芸能人
流石の奈緒も、目と口がポカン・・・と開いている。
え、ありえないでしょ?ありえないでしょ?ありえないでしょ?・・・ありえるの?
・・・そっか、そう言えば大学の女友達も、やたらと可愛い子は何人か、有名人と知り合いだとか本人が読モだとかなんとか。
・・・いやでもあたし、フツーだし!!
ああ、目当ては奈緒か!!??
「楽しそうだね。よく海には来るの?」
彼は切れ長の瞳ですこし陽に焼けた長身の短髪で、にこっと笑ったその笑顔はおよそ30歳前後の男性とは思えない若々ししさで、
でも馴れていそうなその笑顔と、テレビ通りの優しそうな雰囲気なのに眼はなんだか無表情みたいなので、
ああ、芸能人っていうのはこういうものなのかなあ、と思ってしまった。
「え・・・あ、いえ、・・・同窓会があって・・・。」
奈緒はあんなにサインサインって騒いでいたくせに、まるで毒気が抜かれた様にボーっと答えている。
「そうなんだ、楽しそうだね。ここも景色が綺麗で、いいとこだよね。」
にこにこにこ。
なんと、まあ。ゲーノージンと会話しちゃってる?私達。
「・・・ここには、なんかのロケで?」
その会話を続けるのは、奈緒。
「うん。近くでロケやっているんだけど、海に来たのはプライベート。ちょっと時間が空いちゃって。」
ね、と言って後ろのスタッフさん(?)達を振り返る。
立ち話をしていた彼らも、そうなの、夕方までの時間潰しなんだよ、とかなんとか。
「君達は?学生さん?」
彼がごく自然な笑顔で聞いてきた時、
ジャリ、と音がして、振り返るといつの間にやら塚本さんが私の隣に立っていた。
極上スマイルを河島健に向けて言う。
「僕の連れなんですよ。」
河島健はビックリしたような表情で塚本さんを見ると、
「うわ、かっこいいね、君。モデルかなんか?」
「いえ。全くの一般人です。」
塚本さんはニッコリと答える。
「え、そうなんだ。バイトとかもしないの?凄く人気でると思うよ?ハンサムだねえ。」
「カタい職場に勤めているもんで。」
そうなんだー。もったいないねえ。と彼を眺めている芸能人。
その後ろで、スタッフさん達も塚本さんを見つめて少しざわついている。
その内の一人が、40歳前くらいの、よくわかんないけど「ギョーカイの人」って感じの人が、塚本さんに声をかけてきた。
「ねえ、バイトしない?色々あるんだ、エキストラじゃなくっても・・・」
「すいません。バイトって会社の許可を取らないとダメなんですよ。基本的にムリだと思います。」
「そうなんだー。何系の会社に勤めているの?」
「いえ、お話出来る様な所じゃないです。」
「ふーん。ぶっちゃけ給料、幾らくらい?」
「全然、安いです。」
「じゃあ、こっちも経験してみたら?検討の価値、あるかもよー?」
この人たちって、割と無遠慮に気軽に聞いてくるんだなあ。
ああでもこうやって、日々の感性を研ぎ澄ませながら、材料やネタやきっかけになるものを見落とさずに過ごす事が、彼らの仕事の一部なのかもしれない。
そうやって、常に視聴者の興味を引き付けるものを作り続ける仕事って、物凄く大変なんだろうなあ。
って呑気に考えを巡らせていた。
「いいね、ハンサム君。可愛い女の子を二人も連れていて。」
眼を細める河島健。
「でしょ?」
にっこり笑う塚本さん。
その時塚本さんのケータイが鳴り、彼が「あ、すみません。」と彼らに頭を下げると少し離れて場所に移動しながら電話を取った。
相変わらず忙しそうな人だなあ、商社って忙しいのかな?と思いながら、私は彼が、電話が鳴った瞬間、ごくごく小さい声で
「・・・っしゃ。」
と呟いた声を思い出した。そう、ヨッシャ、って男の子が喜ぶ時の、あの掛け声に似ている。
まるで、電話が来るのを待っていたみたい。
塚本さんがいなくなると、奈緒が鞄からいつの間にやら取りだした手帳の白紙ページを、河島健に突き出した。
「サイン、お願いできますか?」
あ、我に返ったのね、奈緒。
「はい。いいよ。」
彼は奈緒から出されたボールペンを使い、サラサラサラーっと。
何ちゃん?奈緒です。どんな字?
「どうぞ。」
二人して覗きこんだそれは。
・・・うーん、どうして有名人のサインって、読みづらいのかな?
顔を上げると、河島健と目が合った。
無表情の、目。
・・・これは、「君はサインをいらないの?」って目なんだろうか・・・・?
私は少したじろいでしまった。
この場合、申し込まないのは大変失礼にあたるのかしら?えっと、でもあたし特に・・・。
あ、負けそう・・・。
その時、
「二人ともっ。この後、飲み会OK?」
塚本さんが後ろから、私達の肩を抱く感じで乗っかってきた。
手には携帯電話が握りしめられている。え?仕事の話じゃなかったの?
「奢ってくれるなら、もちろんオッケーです。」
奈緒が即座に答えて、ちょっとちょっとちょっと!!
「じゃ、失礼します。」
彼はニコニコと、彼らに頭を下げた。
スタッフさん達も、じゃーねー、と、河島健も眼を細めて答える。
「じゃあね。奈緒ちゃんと、色白のカワイコちゃん。」
・・・えっとそれは、私のことですか?
芸能人、それも人気の若い俳優さんに「カワイコちゃん」と言われてしまったわ。この思い出、人生の記念に胸に忘れず取っておきましょう。
「せっかく名前を教えてもらえると思ったのに。」
河島健はわざとらしく口を尖らせ、茶目っ気たっぷりに言った。
それはつまり、やっぱり私もサインをねだるべきだったと?
と思った時と、
私の肩を抱く塚本さんの手に一瞬グッと力がこもった、
その瞬間が、
一緒だった。
何?と思ってビックリして固まった私の頭上で、
「すいませーん。」
とニッコリ塚本さんが笑って、そしてバイバーイと再度皆が手を振った。
何だったのかな?今のは。
「サイッコーのキレーどころか来るぞー。どこで飲みたいー?」
塚本さんはウキウキしたように喋っているんだけど、どっかウソくさい?気がする。