病弱系少女が魔法少女になったなら
私としては元気いっぱいの小学6年生!
と言いたいところなんだけど、現実はそう上手くいかないねぇ。
8歳までは別に普通に生きていたんだけど、なんか変な病気にかかっちゃって、今じゃずっと病院の中だ。
意識はしっかりしてるんだけど、身体はまともに動かせないし、声も発することもできない……
看護師さんから盗み聞いた話だと、国指定? のめっちゃヤバい病気で、生きているのが奇跡レベルの話らしい。でも確実に14歳は越えれないって……
いや、自分としては別にそうかーって感じだし、やり残したことがある! なんて高尚なことは思ってないんだけど。言いたいことが一つだけあるの。
それはね……めっちゃ暇! ヤバいくらい暇! ただずっと垂れ流してあるテレビの音を聴くだけの毎日。
最初は学校の友達とかも見舞いに来てくれたんだけど、半年経ったあたりからめっきりこなくなっちゃった。
まぁしょうがない所はあるんだけどね。私だって友達の立場になってみたら病院なんて行かないもん。
今来るのは看護師さんとか病院の先生を除くと、お父さんとお母さん、そしてお兄ちゃん。
お兄ちゃんとか2日に1回は来るんだから、もう高校生になったのに放課後から夜までずっと。お母さんとお父さんより私に会いに来てる。そしてずっと話しかけてくる。
別に私が相槌とか反応を返してるわけじゃないのに。
暇なのかな……友達とかいないのかな……私は妹として心配です。
でもその間だけは凄く楽しいよ。たまに難しい話をしてる時は眠くなるけど。それ以外はいいお兄ちゃんだと思う。
て、そんなことはどうでもいいよね。
あー暇だなぁ。なんか変なこと、起きないかなぁ。
なんて思ってる時でした。
視界の端に、ぴょこぴょこと動くピンク色の何かが映っているではありませんか。
何かの動物?
めっちゃ気になるけど、体動かせないんですよ私。
なんとか眼球を動かして、その何かを目の中に収めようとした時でした。
「やぁ、哀れにも生を諦め、全てを達観している少女よ!」
何処からか女の人の声が聞こえてきたではありませんか。
底抜けに明るく、まるでオペラ歌手のように大きな声。
新しい看護師さんかな? でもそんな話聞いてないし……というかいま夜だよ……
私はもちろん声を発せない。心の中で思っているだけだ。
だけどその声は私の思いを読んだのか、なんと答えを返してきた。
「大丈夫! 私は君にしか見えてないから、他の人に迷惑がかかるとか、これから起こる奇跡を見られるなんてことはないよ」
私にしか見えない?
訝しんだ瞬間、突如視界をピンク色の物体が遮った。
うわぁぁぁ、何!?
驚いたのも束の間、その物体は自分で私の顔から離れ、視界にはっきりと映る位置に座り直した。
ピンク色の毛をした、猫とも、狐とも、はたまた犬ともとれる四足歩行の動物は、人間の言葉で私に語りかける。
「私と契約を結ばない? 貴女は力を手に入れることができ、自由に身体を動かせる」
自由に?
「そう。私と契約を結んだら何処へだって行ける。でも条件があるの。悪の組織を倒してちょうだい」
悪の組織?
その奇妙な姿を見せながら、ピンク色の動物は私の疑問を聞かず、高らかに宣言した。
「魔法少女だ。君は私と契約し、魔法少女と成る。さぁ早く選んで! このままベッドの上で寝続けるか、それとも目新しくも波瀾万丈な人生を歩み始めるか! 答えはもう決まってるんじゃない?」
……そう言われたら、もうどうしようもないじゃない。
私の人生は、もう終わっていたのだから。
本能か、自分の意思かは分からない。でも、そんなのはもうどうでも良かった。
その瞬間、閉ざしていた、いや、開くはずのない口が開く。あまりにも寂れた、少女とは思えぬ枯れた声。
「私を、魔法少女にして」
その言葉を聞くと共に、目の前の動物が笑みを浮かべる。
「契約は成立だ。久王鈴深。そして、これからは2つの名前を使い分けるといい。私が与える魔法少女の核の名。凛々しくあれという願い、気高くあれという欲望に呼応する存在。即ち、クイーン」
刹那、鈴深の体に光が纏う。
な、なに!?
身体が光に覆われて、外から見たら光の球体の中に取り込まれたように見える。
数秒後。取り払われた光の中から出てきた鈴深の姿は、先程までのものとは全くもって違っていた。
抜け落ちていた髪は長い桃色のものに変化し、痩せ落ちた頬、ガリガリだった筋肉は等身大の11歳の少女レベルにまで戻っている。
そして極め付けは、フリルのついたピンク色のミニスカートと、大きなリボンがついたレース生地のコスチューム。さらには華美な装飾で彩られたロングブーツまでをも身につけていた。
「これって……?」
今まででは考えられないが、ベッドの上で立ち呆けている少女の姿を見ながら、四足歩行の動物が言った。
「おめでとうクイーン。君の新たなる門出を祈るよ。あ、そうだ。私の名前はアリス。呼び捨てで構わない。これから一緒に行動するからよろしくね」
「アリス?」
アリスと名乗った存在に目を配るが、アリスは別に重要ではないと言うかのように、続きを話す。
「私の事は気にしなくてもいい。ただの美少女案内人さ。さて、クイーンズロッドを出してごらん」
「クイーンズロッド?」
「変身、変身解除に魔法攻撃をこなすすごいアイテムだ。強く念じたら出てくるよ」
「強く、念じる……こうかな?」
ロッド、来い! と思うと、強い光を発しながら空中にアイテムが出現する。
白とピンクが施された、杖というには小さいアイテム。
それを器用に掴んだクイーンは、アリスに尋ねる。
「ねぇねぇ、魔法ってどうやって使うの?」
11歳という年相応な質問。好奇心を纏った声音には、戸惑いよりも自分は今何者かになれているという喜びに満ちている。
そんなクイーンへの返答をアリスは口にした。
「それは、目の前にいる敵と戦っていくうちに分かるよ」
「へ?」
刹那、病院の窓側の壁が崩壊した。
あまりの出来事に、クイーンは目を丸くして穴が空いた壁を見つめる。
砂埃が晴れ、視界が明瞭になったところには、謎の巨大な物体が蠢いていた。
「ちょちょちょ、アレなに!? なんかでっかいのがいるんですけどー!!」
「あ、言ってなかったか。アレが私たちが戦うべき相手、エトワールだよ。うーん、思ったより強そう。これは一旦逃げた方が良いかも」
アリスが言うやいなや、エトワールと呼ばれた黒い影で覆われた物体が、咆哮を轟かせながらクイーンに襲いかかる。
「いやぁぁぁあ!!」
悲鳴をあげ、その攻撃を間一髪で避ける。が、
スルっと、足を崩してしまいそのまま崩壊した壁の穴。即ち、病院の6階から落下する形で落ちた。
「あ」
いや、え〜。私、こんな所で死ぬの? こんな呆気なく? 病気でなら分かるけど、こんな得体の知れない怪物に襲われて?
でもまぁ、それも仕方ないのかな……そういう運命なのかも。
などと、絶賛諦めて目を閉じようとした時。
「何をやっているんだい? 君はもう、魔法少女でしょ」
アリスの声が、聞こえた。
「クイーンズロッドに願って、君はもう、空を飛べる!」
願う……
「君の人生は、まだ始まったばかりだろう!」
そうだ……私の人生は、まだ始まったばかりだ。
自由な身体を手に入れて、やりたかったことたくさんするんだから!
「クイーンズロッド!! 私に力を貸して!」
そう叫ぶと、手に握っていたロッドが光輝き、クイーンを包み込んだかと思うと、その光が破裂した。
中から出てきたクイーンは、空中に浮かんでいる。
桃色の魔法少女は、エトワールを睨みつけながら叫ぶ。
「もう、病院を壊させたりはしないんだから!」
その姿を見た怪物は全長4メートルはあろうかという体を震わせ、がなり声を上げたかと思うと、病室からクイーンに飛びかかる。
相対する魔法少女と怪物。エトワールの鉤爪が魔法少女に届かんとする時だった。
「はぁぁぁぁぁあ」
クイーンズロッドの先端から数多の光弾が射出される。サイズはサッカーボールより少し大きいくらいだが、その数によってエトワールを弾き飛ばす。
病院の駐車場に落ちたエトワールの正面に立ったクイーンは、さらに光弾で追撃を加える。その魔法はただ一直線上に放たれるのではなく、右へ、左へまるで自らの意思があるかのように的確な角度で怪物の急所を狙う。
黒き怪物は、ただ何もできず防御姿勢をとりながら咆哮を上げるしかなかった。
「これで終わりよ、クイーンズブラスター!」
そう言い放たれたのは、先程までの大きさとは比べられないほど巨大な桃色の光。その光は眼前のエトワールの全てを呑み込む。
エトワールはその大きな手で光を受け止めようとし、拮抗するかと思われた。が、
「私の、勝ち」
その光の上から更に、さっきまで放っていたサッカーボール程の大きさの魔法を一つ、追加で喰らわせる。
全力で受け止めていた光に追加の魔法が加えられると、あとはどうなるかなど想像に容易いだろう。
エトワールは光に巻き込まれ、そのまま爆発した。
その様子を先程までクイーン、久王鈴深がいた病室で観ていたアリスは驚愕したように、笑いながら言った。
「凄い、凄いよクイーン!! 想像以上だ! 魔法少女になってこんなにすぐにエトワールを倒すことが出来るなんて!! もしかしたら君は本当に敵組織、黒の道化師を壊滅させることが出来るかも知れない!」
アリスは変身を解除して、鈴深の姿に戻ったクイーンを見ながら続ける。
「よく頑張ったね、鈴深。君が世界を、救う時だよ」
敵は世界の破壊を目論む悪の組織、黒の道化師と、彼らが使役する怪物、エトワール。
彼らはエトワールで人間の恐怖エネルギーを集め、100万の恐怖エネルギーと引き換えに世界の崩壊を引き起こす。
このようにして、魔法少女と謎の小動物の戦いが始まった。
この物語がどのようにして終わりを迎えるのかは、今はまだ誰も分からない。
*
「魔法少女?」
日本のどこかにある地下工房、陰湿な空気が立ち込める空間に一人の男の声が響いた。
「はい、かなりの恐怖エネルギーが蓄積されていた病院に一匹のエトワールを使わせたのですが、その魔法少女に倒されました」
玉座に座っている男に向かって跪き、淡々と事実を述べる若い男。
その男を睨みつけながらも何ら気にすることはないと言ったように、傍に立っている若い女が語った。
「アラベル様、キバラの言葉など聞く必要などありません。今はただ、恐怖エネルギーを集めることだけに注力しましょう」
キバラと呼ばれた若い男は、口を挟んできた女、バディーラに反論する。
「バディーラ、貴様は楽観的すぎる。やられたのだぞ、エトワールが。それほどの存在ということだ。もし正面からぶつかってくるというのなら、我々もそれ相応の準備をしなければ」
「なによ、そんなに語っちゃって。ビビってんの?」
「何?」
2人の口論を見ていた玉座に座っていた男、アラベルが見かねて仲裁する。
「やめんか。まぁいい。確かにキバラの言うことも一理ある。今はまだ脆弱な存在にすぎないが、力をつけて反抗されても厄介だ。サーガ、今のうちに芽を摘んでおけ」
こうしてこの場にいる最後の青年。サーガに話が回る。まだ年若いであろう青年は、無言でアラベルを見ていた。
「最近この組織に入ってきたお前に、最初の任務を与える。魔法少女を、消せ」
アラベルの冷たく重々しい声が工房内に響く。
先程まで言い争っていたキバラとバディーラも、もう何も話していない。
少しの間、無言が空間を支配したあと、サーガと呼ばれた青年が口を開く。
「了解しました。我らの作戦の妨げにならないよう、魔法少女を必ずや抹殺してみせましょう」
そう言って青年は姿を消す。残されたキバラとバディーラも何も言わず、この空間から去っていた。
1人残ったアラベルは、先ほどの話題にあった魔法少女の映像を見て独りごちる。
「神め、余計なことをしてくれる。まぁいい、何をやろうと、最後の勝つのは我らの方だ」
*
「ねぇ、本当にこれで良かったの?」
私は鈴深の状態に戻ったまま、ふわふわと空を漂いながらこちらへよって来るアリスへ向かって質問した。
あの後、私は自分の病室へ戻っている。
「あぁ、君はこれで良い。だけど安静にしてなきゃダメだよ。鈴深はまだ病気が治ったわけじゃない。魔法少女の力で元気な体を与えられてるにすぎないのだから」
「いや、でも急に動けるようになったり、話せるようになったらおかしくない? なんなら髪もどこからか生えてきてるし」
変身状態を解除しても、髪色こそ変わったが鈴深は長髪のまま、筋肉も年相応のものとして残っていた。
「確かにおかしいけど、気づかない? そもそも病院の壁に穴が空いても、君が動いても騒がれなかった。戦いもかなりの音が響き渡ったはずだ」
「…‥言われてみれば確かに。なぜ?」
「ふふん。それはね、私が周囲に暗示をかけていたからでした!」
「おおおお。なんと用意周到に」
あまりにもドヤ顔で言うアリスに自然と拍手が出る。
「病院も完璧とはいかないまでも、修復可能だ。君は普段どうり病室で寝ているといい。この施設から出られるとは限らないが、都合よく解釈してくれる事だろう」
「そっか。ありがとうアリス。あなたはこれからどうするの?」
「言っただろう。私は君にしか見えないし、認識できない。君と一緒にベッドでぬくぬくと眠らせてもらうとするよ」
「そっか! いなくなっちゃうわけじゃないんだね! 良かったー」
ニコニコと笑う鈴深を見ながらアリスは優しく言った。
「あぁ。いなくなったりなんてしないよ。さて、今日はよく頑張ったんだから早く寝なさい。4年振りに動いて疲れただろう」
「うん! もうクタクタだよ〜。おやすみ、アリス」
「あぁ、おやすみ」
こうして、通常ではあり得ない奇跡を得た少女の1日目が、終わりを迎える。
なぜ彼女が選ばれたのかはさして重要ではない。ただ1人の少女が生きる意味を得た事。その事実だけがあればいいのだから。
*
俺の名前は久王未来、16歳の高校1年生。
俺には妹がいる。学年は4つ程離れていて、あまり自分から話すタイプではないが、誰かから話しかけてくるのを心から待っているような、そんな子だった。
妹は8歳で病気を患った。原因や治療方法、対策なども全く確立されていない難病らしく、病院に行く回数が週に3回、4回と増えて、最後には入院することになった。
自分がそれを告げられた時、どう感じたんだろうか? 今はもう覚えていない。
最初は見舞いになんていかなかった。別に特段仲が悪かったわけではないが、妹の友達がたくさん見舞いに来ていたので、自分が行く意味は薄いと思った。
でも、次第に妹のもとに集まる人は減っていった。
そこからだ。自分が妹のいる病院に足しげく通うようになったのは。
理由はたくさんあるが、一つ挙げるとするならば、おかしい。ただそう思った。
そんなにも簡単に妹の存在がなかった事になって良いのだろうか?
彼女の築いた8年という月日の果てに得た人間関係、それが半年も経たずに虚空に消えた。
母親や父親すらも月に数回しか見舞いに行かなくなった時、俺は決めた。
意識があるかすら分からないたった一人の妹のために、自分が物語を聞かせ続けると。
彼女を独りにしない為に。
*
その日はひどく晴れていた。
カーテンの隙間から差し込む光が、まだ眠っている身体を強制的に起こさせる。
朝はいつも一人だった。両親は仕事で忙しく、滅多に帰ってくることはない。連絡が来ることも稀だった。
だから、朝一番に母親から電話がかかってきた時には、何事かと少し焦る。
「母さん? 珍しいね、こんな朝早くに」
「あ、やっと出た! みらい! 落ち着いて聞いてね」
電話に出ると、やけに焦っている様子の母親が食い気味に話しかけてくふ。
「? ちょっと落ち着いてくれ、一体何が……」
「鈴深が___」
「え?」
*
走る。
ただひたすらに走る。
あの電話を受けて、俺は病院へ走っていく。
いつもよりだいぶ長く感じる受付を済まし、妹のいる部屋へ駆け込んだ。
「あ……」
時刻はまだ朝。一人しかいない病室には、朝日が差し込んでいる。
目の前には彼女が、長い髪を伸ばした、元気そうな妹が、いつも一緒に寝ているピンク色の動物の人形を抱え、ベッドの上で身体を起こして外を見ていた。
何か話そうとするが、口が思うように動かない。
永遠ともいえる数秒が経ったあと、彼女もこちらの存在に気づいたのか振り向き、ハッという顔をしたかと思うと笑顔で言った。
「ただいま。お兄ちゃん」
___あぁ、くそ……
溢れる涙をなんとか堪えて、未来は、久王鈴深の兄は、こぼれ出てくる感情の全てを乗せて、彼女を迎える。それはただただ単純な……
「おかえり。鈴深」
*
あのあと他愛のない雑談した後に、兄である久王未来は鈴深の担当医の話を聞きに席を外した。
「へぇ、アレが噂のお兄さんか」
その後数分も経たない内にアリスが小さな体を捩らせ、鈴深の腕から離れながら言う。
「もう。いきなり動いて……誰かに見られたらどうするの?」
「言っただろう。私の姿は誰にも認識できない。ま、もし認識されたらただそういうモノと認識されるから、基本的に気にしなくて良い」
「そういうことじゃ……」
もう一度苦言を呈そうと鈴深が口を開くが、アリスがそれを遮った。
「良いお兄さんじゃないか。外見はただの優男だが、内には相当な覚悟があるよ」
「覚悟?」
アリスが語った兄の印象に、鈴深は僅かな違和感を覚えた。
「あぁ、反応のない妹に数々の言葉を投げ続けるなんて、相当な覚悟がなければ出来ないだろう。ま、実際に君はその話に救われたわけだが」
その言葉に鈴深は息をのむ。知っていた。感じていた。思っていた。片時も忘れることのなかった感謝だが、他者に言われることにより、その凄さを再確認させられる。
「本当にそうだ……私はお兄ちゃんに、ありがとうを伝えないと」
その鈴深の思いを聞いたアリスは、その動物の口を動かし微笑む。
「うん。彼が帰ってきたら伝えるといい。その一言で、彼の今までの行為は報われることだろう」
鈴深がその言葉に頷いた時だった。
「!?!?」
アリスが何かに気づいたような、雰囲気が先ほどのものと大きく変わった。
「どうしたの……?」
そのアリスの雰囲気に、鈴深は尋ねる。
「エトワールが出た……! 場所は、ここから遠くはない。400メートル程離れた商店街」
「!? 早く行かないと! 商店街ってことは、人が沢山いる……」
「魔法少女が君で本当に良かった。認識阻害の魔法はもうかかっている。早く行こう……」
*
春園商店街。鈴深達が住まう街。春園市の中心に位置する商店街。
近くにスーパーや大型ショッピングセンターが沢山あるとはいえ、人通りは決して少なくはなかった。
時刻は昼に差し掛かっており、昼の弁当を買いにくる会社員や、今日の夕飯の材料を買いに来る主婦や主夫で賑わっている。
そのどこにでもあるような商店街に、一つの悪意が支配した。
「いけ……エトワール! 人々の恐怖を集め、世に混沌をもたらせ!」
世界の破壊をもたらす組織、黒の道化師の幹部であるサーガは。その破滅をもたらす為に必要な人々の恐怖エネルギーを集めるため、また、それの邪魔になるであろう魔法少女を倒すためにエトワールを呼び出す。
全長4メートルを超えるであろう巨体を持つ怪物達が商店街に現れ、その場にいた人々は悲鳴を上げて逃げ出した。
逃げ出す人々の身体の内から、紫色の小さなエネルギーの塊が、サーガの持つ白色の懐中時計に吸い込まれる。
それこそが人間の持つ恐怖の根幹、恐怖エネルギーであり、その塊を吸い込むたびに懐中時計の針が一つ、また一つと進みだす。
それを眺めるサーガが、これは必要なことであるとばかりに独りごちる。まるで自分に言い聞かせるように。
「……100万の恐怖エネルギーを集めたら、その力で世界を滅ぼす。そして、俺は、俺たちは叶えることができる。世界を滅ぼすために使ったエネルギーの残滓で、己の願いを……」
誰に聞かせるわけでもない独り言。
これは必要な犠牲だと、仕方のないことだと誰でもない、自分自身に言い聞かせるただの独白。
そのサーガの前に、悲鳴ではない人間の荒げる声が聞こえた。
「貴方、何をしてるの!?!?」
急いで視線を前に上げると、そこには一人の少女がいた。
桃色の髪をし、華美な装飾を身に纏った一人の少女。
サーガと呼称された青年は、この少女を知っている。
半日前、狭間の地である地下工房で、長であるアラベルに見せられた一つの映像。
画質は荒かったが、おおよその外見を掴むことは出来た。
直々に倒せと。名指しで指定された存在を前にして、サーガは言葉を洩らす。
「魔法少女か……!」
「そんな非道いこと、今すぐ辞めなさい!!」
魔法少女が叫んだと同時、彼女の持っていた杖が、サーガの頭骨に一瞬で迫る。
___なっ!?
速い。
いや、黒の道化師の加護を得たサーガにとって、別に避けられないことは無いのだが、予備動作なく、躊躇いもなく身体を自分の領域に捩じ込む少女の一撃は、思っていた以上に衝撃だった。
その後、金属同士がぶつかり合う鈍い重音が商店街に響き渡る。
サーガは身を動かしてはいない。
エトワールがその巨大な爪をもって少女の杖を受け止めた。
「!?!?」
予想だにしないエトワールの動きに、クイーンは驚き息をのむ。
その動きが止まった瞬間を、サーガは見逃さなかった。
魔法少女の腹部に蹴りを叩き込む。
その蹴りをもろに受けたクイーンは、後方に15メートル程吹き飛んだ。
「ぐっ」
受け身を取れずにコンクリートに叩きつけられたクイーンだが、即座に体を起き上がらせて、さらに相手の男と怪物との間合いをとった。
戦い慣れしている……?
彼女の機敏な動きと、迷いなく自分に刃を向けてきた目の前の少女に対しサーガは深い疑問を覚える。
眼前の魔法少女が最初にこの春園市に顕現したのは、昨日の深夜。まだ半日も経っていない。
彼の長たるアラベルが言うには、ただの町娘が何者かによって選定され、力を与えられているとのことらしい。
つまり、まだ戦い慣れをしていない素人であると。
だから戦いを知り、力をつける前に芽を摘んで後の危険因子を排除する。
そもそも、魔法少女が我々組織の幹部と接触したのは今回で初めてのはず……
魔法少女に選定した何者かから話を聞いていたとしても、サーガの姿は人間である。
だが、彼女は何もためらわず、目の前の人間に刃を振った。
よっぽどの才能の持ち主か、何らかの戦いを経験してきたのか、それとも人間性が欠如しているのか……
そう考えた後、サーガは眼前の桃色をまとった少女への警戒の度合いを、一段階引き上げた。
*
間合いを取りながら、クイーンはエトワールを使役している青年を見て怒りを覚える。
人の命こそ失われていないが、エトワールという巨大生物を呼び出した影響で商店街の多くの店が破壊され、周囲には逃げる際に転んだのか少年が大声で泣きながら母親らしき人物に抱えられている。
未だ近くには逃げ遅れた人々で溢れかえっており、ここでエトワールを止めなければもっと被害がでるのは明白だった。
この惨状を作り出している目の前の青年は、無表情を貫きながらなにかを思案し続けている。
敵組織のおおよそのことはアリスから聞いていた。
世界の破壊を目論む黒の道化師。だが、それを望んでいるのはその長であるアラベルのみであり、その他の幹部はあくまで破壊による副産物、願いを叶えることを目的に動いているらしい。
自らの願いを叶えるために世界を、人の命すら厭わないその行動理念に、クイーンは憤りを覚えていた。
別に自らが正義だと断じるつもりは毛頭ない。
私は世界を護るためではなく、自分の身体を動かし、生きるためにこの力を手に入れた。
それと引き換えにエトワールと戦う状況に身を置いているにすぎない。
もし、世界を壊すことと引き換えに身体の自由を手に入れられるなら、私は世界の破壊を選ばない自信はなかった。
だが、それは今の私が目の前の青年を見逃す理由にはならない。
事実、もう被害は出ているのだから。
クイーンは杖を構え、目の前の青年に、いや、それよりももっと大きな、敵組織そのものに宣言する。
「私は私の置かれている状況をもって、貴方達を許さない! その凶行を止めてみせる!」
宣言を受けた青年は間を置いた後、笑みを浮かべながら答えを返した。
「ならば来い。名も知らぬ少女よ。もしその一歩を踏み出すというのなら、我々は全霊を持って、君と相対することを宣言しよう。もう後戻りは出来ないぞ」
少女は本能で理解する。この一歩を踏み出せば、もう自分は今のままではいられないと。
だが少女は想う。自分がこの力を手に入れた意味を。
病院のベッドの中で何度も憧れた、笑顔あふれた普通の生活を。
「私がみんなの普通を、護るんだ!!」
少女は一歩を踏み込んだ。
その一歩を見て、サーガは呟く。
「……アラベル様に連絡を。彼女は、魔法少女は、明確に我々の障壁となる存在だ」
サーガに向かって光の光弾を発射したクイーンだが、その光弾はエトワールが巨大な爪で薙ぎ払われる。
球体の魔法はそのまま商店街の隣の店にぶつかり、土煙が巻き上がる。
エトワールが土煙すらも薙ぎ払うが、視界が晴れた先に、少女の姿は見当たらなかった。
低い唸り声を上げながらエトワールが少女を探した刹那、怪物の腹部に強烈な衝撃が加えられる。
「はぁぁぁぁあ」
加えられたのは重い蹴りの一撃。
体重差をもろともしない攻撃にエトワールはよろめき、ガラ空きになった顔になおも蹴りの追撃が入った。
「…………」
成程、こういう戦いをするのか。
エトワールと魔法少女の戦いを見て、サーガは想う。
薙ぎ払われることを前提とした攻撃。奴は店が壊され視界が遮られることを望んで魔法を放った。
サーガは彼女のあり方を理解し、笑みを作りながら言う。
「正義の味方ではないということか」
クイーンは打撃を加えながらも器用に魔法をぶつけて、確実にダメージを与え続ける。
「潮時か……まぁいい。恐怖エネルギーは相当稼いだ」
サーガの言葉を掻き消すように、クイーンが叫ぶ。
「これで終わり、クイーンズブラスター!!」
現れたのは超極大の魔力の塊。それは病院で見せたそれより大幅に拡大していた。
エトワールは咆哮し、その攻撃を受け止めようとするが、その満身創痍の体ではなす術もない。
光に飲み込まれ、爆発した。
息を切らさずにその爆発を見守るクイーンに、横からサーガが声をかける。
「魔法少女。お前の名前は?」
その問いかけを聞き、少女は少し間を置いた後、青年を睨みつけながら言った。
「まずは先に名乗るのが常識じゃないの?」
「それもそうだな。俺はサーガだ」
サーガと名乗った青年を警戒しながら、彼女は言った。己の名前と、宣戦を。
「……クイーン。貴方達を止める。魔法少女よ」
「女王か。大きく出たな。いや、いい。ならば俺たちは否定しよう。お前の行動を。生き方を。一歩踏み出したことを後悔すら間すら与えぬうちに。そして言おう。正義はこちらにあると」
「正義? 何を言って……?」
「それでも世界を護るというのなら、引かぬというのなら、俺が直々に相手をしてやる」
「待って、どういう!?」
そうしてサーガと名乗った青年は、虚空へと消えていく。
数多の破壊と、クイーンの心にもやを残して。
*
「クイーン!!」
あの後、変身を解除して、サーガの言った正義とは何かを考えている所に、小さな体を浮かばせたアリスがようやく姿を現す。
「ごめん、遅れた! 大丈夫? 怪我はないかい?」
「あ、アリス……大丈夫だよ。ちょっとお腹を蹴られたけど。エトワールは倒せた。その場にいたサーガ……敵組織の一員には逃げられたけど」
「なっ、蹴り? 本当に大丈夫なのかい!?」
そう言ってアリスは鈴深の周りを飛び回る。
「もう。大丈夫だって」
「そうならいいんだけど……今日はもう安静にしないとダメだよ」
「はいはい」
私は正義ではない。それの根拠に、私はエトワールの動きを止めるために、わざと魔法の力を弱くして、一つの店を壊した。
だが、相手はそれ以上に悪だと思う。
事実、商店街の大半の損傷はサーガとエトワールが原因だ。
それなのに、サーガは自分が正義だと断言した。
一体なぜ?
「? どうしたんだい、何か考え込んでいるようだけど……やっぱり何か……」
いや、それはまやかしだ。
私を惑わそうとサーガが放った世迷い言にすぎない。
私は私のやるべきことをやる。
「心配性なんだから。大丈夫だって言ってるでしょ」
だって私は___
「魔法少女なんだから」
*
サーガはアラベルに事の顛末を説明した後、幾重もの結界を張った地下工房から外に出る。
「全く、大事な時に反応が出るとは、災難極まるな」
時刻は少し前、鈴深がアリスと談笑している時に、春園商店街に巨大な魔法少女反応が現れ、すぐ消えた。
サーガが向かった時には痕跡一つ残っておらず、エトワールを降臨させた後にクイーンが現れた形になる。
つまり、商店街の反応はクイーンではない。
サーガはありえないと思いつつも、一つの考えが頭によぎる。
2人目の魔法少女。
黒の道化師幹部には及ばないものの、エトワールをその魔力のみで消し炭にできる存在が、複数いる。
___いや、考えることは俺の仕事じゃない。
今の自分は、受けた指示をただ遂行するだけの存在にすぎない。
ただ、最終的に願いを叶えられれば良いのだ。
そう思いながら、サーガは組織服を纏った変身状態を解除し、通常の人間状態に戻る。
「いまはそれどころじゃないんだが……愚痴を言っても始まらないか」
そうして彼は、とある場所に向かう。
「願いが叶えばその憂いも過去のものになるんだ」
それはよく見知った__
部屋のドアが勢いよく開かれる。
「ごめん遅れた! 鈴深。先生の話が長くって……」
「あ、お兄ちゃん、も〜う、遅いよ。今度は高校の話、聞かせてよね」
「あぁ。未来お兄ちゃんが聞きたいこと、なんでも話してやるさ!」
俺は願いを叶えなくてはならない。
妹の身体を治すため。
たとえ、世界を敵に回しても。




