女友達
奈緒は、今から出るから、と言ってきた。
情けない声で謝られると、しょうがないな、と思いつつもどっか嬉しくなっちゃう。
あの子はいつもどっかブッチぎってて、勢いがあって、いっつも私をやり込めちゃうんだけど、こういう頼りない所も恥ずかしがらずに見せてくれちゃうから、好き。
私は、色々な所でプライドが邪魔するタイプだもの。
そんな私を、奈緒も「綾香のいい所なんだから、好き」って言ってくれるんだけど、ね。
「ごめんね、綾香。私の分まで王子と楽しめた?海辺の青春して、元気になった?」
「・・・駅のトイレで、何言ってるの?」
「もう、ここ汚くて。頭内逃避しないとやってられない。」
「・・・妄想だから、それ。早く全身逃避して来なさい。」
奈緒とはお正月休み以来の再会だった。メールや携帯ではやり取りをしていたんだけど、お互いの大学の付き合いが忙しくって、会うのは年に2,3回。
初めは、「こうやって、離れていっちゃうのかな?」と不安になったし、事実、久しぶりに他の友人を交えて遊んでいても、話題は自分たちの大学話ばっかりで、共通点が見いだせず盛り上がらない事もしばしばあった。
でも、それが今は、いつのまにか昔の様な会話を楽しんでいる。
年明けくらいからの私のどん底を、奈緒が察し始めてから。例えば、拓也の事も。
今では、多分彼女とはこうやって一生友達なんだろうなあ、きっとやっぱり、って思うの。
たとえ2年、3年。5年連絡を取る機会がなくっても。
ずっと親友をやっていける。
常に繋がっては無くとも、確かな味方が私には、この世の中に存在する。
それはまるで、肉親にも匹敵するもの。
ああ、私って、本当は凄く運がいい。
「奈緒ちゃんは?」
「あとちょっと・・・。」
「ふーん。」
彼はおもむろに砂浜に降りはじめた。小さな砂浜なのですぐ海に触れる。
私達は普通の恰好なので、濡れる訳にはいかない。どっかのドラマや少女マンガの様にカップルが海の水を掛け合うなんて絶対ごめんよ恥ずかしすぎる。
しばらく海を眺めていた彼は、脇にある岩によっと登り始めた。
・・・どうしよう。私、マジでする事ないんだけど。
っていうか、この人と二人きりの空気、最早色んな意味で耐えるのキツくなってきてるわ、奈緒早く来て。
近くに、お土産屋さんが何軒か軒を連ねていた。今の私にはシェルターに見える。そこに入ってよう。
レゲエを大音量でガンガンかけている、ちょっと派手めのお店やさんに入ろうと歩きはじめたら、丁度そこから何人かの人達が出てきた。
その集団の中にいる背の高い、バランスのとれた男性がいて、自然と目がいってしまう。だってあの人目立つんだもん。
その顔を見て、あ、と思った。
河島、健だ。
なんとまあ、本日2度目だわ。なんでここにいるんだろう?ここでもロケをやるのかな?
それにしてはリラックスした感じ。皆で休憩時間なのかな?
その集団をボーっと眺める。田舎にはそぐわない華やかな雰囲気。
「いえーい、お待たせっ。」
道の向こう側から、奈緒がやっとやってきた。
そして視線は私を通り越して、向こうの集団へと注がれた。
「うおっ。河島健だっ。また会ったっ!」
正確には、また「見た」ね。会っちゃいないわよ、向こうは認識していないんだから。
「何のロケなんだろうね?やっぱいいなあ、河島健。大人の魅力っていうか色気が、テレビよりもバンバン出てるね。」
「うーん・・・そうかな?」
テレビでの彼は、どっちかと言うとほんわかした雰囲気だったような気がするものね、確かに。
「ねー、サイン貰いに行こうよー。写真一緒に取ろうよー。」
奈緒が少し興奮したように私に言った。
私は思わず眉をひそめる。
「えー、やだよー。」
「えー、何でー。いいじゃんー。撮影中じゃないよ、今ー。」
「だって、そんな、仕事やプライベート邪魔する程ファンじゃないもん。なのに、偶然会ったからとりあえずサインでも、って、なんか失礼じゃん。相手に、申し訳ないわ。」
すると奈緒は、口をあんぐりと開けた。
「・・・何?」
「・・・どこまで真面目なの、綾香は。」
「べ、べっつに普通よ、私は。」
「じゃあ、行こうよー。ね?」
「いやだって言ってるでしょっ。一人で行ってきなよ。」
しつこい奈緒に、これまたしつこく抵抗する私。いやだってば。
彼女はムッとすると、私を引っ張るべく掴んでいたその手を、私の手を握ったまま胸まで上げて、
「・・・あ、あたしトイレ出た時、手を洗うの忘れた。」
と私の眼を見つめて言った。
・・・・な、なんですってえ??
「きゃーっ!!バカな事言わないでよっ信じらんないっ!!!!」
思わず握られてない方の手まで振り回しちゃって、私は大声で叫んでしまった。
イヤっきったないっふざけないでよっ冗談でしょっ!!
すると彼女は嬉しそーに、これはどっから見てもニヤーって笑顔で(いつもの笑顔は美少女スマイルだからね)
「ふふん。う・そ。」
・・・・な・・・。
「ほんっとボッシーなんだから。言いだすと聞かない奴め。」
「ボッシー?」
ホッシー?ってか、ありえないでしょ、さっきの冗談っ。
「そこが可愛いくて好きな所ではあるんだけどね。」
なにその男目線の台詞っ。女に言われても嬉しくないわよっ危ないでしょっ。
「下痢女が気取って何言ってんのっ。色んな意味で気味悪いからっ。」
「ほーお?そんな事言うんなら、ほーらこの手で触ってやるう。」
「やっ、ちょっとっ。手、洗ったんでしょ?!そうなんでしょ?!ねえ??」
それを確認しない事には近づけないじゃないっ常識を持ってよー。
「君達、地元のコ?」
急に、声をかけられた。男の人の声。
二人して動きが止まり、後ろを振り返った。
そして・・・唖然!!
そこには、先程までの話題の人物、河島健が立っていた!
私達は、あまりの出来事に呆然となる。
か、河島健が、ゲーノージンが、あっちから声をかけてきた!!
え、えええええ???