現場
ファミレスを出た私達は、もう一度電車に乗って数駅先の目的地に向かった。
結局、街中で私を楽しませてくれるって塚本さんは言ったのに、
降りた街ではただ拓也に会い、ただ鼻血を出し、ただファミレスに行っただけ。
拓也と、奈緒、という・・・友達が来て。
え?「邪魔者」じゃないってば。・・・え?え?
なんか、がっかりしている私がいる?
あんなにムカつく程突っかかっていたのは、結局、ハンサムにオトされるのが嫌だったから?
え?私、オチてるの?
ジッと塚本さんを見る。
結局、私もその他大勢の女の子達と一緒だったみたい。イケメンのタラシくんにヤラレ気味なんだわ。
でも彼は、顔が抜群に良いのみならず、性格が穏やかそうで、少し大人っぽくて、飄々としているけど芯が優しそうで、でもチョッピリ腹黒そうで、
ああ、だからモテルのね、きっと。
だから、女の子の扱いに馴れているのね、きっと。
私はそれ以上先を考えないようにした。
それは、拓也と奈緒が「怪しい塚本」と言っている以上に私には重い、
彼が「事件の関係者の知り合い」と言う、告白の事。
聞いた瞬間は正直背筋が凍る思いがしたけど、そこから先は、あえて考えない事にした。
考えない、考えない。
仮に彼が何かを知っていたとしても、考えない。
今考えてもしょうがない。私は何にもしていない。何一つ、関わっていない。
だから、考える必要は、ない。
思い煩う必要は、ない。
そうやって、今までコレを頭から押しやって、生きてきた。
それに目の前にいる彼は、やっぱりどうしても悪人には見えなくて、
仮に彼がこれから私に関わってくる人だとしても、私を追い詰める人には思えなかった。
訪れた現場は、遠い記憶とはすっかりかけ離れたものだった。
実際、色々な建物などが取り壊されて、塗り替えられて、レイアウトしなおされて、だから、卒業生でもこの景色から自分たちの学校生活を懐かしむ、なんて無理なんじゃないかしら、と思った。
そして、彼はこの変わり果てた現場を見て、一体何を知りたいのだろう、と思った。
だって、ここから得られる情報は何もない。少なくとも私にはそう見える。
それでも、ここで15年前に人が殺されたかと思うと、嫌な吐き気と雨の匂いがしてきた。
去年大往生をした、飼い犬のダンの声が聞こえた。
結局その場にいたのは5分ほど。
私達3人は誰も口を利かなかった。
学校跡地をウロウロしたのだって、30分もあれば終わってしまった。
だって私達は卒業生でもなければ、同級生でもない。思い出話に花すら咲かせられない、こんな所では。
「よし。終了。終わりにしよ。ありがとね、付き合ってくれて。」
前方の塚本さんがこちらを振り返り、綺麗な瞳でニッコリと笑った。
その長身を私達が見上げるカッコとなる。
「それじゃこれからがどっちかって言うと本命。周辺、案内してもらいたいなー。
どっか面白いとこ、ない?」
俺、明日帰んなきゃいけないから遊べるの今日が最後なんだよねー、いいとこないー?
そう言ってパンツに両手を突っ込み前方を見上げて屈託なく笑う彼は、ハンサムな全身に縁取りがされているようでやっぱり嫌味だわ。
「じゃあ、海なんてどうですか?すぐ近くに、いいところあるんですよ?」
奈緒がニッコリ笑い、私はビックリする。
「ええ?私、水着なんて持ってきてないよ?」
「いらないよー。流石に今からは入らないでしょー。お散歩よ。面白いじゃない、あの辺り。せっかくまだ明るいんだから、ね。」
「お、海。いいねー。行ってみようぜ。」
肩をすくめて、くくっと笑う彼。あ、楽しそう。
「でもさ、そこって日陰ないよね?ちょっと先に休憩しないと。綾ちゃんが鼻血だすよ。」
はっと気がついたように塚本さんが言う。
私は乙女な気持ちもふっとんで、鼻血ネタに関しちゃその対応に年季が入っているので、
もはや恥ずかしさよりも疲れが先に出てしまうの。
「・・・それ、本気?」
「本気だよ。女の子なら、出血なんてなるべく控えないと。大変でしょ、色々。」
「・・・それ、下ネタ?」
「え?違うよ。貧血の事だよ。多いじゃん、女の子に鉄分不足。」
キョトンとして私を見下ろす。
「何だと思ったの?君。」
・・・・あ、ああ、恥ずかしい・・・また的外れな攻撃を仕掛けてしまった・・・顔が上げられない。
私は思わず縮こまりたくなってしまった。
それでもそれはプライドが許さず、そう・・・と上目遣いで彼を見上げると、
・・・あ、え?目が笑ってるうう??
や、や、やったわねえ!
また、あたしをからかったわねえ!!
そそそういうの、やめてほしいんだけどっ。
「ほら、どうしたの、落ち着いて。とりあえず駅目指して日陰を捜そう?2度ある事は3度あるって言うし。」
塚本さんは面白そうにニヤニヤと笑いながら、私の背中を軽く押して歩くのを促す。
「え?綾香、また出し・・」
「奈緒のせい!!」
「ええー!?あたしのせい??」
私は振り返って奈緒を大きく指さし、奈緒は思いっきりのけぞった。
あったりまえでしょっ!!あんたのせいで、塚本さんの中には「鼻血女」として私の記憶が残るのよっ!!
たった一日の出会い、数年後にはへのへのもへじに赤い鼻血を垂れた女の顔、ぐらいの記憶になるのよっ!
消えた方がマシなのよぅぅぅ!
そして私達は海に向かった。
その電車の中で、ちょっとウキウキした雰囲気の中で、
奈緒が急に、真面目な口調で彼に聞いた。
「塚本さん。どうして今頃知りたくなったのですか?15年前の事件の事。」
それは今まで私の頭の中にもあったのだけれど、あえて無視をしていた事だった。
核心に触れたくない気持ちがあったから。
「んー、それはさ、まあ色々とあって。」
それをのらり、とかわす彼。
「あたし達ここまで付き合ったのに、それでも教えてくれないんですか?」
問い詰める奈緒。
「怒ってる?ごめんね、奢るから。」
優しく笑う彼。
「じゃあ、なんで一人で行かなかったんですか?」
奈緒は怒っている様子を出さず、純粋に質問をしているように言った。
「だって私達、何の役にもたっていないですよ?」
彼は明るい笑顔で、本当、この笑顔こそ陽の光の下にある正しい笑顔の見本、というような笑顔で、実に模範的に屈託なく笑った。
「だって、一人でウロウロするより、女の子と一緒の方が楽しいじゃない。」
それは彼の「モテ男」の雰囲気とぴったり合った王道の答えだったのだけれど、
その一瞬、答える一瞬前に、彼が深い瞳の色で私をかすめるように見た、その視線と私の視線が、
確実に絡み合った。
直後、視線を外して屈託なく笑う彼。顔色を変えずに、その台詞に苦笑して見せる私。
でも、絡み合った視線はそのまま心の中で解かれる事はなく、それは多分彼もそう。
お互いに確認してしまった。
彼は私を知っている。
私は彼が、私を知っている事を気付いている。
想像していたよりも開き直った自分がいて、心の中で考える。
どうやら彼の記憶の中で、私がへのへのもへじの鼻血女として残る事はなさそうだ。