親友
拓也の腕から逃れると、私はもう一度お手洗いに戻った。
だって、こんな目じゃ席には戻れない。お酒のせいで赤くなりました、と言い訳するにも限度がある。
でも、トイレの鏡を見る気にはなれず、だって見たら、さっきの拓也との事を生々しく思い出しそうで嫌で、
ああ、私は何処までも目を反らし続けたいんだな、とか思ってしまう。
でも、こんなに辛いのは今だけよね?
私は、前に進みたいの。
5分もいたのかいないのか、しばらくたって扉を開けると、拓也はそこにはいなかった。
ホッとして歩きだしたら、今度は向こうから塚本さんがやってきた。
私を見ると、心配そうに聞いてくる。
「綾ちゃん。大丈夫?」
私、目は赤くなってないよね?おかしな顔をしていないよね?あ、ここ、さっき拓也とキスした場所だ。
色々な意味で、ドキドキしてくる。
「遅いから心配したんだけど?具合悪くない?」
俯き加減の私の顔を覗き込むようにして、彼は言った。
私は努めて、普段以上に冷静な喋り方を心がけた。
「大丈夫です。すみません、ご心配かけて。ちょっと酔い覚ましに、休んでいました。」
「本当?無理すんなよ。もうそろそろ、お開きにしような。」
目の前にいる彼は、私の背中をポン、ポン、と軽く叩いた。
まるで、必要以上に大きな空間の中、触れる事なく片手で彼に抱かれているような感覚。
「大丈夫です、ほんと。塚本さんは、お酒飲んでも、顔色変わりませんねえ。」
「ほんと?でも俺、今から吐きに来たんだ。」
「・・・・え?」
間抜けな顔をしてしまった。
だって、理解するのに時間を要してしまったもの。
え?この人、今笑っているけど?のんびり私と話しているけど?
でも今確かに、「これから吐く」って言ったわよね??
「あ、俺、自由自在に吐けるから。吐いたら、いくらでも飲めるんだ。」
ものすごぉく、屈託なく笑う彼。
軽快に男性トイレへと向かう彼を見届けながら、私は開いた口が塞がらなかった。
・・・人には色んな特技があるらしい・・・。
席に戻ると、3人はまったりと話をしていた。
拓也は、あんな事なんてなかったかのように、とても寛いでいるようにすら見える。
一方の藤田さんは、ここに着いた時からなんだか姿勢すら変わっていないように見える。
そして奈緒は、ニコニコとかわいらしく座っていて、まだまだ猫を被れているように見える。
「藤田さんと塚本さんはバスケ繋がりなんすか?」
「いや。あまり言いたくないけど、英語演劇サークルで一緒だった。」
「えー??演劇ですか?」
「俺もアイツも、無理やり入れられたクチで。」
「ああ。二人ともカッコいいものね。」
「でも先輩、制作だったじゃん。」
なんとここで塚本さん登場。早っ。もう吐いてきたの??
・・・本当に自由自在なんだ。
「部長をやらされそうだったからだ。」
「ふーん。みどりちゃんはともかく、藤田さんはイメージじゃないなあ。ってかみどりちゃん、大概忙しい大学生活を送っていたんだね。」
「あとテニスサークルもやってた。新歓の時と夏合宿とクリパだけ。」
「なんだそれ!?3つも掛け持ちしてたの??ウゼー!俺だったら耐えらんねー!」
「ヨッシーかったるそうだもんな。」
話を聞きながら何となく座っていたら、奈緒にくるっと後ろを向かされた。
彼女も後ろを向いて、つまり私達は男性陣から背を向けている体勢。
彼女は前かがみになって、私もつられて前かがみになって、お互い顔を近づけた所で、奈緒は私にギリギリ聞こえる程度の声で囁いてきた。
「吉川君に襲われた?」
「なっ・・・・!!」
思わず赤くなってガバッと体を起こしてしまう。
奈緒は少しだけ、笑って言った。
「ビンゴ。バレバレ。二人とも。とくに綾香。」
え?それって、みんなにバレバレだって事?違うよね?奈緒にだけだよね?
なんて恐ろしくって恥ずかしすぎて聞けないし、確認できないよぉぉ・・・。
「で、彼に勝ち目はあるの?」
彼女は隣の席の人達を見るともなしに見ながら、私に言う。
「・・・誰に対する勝ち目よ?」
「王子塚本、と答えたいけど、この場合、あんたね。」
「・・・・・・。」
「敗者復活、ならずか。」
「・・・なんで奈緒は、私と拓也をくっつけたい訳?」
私はズバリと聞く事にした。
だって、昼間は偶然会った拓也を引き留めたし、夜は一度帰った拓也を呼びもどすし、そして今度は「彼に勝ち目はあるの?」って聞いてくるし。
それってどう考えても、私と拓也のヨリを戻させようとしているとしか思えないでしょ。
・・・私から別れるって決めた事、知ってるくせに。
彼の女癖の悪さも、多分知っているくせに。
「・・・言ったじゃん、吉川君、私と似てるって。」
「・・・それがどうして、私とくっつける理由に?」
確かに人前ではブリっこ、裏では我儘、毒舌、って、言われてみれば似ているけど。
「だって、自分そっくりの性格の人間が片思いしているの、見るの辛いじゃん。」
そう言った奈緒は、何故かどっか、不満そうな言い方だった。
私はその様子に意外さを感じた。
「高校ん時からモロバレでさ、綾香は気付いているんだかなんだか軽くあしらっちゃって、同じ大学に行ったら彼が見事、寄り切り押し出しちゃって。私、感心したんだよ、よくやった、吉川って。」
拓也とは高校の時から軽口を叩く仲ではあったし、冗談のように「付き合おうぜ」は何回か言われていた。それを奈緒はもちろん知っている。
拓也が本気かどうかなんて深く考えた事はなかったし(その間も彼は色んな女の子達から引く手あまたで、その内の何人かとはオツキアイをしていたし)、
それを奈緒が、こんなに真面目に考えているとは知らなかった。
だって奈緒も一緒に、笑っていたじゃない。
「まあ、続いた方だよね、3年って。彼の中でもこの記録が破られる事はないでしょうね。」
何かを悟っているかのように、弱冠遠い目をして呟く彼女。
・・・ひょっとして、奈緒は拓也の事が好きだったのかな?
初めての考えが頭をよぎった。
えー?でもそれはないでしょう、と本能的に全否定をする。
だって、そんな素振りも雰囲気も全然なかったよ?
もしそうだとしたら、全く気付かないなんて親友としてあり得なくない?
ないないないない。
あ、でも、私と奈緒の距離がまた縮まったのって、確か拓也との別れ話を伝えた後・・・。
ないないないない!