再会
「・・・君が俺を海に誘ってくれた理由って、もしかして、これ?」
海辺の近くにある、比較的大きな和風レストラン。
お座敷に座った私達に差し出されたメニューは、どのページも「これでもかっ」ってくらいの牡蠣づくし。
お値段は、生牡蠣一個で最低300円から。
そう、ここは東京でいう所の「オイスターバー」和風本格田舎版?
「ここ、すっごく美味しいって評判なんですよぉ。全国からお客さんが食べにやってくるですって。」
「・・・でも夏に牡蠣って・・・しかも生・・・?」
「養殖の特別技術なんです。そこが売りなんです。お中元にも出来るんです。是非とも塚本さんにも味わって頂きたくて(はあと)」
奈緒ブリっこ。
多分、彼女の本性を知らない初対面の男性なら、ヤラレる率は高いと思うけど。
「・・・・それは、どうも・・・・。」
塚本さんの笑顔はどっか張り付いた感じがするのは、きっと気のせいではないわね。
だってこのお店、高級すぎて、私一度も入った事がない!!
それにここは、相手の奢り!?
「奈緒ー・・・流石にちょっと悪いよぅ・・・。」
私は奈緒に耳打ちした。
だって実際目にしたメニューは、一般庶民や学生から見れば、ヤバい程高いんだってば。
これ、お酒も入ったら、一人一万いっちゃうんじゃないの??
奈緒は私の首に腕をまわすとグイっと抱き寄せ、私の耳に息がかかるどころか唇が触れるんじゃないかってくらいの超至近距離で囁いた。
「相手は社会人エリート商社の独身男っ。美女が二人も一日付き合ってあげたんだから安いくらいよっ。」
ああ、拓也と付き合っている時もあの人、奈緒がやってるみたいに私をグッと引き寄せて、耳元で内緒話をするのが好きだったな。時々、唇が耳に触れるんだ。そこが弱いのを知っているから、半分私の反応を楽しんでいたんだ、あれは。
と、割と未練はないはずなのに思い出す。
別れてまだ、日が浅いからなのかな?未練と思い出は別のモノなのかもしれない。
「塚本さん、綺麗どころって誰ですかー?女の人?彼女とか?」
奈緒は私を解放すると、彼を少しからかうように聞いてきた。
彼女。
そういえば、そうよね。こんなハンサム、彼女の一人や二人や三人くらいはいそうだもの。その内の誰かを連れて来ていてもおかしくなさそうだわ。
「んー。残念ながら彼女ではないけど、綺麗な人だよー。って言ったら怒られるだろうけどさ。」
塚本さんも面白そうにくすくす笑って答える。
「私も実はもう一人呼んでいるんです。いいですか?」
奈緒も面白そうにニッコリと微笑む。
途端に塚本さんの笑顔が、再び張り付いた。
「え・・・あ・・・もう一人?」
「はい、もう一人。一人だけですー。」
「奈緒、誰呼んだの?」
「お楽しみー。」
うっわ、この子悪魔。
「あ、うん。分かった。あと一人くらいならなんとかなりそう・・・奈緒ちゃんの友達なら、もちろん歓迎だし・・・うん・・・。・・・早く来ねーかな、綺麗どころ・・・。」
最後の方は、ほぼ呟き。
ああ、やっぱり彼が気の毒になってきた・・・私、幾らか払った方がいいわよね?
その時、
「碧」
と声がした。
お座敷の入り口に立っている人を見て、私達は本日何度目かのビックリをした。
私達の向かいで、塚本さんは少しホッとしたような明るい声を出した。
「せんぱーい!」
そこにいたのは、昨日、同窓会の一次会で私達が目撃した人物、「藤田ゆうすけ」というあの人だった。
短髪の長身、切れ長の瞳で大人っぽい美形、私達が(主に奈緒と佐藤さんと拓也が)「ホストっぽい」と称したあの人が、今日もスーツを着て登場していた。
本日のスーツはグレーに青のネクタイ。
「よかったー。俺、この子達に有り金全部食われちゃうかと思った。先輩が福の神に見える。」
「?」
藤田さんは少し怪訝そうな顔をすると、塚本さんに言った。
「座敷でいいのか?奥に個室があるぞ?」
「え?それってやっぱ別料金?豪華なの?」
「値段は関係ないだろ。ここよりゆっくりできるぞ。」
「やっぱ神だ。言う事が違う。」
「移るのか移らないのか、どっちだよ?」
「いいよー。庶民はここで充分。」
すると藤田さんは、後ろに控えていた店員さん(私達を案内してくれた人とはレベルが明らかに違う、まるで旅館の女将の様な人。きっと責任者)に軽く会釈をしてから、お座敷に上がってきた。
店員さんはその入り口で深々とお辞儀をする。丁寧過ぎる。
藤田さんがここの常連さんだ、ってことが一目で分かる。
「・・・あの・・・綺麗どころって・・・。」
奈緒が間の抜けた声で聞いた。
塚本さんは爽やかに笑う。
「うん。この人。俺の大学の先輩。3つ上なんで、今年28だよね?」
「来年。」
まさか。こんな所で繋がるなんて、世間はなんて狭いんでしょう?
私はビックリしてしまった。
じゃあ、この人も東都大学?うわー、頭いいなー。エリートだなー。そう言えば、議員秘書してるって佐藤さんが言ってなかったっけ?お父さんが地元の代議士で。
ああ、だから高級店の常連なんだ。成程なあ。
エライお家なんだなあ。
・・・・議員秘書って、何やってる人?
「美人でしょ?」
塚本さんが何故か得意そうに笑い、隣で藤田さんが嫌そうに片眉を吊り上げた。
「お前、何言ってんだよ。」
「だって美人じゃん。」
「お前に言われたかねーよ。俺より女顔のくせに。」
「そ?これがなかなか、足を引っ張る場面と役立つ瞬間が半々でさ?」
「何言ってるかわかんねーよ。」
この二人、よっぽど仲がいいらしい。同じバスケ部だったのかしら?
いずれにしても、大学卒業後もずっとお付き合いが続いているって事よね?
「こんにちは、藤田祐介と言います。こいつがご迷惑をおかけしてませんでしたか?これ、名刺です。」
藤田さんは、ニッコリ笑うと私達に名刺を差し出した。
すごい。なんて大人の雰囲気漂う人なのかしら。洗練されているわ。
塚本さんは「美人」だと称したけど、確かに綺麗だけど男らしい顔に見えた。
それに、どう見ても今年28歳には見えない(あ、来年?)。若いよ。
日常において接触したことのない人種と同席する事となり、私はとにかく感心しきりで呆けてしまった。
「あの・・・昨日、市内のイタリアンにいましたよね?私達、同窓会でお見かけしました。」
奈緒が名刺を受取りながら言った。
「・・ああ、そうだったの?」
藤田さんは、ちょっと驚いたように私達を見た。
そりゃそうよね、普通、お店の中で見かけただけの人の顔を覚えていたりはしないもの。
でも貴方はハンサムで有名な人らしいので、実は私達、隠れて眺めていたんですよ。
とは、言えない。流石の奈緒も。
「ここに帰って来ると、たまにあそこで昼飯食べるんです。美味しいですよね。」
大人で男前の笑顔を見せる藤田さん。
その時、奈緒が私の脇腹を肘で突っついた。
何?と見ると、言え、言え、アレを言え、と、目と口パクで訴えてくる。・・・ああ、アレ、ね。
そうよね、私もなんとなく気に掛っていたし、これはいいタイミングだわ。
・・・でもねえ・・・。
私は彼の登場以来、初めて口を開いた。
「えっと、・・・何と言えばいいか、お久しぶりです。私・・・その・・10年くらい前に、藤田さんに、道端で、・・・途方に暮れている時に、・・・自転車のパンクを助けてもらった者なのですが・・・・。」
すると彼は切れ長の瞳を見開いて、マジマジと私を見た。
あ?ヤバい?忘れられてる?私、恥ずかしいかも・・・。
「あの・・・その時藤田さん、バイク乗ってて・・・・。」
やめて。もうやめてぇぇ。
「・・・・ああ?あの時の?・・・そう言えばそうだ。覚えていたんですか。」
ふう。良かったぁ。「覚えていたんですか」って、私の台詞ですよ、覚えて下さっていてありがとうございます、ってホントに覚えています?
「あの時も可愛い女の子だったけど、綺麗になりましたね。」
ニッコリ大人の余裕ですけど、それ、覚えてなくても言えますよね?
じゃあ、あの時の私の自転車の色が何色か言えますか?
・・・って、私も言えないじゃん。
一人突っ込み。十年前の出会いや記憶なんてこんなものよね。
ましてや自転車パンクのお子様なんてどーでもいいじゃん?
まあ、でもこれで義理を果たしたって事で、うんすこしすっきりしたわ。
「じゃ、再会を祝して乾杯する?」
塚本さんの明るい声で、まずは最初の乾杯です。
再会を祝して、出会いを祝して、
こんな不思議な一日もあるものなのね。まさかこんなメンツで乾杯をするとは思わなかったよ・・・。
私はしみじみと感心してしまった。
・・・本当に祝せるものなのかは、後になってみないと分からないけど。