同窓会
大殺界っていうやつは3年続くらしいけど、
それなら、あたしはそのど真ん中にいるんだと思う。
大学3年の時に決まった就職先は、先日、流行に乗るかのごとく『倒産』をしてしまった。
他の就職を捜すにも、出遅れた感がアリアリだし。
やりたい事があるわけでもないし。
派遣か、契約か、正社員か、就職浪人か、それとも院か。
それとも、ほら、公務員でも目指すべく、今から勉強しちゃう?
それとも資格でもとっちゃう?って、何を?
なんて思ってる間に、3年付き合った彼氏に別れを告げられた。
「なんかさー。俺達、もう、終わってない?」
ムッカー。何、そのかったるそうな態度、っていうか、「共同責任です」みたいな言い方はっ。
「あんたが、後輩に次から次へと手を出してるから、終わってるんでしょっ!」
と、就職できなくても苛つかなかったのに、拓也に言われてかなりムカつき、テーブルをバンっと叩いて立ちあがってしまった。
「うわっ。いきなり怒んなよ、こっえーなー。」
「人に喧嘩売っといて、何言ってんの!」
「え?喧嘩したいの?俺と?」
人懐っこそうなくりっとした瞳をすこし丸くして、拓也があたしを見る。
その顔をみていると、あたしは急に、怒る気が失せてきた。
高校のクラスメイトだった拓也と同じ大学に入学して、お互い上京。
人懐っこそうでかったるそうで、馴れ馴れしいのにクールな拓也は高校時代も結構モテていた。
そんな彼と上京後、友達づきあいが馴れあって、いつの間にやら部屋に上がり込まれ、
いつの間にやらそういう事になって、いつの間にやら住みつかれ。
いつのまにやらコイツのペース。
そして先程の「俺達終わった?」宣言。
あたしに聞くなっつーの!
諦めの様な感情が一気に出来てきて、あたしはガックリ溜息をついた。
「もういい。わかった。あなたとは話が出来ない。出てって。」
「・・・・。」
テーブルに頬杖をついてあたしを見ていた拓也は、そのビックリ眼をそのまんま持続させていた。
いつ始まったかも分からないのに、終わった瞬間だけはハッキリしている。
「って、へー。それでも同窓会来るんだから、偉いよね。普通さ、気まずくってパスしない?」
イタリアンレストランをほぼ貸し切っての高校の同窓会。
割と連絡を取り合っている親友の奈緒の隣の席で、私は鼻息を荒くした。
「あんな奴のせいで、人生振り回されるのはコリゴリ。なんでこっちが遠慮しなくちゃいけないの?」
「・・・と、人生熱く語っている割には、就職、やる気なさそうですが?」
「・・・なんかねー、果てない夢を追いかけれないなら、もう、なんでもいっかなーって。
保険入れて、年金払って、お金貯められる仕事なら、なんでもー。」
「投げやりな割には、堅実だねー。」
8月に入り、帰省をしてくるであろう人達に会わせた同窓会だった。
店内は久しぶりに見る顔で賑わっている。
卒業して4年。長いような、短いような。
ただ高校生の時は見て通り過ぎるだけだったような、この憧れのお店に、
今は大人の様な顔をして利用している私達をみると、すこし人生をステップアップしているような気がする。
あたしは、肩までの髪を軽く巻いてから両脇を少しすくって斜めにまとめてシュシュをつける、という、お気に入りの髪型と、
最近買った、リーズナブルだけど可愛い、グリーンのお花のサマードレスを着てきた。
「それにしても、もったいないなー。あんなカッコいい男と別れるなんて。」
奈緒が拓也の方を見つめながら、ワイングラス片手にわざとらしく溜息をついた。
奈緒は背中までのロングストレートの後ろ髪に、前髪はパッツン、日本人形みたいな髪型が似合う割と美少女系なのだけれど、
性格が、全体的に、ちょっとイッちゃってる所がある。
視線の先には、男女別なく多くの元クラスメイトに囲まれた拓也が、
持ち前の人懐っこそうな愛嬌のある瞳をのぞかせて、ニコニコ笑いながら座っていた。
「そお?みんな雰囲気に騙されているだけよ。背だってたいして高くないし、どっちかっていうと
女の子目線の人だし。」
「雰囲気って大事でしょー。顔よし、頭よし、運動神経よし、センス良し、テキトー感漂う草食系よし。」
「なんだ、それ。」
テキトー感漂う草食系ってなに?かったるいって事でしょ?
「吉川君、就職先、どこ?」
「親のスネかじって公認会計士の勉強するって。」
「ううわあー。頭いいー。でもなんかイメージ違うなー。デザイナーとかしてそう。」
「経済学部が、なんでデザイナーよ。」
「じゃ、モデルとか。」
「背、低いって。資格取った方が人生楽で、贅沢出来て、バリバリ働かなくて済みそうだからっ、て。」
「うっわー。やっぱイメージ通りー。で、あんたの『果てない夢』って、ほんとは何をやりたかったの?」
「ミステリーハンター。」
「そりゃ、別れるわ。」
奈緒が間髪入れずにバッサリと言った。
「会計士が、ジャングル女と付き合うかって。会計士でなくとも、ミステリハンターとは付き合えん。」
ムッカ。人のロマンに口出すなっ。アイドルオタクのくせにっ。世界の不思議を発見したいのっ!
私の話より、奈緒の方はどうよ?
なんて二人で話していたら、私達の後ろ肩ををポンと、幹事の佐藤さんが叩いてきた。
「何、二人で親密そうな話をしてるのー?」
「綾香の元カレの話。」
「ああ、吉川君?もったいないよねー、かっこいいのにー。」
勘弁してくれ。知らん人間はいないのか。
「かっこいいといえばね、ほら、あっちの席に、チョーイケてる人、いるよ。」
佐藤さんが少し声をひそめて屈みこみ、座っているあたし達に顔を近づけてきた。
「え?どこ、どこ?」
思わず私達も声をひそめてしまう。
久しぶりに会ったクラスの男子は、みんなそれなりにカッコよく大人になってはいたし、実際、席のあちこちで男女かなりの盛り上がりを見せてはいたんだけど、
(これで今日の終わりには、一体何組のカップルが出来上がるんだろう?)
チョーイケている人、となると話は違う。
お目当ての人は、私達の貸し切りエリアからは離れた、一般の人達が食事をする、少し段の高い所の
テーブルに座って食事をしていた。
黒い細身のスーツに薄いピンクのシャツを合わせた服装は、その長身の彼によく似合っていて、
他の人が来ていたら店内で浮くだろうに、とても周りに溶け込んでいた。
私達より若干年上?少し切れ長の男らしい眼をしていて髪は短髪、
細身の割にはがっしりとした肩幅をしていた。
あれ?でも、あの人・・・。
「おお、上物。」
ちょっとアイドルおたくの入った奈緒が
(アイドルのコンサートの為に飛行機とか乗っちゃう奈緒は、正直私から見るとオタクに見えるのよね。中学、高校と勉強をし過ぎた青春時代を、今取り戻しているのよ、と彼女は言うんだけど)
嬉しそうに呟いた。
「偶然だよねえ、このお店で見れるなんて。あの人ってね、有名人なんだよ。カッコいいから。」
地元居残り組の佐藤さんが教えてくれた。
「ちょっとホストっぽいよね、あの雰囲気。」
「ああ、そうかも。クールなホストってカンジ?皆と騒ぐより、じっくりしっとり飲みましょう、みたいな?」
・・・あなた達、いくつ?ホストクラブの経験者?
「でもあの人、あたし知ってるかも。」
私が呟くと、奈緒と佐藤さんがガバっとこっちを見た。
「うそ、マジで?」
「うん。どっかで会った事がある。・・・あれ?どこだったっけ?」
「おっと、日下部さん。それはナンパの一番常套手段。よし、行って来い!!」
奈緒があたしの背中をバンッと叩いて押し出した。
「ちょっ。違うって。そんなんじゃなくて、ほんとに知ってるの。」
あたしは少し焦って奈緒を睨んだ。
「第一、ナンパなんかした事無いしっ。あんたとちがって、ハンターじゃないからっ。」
「あたしは別に仕留めたりしない。追っかけて、鑑賞するだけ。ほーれ、行ってこーい。」
奈緒があたしをグイグイ押し出す。まてこらっ、この面食いっ!
「行かないって言ってんじゃん!!ほら・・・どこだっけか・・・ほら・・・」
「でも、なんで一人で食事してんの?」
「うわあっ!!!」
突然耳元で拓也の声がして、私と奈緒と佐藤さんは飛び上がった。
いつの間にか、拓也が私達の真後ろに立っていた。
私が思わず後ずさって、
「び、びっくりした、拓也、なんで急にここにいるの?」
「あの人、男一人で、なんでイタ飯屋で食事してんの?」
拓也は私にお構いなしで、佐藤さんの方に話しかける。・・・オイ?
「男が一人で、イタ飯ランチなんてするんだあ。しかもこんな田舎で。目立つよねえ?」
両親指をパンツのポケットにひっかけ、拓也は少し肩をすくめながら佐藤さんに話しかけた。
佐藤さんは少し嬉しそうに笑いながら、拓也に(私達に教えてくれるんじゃなかったの、佐藤!こっちだ、コラー!)答えた。
「あの人、地元出身の代議士の人の息子。秘書かなんかやってるらしいの。カッコいいから、けっこう地元では有名だよ。」
「代議士の秘書、ねー・・・。カタギじゃないんだ、やっぱり。」
どの口が、『カタギ』を語るっ。あんたも充分、ヤクザな女ったらしじゃないっ。
ギロっと拓也を睨むが、彼は全くの涼しい顔。
「藤田祐介っていう名前。東京に住んでて、ちょくちょくこっちに顔だすよ。
女子高生の間では、生写真も出回っているって言う噂。」
へえー、そうなんだ。そう言えば、モデルっぽい顔してるし、万人が認める「いい男」かも。
すると拓也はニヤッと笑って佐藤さんに顔を近づけた。
「詳しーねーえ?そーゆー佐藤さんも、持ってんじゃないのー?生写真?」
「えー、だってかっこいいんだもん。目の保養じゃん。ねえ?」
真っ赤になった佐藤さんが、慌てて私達に話を振るけど、
目は私達見てないし。間近に迫った拓也に釘付けだし。おーい。
「吉川君の生写真だって、きっと売れるよー?出回るよー?あたし、取ってあげようか?」
「ええ?じゃあ、よろしく。佐藤さん限定で。」
アイドルよろしいニッコリ笑顔。更に舞い上がっちゃう佐藤さん。
その二人を眺めて、奈緒が隣でぼそっと言った。
「あんたって・・・苦労した?」
「・・・・まあ、それなりに。」
「腕に磨きがかかったねー、吉川君。」
自分がモテる事を自覚している男の技、だね。
むっかつく。
「綾香は今晩、どうするの?」
二次会の後、一緒にいた女友達に聞かれた。
帰るのか、それとも3次会まで出るのか、という意味。
まだ7時過ぎだけど、東京に帰るなら今から空港に行かないと、飛行機がないからだ。
「うん。実はウィークリーマンションを借りている。」
「ええー?なにそれ!?」
他の女の子達も声を上げた。
「だってうち、親もこっちにいないし、でも久しぶりの帰郷だから、夏休みだしゆっくりしようかなって。
お墓参りとか、母校めぐりとか、色々ね。」
「・・・・思い出に浸るんだー。」
奈緒が呆れたように言った。
「ほんとに枯れてるねー。おばあちゃん入ってるね。老けるよ。」
「オイコラ。」
枯れてる、と言われて確かに最近生命力が無い、というか疲れている、というか投げやり、というか。
心当たりがあって、内心グサっとくる。
就職もうまくいかない。こんなご時世だしねえ。
やりたい事も見つからない。みんなこんなものだよね。
彼氏とも別れた。こんなものでしょ。
しょうがない、っていう諦めがあるんだけど、
諦めている自分に焦っている。
あたしって、こんなだったっけ?前は、こんな感じじゃなかった気がする。
時代と、東京に飲まれて、私は自分が変わってしまった気がする。
幼い頃から住んでいたこの街に、成長期を過ごしたこの街に戻ってくれば、昔の自分を思い出せる気がした。
ここでは本当に色々な事があった。嬉しい事も、大変な事も、大事件もあったし、死にそうな目に会った事もある。
それでも、いつも前向きだった気がした。今思えば、いつも割と頑張っていた。
それを思い出したい。
文字通り、思い出の場所をゆっくり回って、もう一度自分を見つめなおそう。
同窓会は、絶好のチャンスだったのだ。
だって昔の友達と喋って、随分力を貰ったもの、既に。
みんな、時代にもがいて、頑張っている。
「吉川君も部屋にくるんじゃないのー?」
「来たら、刺す。」
「・・・・フツーに怖いから。マジで。」
あたしが真顔で言ったら、みんなも真顔で凍りついた。
「嘘だよ。来るわけないじゃん。半年近く前の話だし。こっちも向こうも、その気ナシ。」
「・・・来ても来なくても、その気があっても無くても、刺すな?」
みんなかなりどん引きだった時、
男の人が一人近づいてきた。
「すみません。ごめんなさい。ちょっと、いいですか?」
皆で振り返ると、そこには、私達と同年代くらいの、身長がかなり高い、スラッとしたかなりのハンサムが立っていた。
短髪だけど前髪だけ長めのストレートで、その下から凄く綺麗な瞳が覗いている。
「場所を教えてもらいたくって。すみません。『前浜東中学校』ってご存知ですか?」
どエライハンサム。
今日は何の日だ?
女子集団が殺気立った。怖いよー。
「前浜東中って、この近くですよ。」
すかさず一人の女子が飛び出してきた。さすが、女子力は瞬発力が命です。
「でも10年くらい前から、廃校ですよー。」
彼女が明るく親しげに話しかけると、彼も明るく親しげに返事をした。
「うん。知ってます。それで地図に載ってないから。」
なんというか、モデル系?少女マンガのお兄さん?王子様?
甘すぎず、濃すぎず、薄すぎず、うわー、目立つなあ、この人。普通の服装してるのに。
(センスはいい。そこだけは、拓也と付き合って見る目が出来てしまった。)
「タクる前に、誰かに聞きたいなーと思って。」
「あ、そうですかあ。」
次から次へと女子が参戦してくる。私ははじき出されてしまった。
「近くですよぉ。でも、歩いて行くにはちょっと遠いかなあ?え、今から行くんですかあ?」
「うーん、そうだな、まだ決めてないなあ。」
「夜はやめた方がいいですよぉ。あそこ、昔、生徒が殺されたって話だしぃ。」
「うん。だから、肝試しにきたんだ。」
「やだあ!!」
もう、タメ口?
すっごい盛り上がる女子集団。
それを遠巻きに見る、怖ーい雰囲気の我が男子集団。
・・・この人、天性のアイドルだわ。
こんな田舎でメディア系のいい男を二人もみるなんて、日本のレベルも上がったなあ。
ちょっとタレ目(?に私には見えた)で彼がニッコリ笑うと、確かにヤバい程、甘い。
「じゃあね。ありがとう。」
手を軽く上げて彼は去って行ったんだけど、
夜の街の道の上で、2次会を後にしたお店の前で、女子集団はキャーキャー騒ぎ、
周りの男子集団は夜の空より暗いオーラ(弱冠攻撃的)を出していて、
つまり、かなり浮いていた。
「いやー、今日はいいもの沢山見たなー。ホスト系お兄ちゃんと、白馬の王子様ね。」
日本人形が黄色のシフォンスカートをはいたような格好の奈緒が、その服装とはおおよそ似つかわしくない、
両手を腰に当て仁王立ち、の恰好で彼の去った方を向きながら、満足げに言った。
「実にみのり多い同窓会だわ。たまには帰って来るものねー、田舎に。同窓会、万歳。」
「・・・あなたのその実り、同窓会から得たものじゃあ、ないけどね・・・。」
あたしがつっこんでも、奈緒は全く聞いていなかった。