【#9】一同は早急に生存を模索する。
会場を満たしている空気は、先程とはずいぶんと重みが変わっていた。恵水の思いを叫んだ演説の後を追うように、大人達の自己紹介が続いた。
まず、恵水と同じく受付業務を行っているという3人の女性は、それぞれ加藤、砂川、目黒といった。麻凛から見れば、3人ともかなりの美貌を持っていた。人気旅館の受付嬢ともなると、それなりの美しさは必要になってくるのかもしれない。長い黒髪の砂川はどうやら恵水と相当仲が良いらしく、加藤と目黒が立っているときも、ずっと彼女を気にかけていた。
続いて白いワイシャツに黒いズボンという服装が不気味なほどに揃っていた6人は、どうやらこの旅館の料理人らしかった。やってくる老若男女全ての客が舌鼓をうつ料理を作り上げる彼らは、見るだけで異様な雰囲気を醸し出しているのがわかった。男性4人、女性2人。男性陣はそれぞれ瀬野、御笠、和田、安藤、女性2人はそれぞれ車田、森といった。特に印象に残ったのが料理長の瀬野で、他の大人達は皆、途中で泣きかけていた森のように不安を露わにし、そうでなくてもやけに目線を動かしていた和田のようにどこか落ち着かない様子を感じられたのだか、彼だけは一貫して落ち着いてたばこをふかしていた。机の上に置かれた灰皿に、白く短い棒をとんとんと軽く叩くのが見えた。
そして残りの5人は、部屋の掃除やごみの廃棄などの雑用を主に行っている4人と、警備員の立野という男だった。4人の方も全員男で、それぞれ嵐谷、川口、石川、荒木といった。名前に反して物腰柔らかな嵐谷によれば、どうやら雑務係はもっといるらしいが、皆島の連絡船まで食材の受け取りに行っていたらしく、あの洪水が起こった時は4人しかここにいなかったという。そしてまだ戻ってこない。そういうわけだ。
そして大人達の紹介が終わり、次は自分の番だ……と思い立とうとしたら、先に嬰都がすっと席から立ち上がった。と同時に、蓮が何か言いたげにしていた。耳を近づけてみると、彼も口を近づけてきた。
″もう言ってあるよ″
それだけ言うと、蓮は素早く麻凛の耳から頭を離した。あまりにも素早い動きで、一瞬何が起こったのかわからなかったが、言っていることはすぐに理解できた。要するに、蓮───あるいは他の誰か───が麻凛達のことについて既に大人達に話してくれていたのだろう。そう考えると、あの大人達の自己紹介も、自分達のためということになる。なんだか申し訳ないと思う一方で、自分のことは大人達にどう伝えられ、どう思われたのだろうと感じた。
ただ、麻凛は一瞬だけ、蓮の顔があまりにも緊張していると感じたが、これも、この状況ならそうなっても仕方ないかと納得した。
「うし。これで全員だな。じゃあ今から、俺達の今後の動きについて言うぞ」
嬰都の目は相変わらず無感情なものであったが、きっと本人は決意に満ちた表情をしているつもりなのだろう。そうに違いない。
「まず、あの津波」
嬰都はその「災害」を″津波″と表現した。それが適切な表現方法なのかはわからなかったが、脅威を伝えるのには十分な単語だった。それがなくても、この空間にいる者達は多分みんな既に理解しているのだけど。
「急に来たよな。だから島の住民は多くが避難できなかった。あちこちに浮かんでんの、見たろ」
嬰都はそう言って麻凛の方を向いた。疑問符を浮かべていると、隣の蓮が激しく頷いた。
「住民のほとんどが、ここが避難所になるってわかってたはずだ。にも関わらず、来ない。まあ実際に押しかけられたら、俺達だって困るんだけどな。だから───もちろん、漁船に乗ったり立地が高かったりして生き残ってる奴もいると思うが、大体は沈んだり浮かんだりしたと考えた方がいい」
それでまた空気が重くなるのがわかった。母方の祖父の葬式を思い出した。祖母に先立たれずっと孤独だった老人の葬式は、祖父との思い出も大して無かった幼稚園児の麻凛も、いるだけで涙が出てきそうになったとうっすらと覚えている。
「助けは……来るんですか?」
すると、誰かが声を上げた。女性のようだった。声のする方向からして、おそらく加藤、砂川、目黒の誰かだろう。
「そこが問題だ。流石に政府も気象台とかを通してこの島の異常くらいはわかってると思うが…まず、船での助けはダメだ」
「どーして…?」
船、という言葉に反応するように、双子の片割れが言った。マフラーの色は落ち着きのある深い緑。確か佳鈴だ。
「あの津波は島の全方向から来てる。つまり、島の周りの海はどこも大荒れだ。そんなところで船を出しても、転覆するだけさ」
佳鈴はなんだかあまりピンときていないといった感じで隣の愛鈴に顔を向けた。愛鈴も首をかしげるだけだった。″転覆″がわからないのだろうか。教えてあげようかと一瞬思ったが、やめておいた。
「つまるところ、助けが来るなら空からだ。ヘリか何かで山に着地する。だから」
するとそこで、嬰都は大きく息を吸った。そして吐いた。嬰都から離れた所にいる他の人達にとっては、ただ間を取っただけだと感じているだろう。実際そうかもしれない。だけど、麻凛はこの時、初めて嬰都が″弱気になってる″ともとれる行動を見た。
「逆に言えば、二手に分かれて行動、なんてこともできないわけだ。ここで助けを待つんなら全員で待つ」
「そうでないと?」
蓮が訊いた。
「どっちかのグループが取り残される。ここ以外にヘリが救助できる場所は限られてる。この島にはヘリが着地できるようなビルはない」
「…じゃあ、ここで待つしかないってこと?」
めぐが口を開いた。
それを受けた嬰都は、しばらく黙り込んで、再び言った。
「……そうだな」
その声は、元々無気力な雰囲気の嬰都のものとわかっていても、特に気が抜けていたように感じられた。




