フラワーショップへようこそ
春の穏やかな陽気の中、家田清はスマホを持ちながら歩いていた。
「…確かこの辺にあるはず」
独りごちると、スマホのマップを見る。
20代の彼はもちろん社会人であり、自分でスマホ代を支払っていた。
スーツを着ているので、仕事中なのは誰が見ても明らかで、刈りあげた頭はすっきりとしており、若干、学生を思わせる匂いがするのだった。
「ーあ、あった」
目的の場所を見つけ、清は喜ぶ。
目指していたのはフラワーショップで、清が買いにいくには少し恥ずかしいことだった。
ーこういうのって、女の人が行ったほうがいいよな?
大陽を見上げれば、ゆっくりと日を差しており、のんびりしている。
自分も太陽みたいに自由でいたいなと思いつつ、息を吐き出す。
ー下っ端は辛いな。まずは使い走りからだから。
よし、と気合を入れると、清は店に近づいていく。
大きな看板があり、ストロベリーキャンドルと書かれていた。
ーストロベリー…? 苺か?
首を傾げつつ、自動ドアをくぐると、花の香りが一気に襲いかかってくる。
清は花粉症ではないが、強烈だった。
ー香水よりは臭くないけれど。
清が頭をかくと、店主の女性が振り向いてくる。
「いらっしゃいませ」
可愛らしい感じの雰囲気で、長い髪をまとめている。
見惚れてしまうくらい美人で、清も一瞬、時を忘れてしまった。
「お客様、何にいたしましょう?」
「あ、は、はい」
慌てて自分を取り戻すと、店内をぐるりと眺める。
どうやら花の種類は豊富なようで、赤にビンクに紫と、色とりどりだった。
「えっと…3000円くらいで花束を作れますか?」
「3000円くらい…。大丈夫ですよ」
「そうですか!! 良かった」
清は胸に手を置き、息を吐く。
実は急に辞めることになった人がいて、その人のために花を買いに来たのだった。
ーまさか辞めることになるとは思わなかったんだけど。
パソコンの資格もたくさん持っているし、重宝すると喜んでいただけに、がっかりだった。
真面目なタイプで優しく、清もよく話しかけていたのだった。
ー人間、明日、どうなるか分からない。
辞める理由は健康上の問題らしく、長く休むと皆に迷惑をかけるからと、退職願を出したらしい。
「それで? どんなお花がいいですか?」
「え、花…? 俺、詳しくないのでどうしよう」
「私と一緒に見ていきましょうか」
店主は村山というらしく、ネームプレートが胸にあった。
「何歳くらいの女性ですか、男性ですか?」
「えっと…40代の女性なのですけれど」
「そうですか。それなら」
村山が動き、1本、差し出してくる。
「カキツバタはいかがでしょう? 花言葉で、幸運がくると言われているんですよ」
「カキツバタ…。幸運がくる。いい!! いいです、それで」
「はい、あとは…そうですね。デージーはいかがでしょう? 別名ヒナギクといって、花言葉は慰め、感謝です」
「この紅白の花ですか。へえ…可愛いですね」
「はい。お花はどれも美しく、可愛いです。…醜い人間よりも」
後半は小声で聞こえなかった。
清は香りを嗅ぐと、春の風を感じるような甘い香りを感じる。
「これ、お願いします」
「はい。あと1つお花を追加しましょうか」
「よろしくお願いいたします」
村山は口の下に手を当てると、「ああ」と呟く。
「フリージアはどうでしょう? 別名アサギズイセンといい、花言葉は慈愛、親愛の情といいます」
「慈愛…。あの人にぴったりだ!! 新人の俺にも優しかったんですよ!!」
興奮して言うと、村山がくすりと笑う。からかう笑いではなく、姉が弟を見るみたいな、そんな優しい笑顔だった。
「それじゃあ、これから花束を作っていきますね」
「はい。よろしくお願いいたします」
村山は花を選択していくと、カウンターに運んでいく。
包む紙は春の桜を思い出すピンク色で、長さや形を気にしながら作っていく。
「ーこんな感じでいかがでしょう?」
「わあ、素敵だ!! それでお願いします」
「はい。リボンをつけますね」
シルバーのリボンをくるりと回すと、村山はあっという間に花束を作ってくれたのだった。
「ーはい、どうぞ」
「ありがとうございます!!」
礼を言って受け取ると、香を焚いたようなふわりとした香りに包まれる。
ーこれなら、喜んでくれるかな。
渡す人の顔を思い出し、少し涙ぐむ。
清は感受性の強い人間で、感動したり、悲しいと思うと、すぐに涙腺が緩むのだった。
「すみません」
そう言うと、村山は背中を向け、ハンカチで涙を拭う。
清は仕事に慣れるのが遅く、よく叱られていたのだが、花束を渡す人だけが、一緒にランチに行ってくれたり、「大丈夫」と励ましてくれたのだった。
ーそんな人間、今、少ないのに。
良い人ほどいなくなると言うが、その通りだと思う。
清は涙を拭って振り返ると、村山は優しく微笑み、1輪渡してくる。
「おまけです。これは、あなたに」
「え…? 俺に?」
「スノーフレークといいます。別名スズランスイセン。花言葉は純粋、汚れなき心といいます。あなたをぴったりだと思って」
「い、いいんですか…?」
清が躊躇していると、村山はもちろんと明るく笑う。
「どうぞ。白い花はあなたの心みたいに、純粋ですから。汚れないように、ご注意を」
「汚れないように…か。あいつらのことみたいだ」
社内にいる憎い相手を思い出すと、清はふんと払いのける。
そいつが辞めればいいのにと思うのだが、社会は上手くいかないものである。
そういう相手に限って、しぶといのである。
ー仲間が1人いなくなるのは淋しいな。
もらったスノーフレークをいじっていると、村山は言ってくる。
「根本を水の含んだスポンジとアルミホイルで、花が萎れないようにしてありますが、どうか早く渡してくあげてください」
「あ、すみません!! ぼうっとして」
清は財布を出すと、会計を済ます。
「ありがとうございます。またお越しください」
「はい!! お花、ありがとうございました」
色も形も匂いも違うのに、花束は最初から団結していたように、包まれている。
ー俺も、仲間と団結しないと。
強く思うと、花をそっと持っていく。
「ーあ、そういえば」
「はい? 何でしょう?」
「あの、店名のストロベリーキャンドルって何ですか? 苺の1種ですか?」
「ああ、それなら」
村山が動き、赤い花を指差す。
「これです、ストロベリーキャンドル。別名ベニバナツメクサといい、花言葉は素朴な可愛いらしさといいます」
「この花が…」
苺を逆さにしたような赤い花であり、可愛らしかった。
「可愛いんですね。お店と村山さんにぴったりです」
「まあ!! ありがとうございます」
村山は純粋に喜んでくれたようで、清は嬉しくなってくる。
「また何かあったら来てもいいですか?」
「どうぞ。いらっしゃってくださいませ」
村山は店の外まで出てくれ、手を振ってくる。
清は何度も手を振り、別れを惜しむ。
ーいいお店だったな。俺にも花をくれるし。
枯れないように気をつけようと、太陽の光線から隠す。
「よっしゃあ!! 頑張るぞ!!」
顔を引き締めると、清はスキップするかのように、歩いていくのだった。




