない。
ここまで考えて、私は道路の段差も無い所でつまづいて転びそうになる。
あー、もう、やだやだやだ!頭痛がして来たっ。
たった一日しか会っていない人を好きだなんて思う、人生未曾有の事態に対する頭痛もあるけど、
こんな事をグダグダ考えている事事態が、人生未曾有なの!!
私、自分研究にあんまり興味ないの!!
奈緒ご指定の青山のお店は、季節が良ければテラスでお茶、なんて感じのフランス風?ミラネーゼだかシロガネーゼだかとにかく小洒落たヨーロッパ風カフェだったんだけど、
さっむいでしょ、ホントに。
それでも外でお茶しているお姉さまやカップル達の気が知れないわ。
私、お店の中でも寒いのに。木の椅子じゃあお尻が冷えるの、座布団ちょうだい。オチは言えませんが。
でもさ、外でお茶している人達っていつも割と美人とハンサムが多いのは何でかな??
「・・・何を呟いてるの?」
「いえ、別に。お待たせ致しました。お元気?」
「お元気ですわ。」
やってきた店員さんにホットチョコレートを注文。お店のウリらしい。高級チョコそうなのが嬉しいわ。
奈緒の目の前に座る。
可愛いグレーのノースリーブタートルネックを着た奈緒が、にっこりと笑う。
「どう?最近?」
「んー、ぼちぼちですね。」
「へー。どん底、抜け出したんだ?」
「んー、底を打った、とは公言出来かねますし、明らかな回復期に入っているかも分かりません。日本経済と同じですね。」
「・・・なにそれ。就職試験か何か?論述?」
奈緒が呆れたように言った。
ちなみに彼女は、今年の春早々に、とある人材派遣会社の営業職に内定が決まっている。
人材派遣市場の開拓やマッチング?アレンジ?の仕事らしい。
「うん、まあね。今更ながらやってるよ、就活。再開するのが遅すぎたけど。」
「ふーん、何系?」
「それは言えないわ。願掛け中だから、受かったら報告するね。」
「ふーん、落ちたらどうするの?就職決まらなかったら?」
「・・・それも言えないわ。戦争中だから。親負かしたら報告するね。」
段々と声のトーンが下がっていく私を見ながら、彼女は面白そうにニヤッと笑い(もはや、ニコっではない。)言った。
「そう。頑張れ。愚痴とカラオケなら付き合うから。」
「・・・・ども。」
私は思わず、冷めた目で彼女を見ちゃう。
奈緒って昔っから、サバサバというか男っぽいというか、まあ、わりと冷たい所があるのよねー。
いえ、まあ、就職って自分との闘いですけど。
「で?何?なんかビックな話があるんでしょ?」
私が奈緒に話を振った。
「会って話したい事って、何?」
「ああ、それ。」
奈緒はカフェモカを半分ほど空けると、ニッコリと笑った。
「私ね、CMに出る事にしたの。」
・・・えーと・・・?
「・・・はい?」
「CM。コマーシャル。」
「・・・・CM・・・?・・・何の?」
「ティッシュペーパー。」
「(・・・微妙だ・・・)・・・何で?」
「頼まれたの。」
「・・・・誰に?」
「河島、健。」
ここで、私、やっと頭の回路が繋がりました。思考回路、です。シナプスです。
「・・・・えー!!???CMに出るのー!!???」
「言ってるでしょ、さっきから。」
「だって、だって、だって、え、何で??!!!」
「頼まれたからだ、って言ってるでしょ。」
「ななな、何で???!!」
「知らないわよ、そんなの。」
奈緒は済まして残りのカフェモカを飲み始めた。
そんな私の目の前に、ホットチョコレートが置かれる。でも店員さん、私、既にあったまりました!!
CMって、あのCM?テレビとか雑誌とかの、あれ!!???
「河島健って、あの人?この間会った、あの俳優??」
「そうそう、あの人本人、の事務所の人。」
「はあ?え、どうして?ちゃんと説明してよ。」
「するから、ちょっと落ち着きなさいよ。」
奈緒が呆れたように私を見た。
「ほら早くハンカチを出して。鼻血が出ても、あたしのハンカチは貸さないわよ。」
「だから興奮では出ないって言ってんの!!」
この下痢女っ!!
「彼の事務所から私の実家に連絡があったんだって。あの日、私達と会ってからしばらく後、そのCMの相手役の女の子が都合つかなくなっちゃって、代役を捜す事になって、それが、私のイメージにぴったりだったから、とかなんとか。」
自分でも、間抜けな顔をしているんだろうな、とかって思う。
「綾香、すっごい間抜けな顔。」
ほら。
「・・・だって、どうやって奈緒の名前とか、電話番号とか・・・・。」
すると彼女は眉根を寄せて頬杖をついた。
「そこがあたしも、ちょっと引っかかる所なのよねー。ほら、あの日あたし彼からサインを貰ったじゃない?その時名前を書いてもらったでしょ?そこから紐解いていって、なんと同窓会があった事まで辿りついて、佐藤さんに連絡を取ったらしいよ?それで佐藤さんから私の連絡先を聞いたって。」
・・・開いた口が塞がらない・・・。
そんな私の表情を読んで、奈緒が相槌を打つように言った。
「ね?フツー、そこまでする?ってカンジでしょ?」
ああ、でも確かにあの時、「同窓会に来た」とか言ってた気がするわ・・・。
・・・でもそこから佐藤さんのTEL番を調べるまで至るには、つまり会場となったレストランでも捜し当てて、予約を取った幹事の電話番号を手に入れた、って事かしら?
・・・すっごい執念。いえ、この場合、情報網、と言うべきなの?これがギョーカイの力?
でも、そこに個人の電話番号を教えちゃうなんて、個人情報管理はどこに行ったの?あ、これもギョーカイの力?
でも、それぐらいの事をさせちゃうくらい、奈緒がイメージに会っていた、という事なのね。
私は内心、納得をしてしまった。
確かに。この子は美少女だもの。それも独特の雰囲気を持った美少女。
パッツンの前髪とストレートの長い黒髪が似合う、日本人形的美少女。黙っていれば毒舌もバレず。
大きな黒目が、神秘的で謎めいている、と言えない事も無い。黙っていれば、だけれど。
成程ねー。確かに人の印象に残るかも。
CMねー。ははあ。
私はこだわりのホットチョコレートを飲む事も忘れて、目の前の奈緒をマジマジと眺めてしまった。