【#7】双子は君を燦々と導く。
「まりんちゃん、って言うの?」
「長いからまり姉ってよんでいい?」
双子の小さな女の子───愛鈴と佳鈴は麻凛に興味を示したらしく、彼女が着替えためぐの部屋で、次々と質問を投げかけていた。ちなみに麻凛の制服は畳んでタンスの中に入れてある。めぐも許可してくれた。着ることはもう二度とないだろうが。
「まり姉っていつも何してるの?」
「高校に行ってるんだ。2人もあと8年したら行くようになるよ」
「そこってたのしいの?」
「たまに嫌になる時もあるけど、まあ、楽しいよ」
答えながら、麻凛は困惑した。この2人は本当によく似ていて、右目の下にある小さなほくろまで一緒なのだ。どっちがどっちやら全くわからなかった。
隣のめぐの方に顔を向ける。こちらに気づいたらしく、にっこりと笑いかけてきた。わかってるよ。この双子を押しつけようとしているでしょ。麻凛の口角が少し上がった。
「2人はさ、小学校、楽しい?」
今度は麻凛が質問した。
「うん! たのしい!」
「すっごくたのしいよ! 友だちとおにごっこしたりする!」
即答だった。2人ともその同じ顔に満面の笑みを浮かべて、きらきらした目を細めていた。麻凛は少し羨ましく思った。もちろん、先程答えた通り学校は楽しいが、それはめぐがいたからだ。もし自分だけなら、きっと現在進行形で真っ暗な道を進んでいただろう。
「どーしたの?」
声をかけられ、麻凛ははっと我に返った。愛鈴か佳鈴かわからないが、双子の一人が麻凛の方に身をのりだしていた。
「あ、ううん、何でもないよ」
駄目だ。小さい子の前でこんなことを考えちゃいけない。麻凛は気を取り直して、次の質問を考えようとしていた。どんな授業が好きか。給食は何が好きか。そして、めぐと自分のことはどう思っているのか。
だがそれを口にする前に、双子の一人が言った。愛鈴と佳鈴のどちらかはわからなかった。
「そっか。でもそういえば、まり姉ってどーやってここに来たの?」
その質問で、麻凛は視界が急に歪むのを感じた。あたりが暗くなって、呼吸が一瞬止まった。
頭の中に、つい1時間程前のことが走馬灯のように次々と浮かんでは消えていった。母親の声。背中を叩く水。逃げることも叶わなかった人々の死体。
まずい、これは───。
「大じょうぶ?」
麻凛がその得体の知れない金縛りに圧倒される前に、双子のもう一人の方が声をかけてきた。途端に麻凛の硬直もおさまり、その小さく純粋な声の持ち主の方を向くことができた。
「かお、こわいよ…にっこりして!」
女の子はそう言うと、再びにぱっと笑った。
麻凛はその時、この女の子の顔に、一筋の希望を見いだすことができた。それはまるで果てしない砂漠の中を彷徨う旅人が、脚を震えさせながらもオアシスを発見した時のような、そんな感じに似ていた。
「そーだよ! まり姉、もっと笑ってみてよ! まり姉、全ぜんえがおにならないんだから!」
もう一人の女の子が、じっとその笑顔を見ていた麻凛に向かって手を伸ばしてきた。そして麻凛の口の両端に触れると、くいっと上げた。
「うわっ!?」
驚いて反射的に身を引いてしまった。しかし女の子二人はまだ手を伸ばし、麻凛の口角を上げようとしている。
「こ、子供って……すごい!」
いろんな意味で、麻凛はこう言わざるをえなかった。
「そうだよまりん、子供はすごいんだよ」
すると今度は後ろから、めぐの声が。顔を上げた。
「ほらっ、こんな風にねっ!」
言うやいなや、めぐは双子と同じように、しかし目にもとまらぬ素早い動きで麻凛の口の両端をつまみ、ぐいっと上げた。しかし今度は……力が比べものにならなかった。
「痛い痛い痛い! めぐ! やめて!」
「やめないよー!」
二人は気がつかなかったけれど、双子はそれを博物館の展示でもながめるような目で見ていた。そしてお互いに顔を見合わせ、再びふざける高校生達の方を向くと。
「「あははははは!」」
部屋いっぱいに響き渡る声で笑った。いや、部屋どころか一階まで聞こえるのではないかという笑い声だった。
麻凛はそれを見て、きょとんとしたような顔で再びめぐを見上げた。めぐも同じような顔をして、いつの間にか麻凛から手を離していた。
でも、これがなんだか、おかしくって、おかしくって。
「「ははははは!」」
高校生二人も、目の前の双子と同様に、笑い声を出し始めた。もう暖河亭の隅々に至るまで響き渡っているのでは、と思った。
「ありがとう、愛鈴ちゃん、佳鈴ちゃん……」
目尻に浮き出た涙を拭き取りながら、麻凛は二人に感謝を告げた。この涙は多分笑いすぎたせいだろう。そうに違いない。麻凛は双子の一人の方に顔を向けた。まだ楽しそうに笑っている。確かこちらは───。
「……愛鈴ちゃん」
「かりんだよ!」
そうしてまた笑いの渦が巻き起こった。
すると、後ろで見ていためぐが唐突に立ち上がり、3人から遠ざかるように歩いた。タンスに向かっていると麻凛にはわかった。
「確かに2人とも似すぎてるからね……だからさ、2人にプレゼントあげるよ!」
その時は言っている意味が分からなかったが、彼女が薄桃のタンスの奥から何かを見つけると、こちらを向いた。どちらも深い、赤と緑の布を両手に持っていた。双子が好奇心旺盛に待っていた。
「はい、マフラー! どっちの色がいい?」
双子はその質問にこたえず、めぐの元に駆け、その2つの布───マフラーをじっとながめたりそっと触ったりした。2人の目が、さらに輝きを得ていった。
「赤!」
やがて双子の片方が開口した。そしてもう一人の希望を待たずして赤いマフラーを手に取り、両手に持ってしばらくながめると、外にも出ていないのにおぼつかない手で首に巻き始めた。しかしうまく巻けず、顔がマフラーで隠れてしまった。最終的にはめぐが手伝い、小学校低学年とは思えないほどおしゃれな感じになった。その女の子は誇らしげに笑んだ。
「わたしも!」
それを見たもう一人の方もめぐに求め、めぐが彼女の方に体を向けた時。
ドアが、キィ、と開く音がした。そして一呼吸置いて、「麻凛ちゃんじゃないか!」と少し落ち着きのある声が聞こえた。
振り返ると、そこには白いワイシャツを着た男の人が立っていた。歳は40くらいだろうか。しかしどこか落ち着きのある顔をしていて、麻凛は少し見とれた。
「無事だったんだな。よかった」
しかし後ろでめぐが言った。それでようやく思い出した。
「ちょっとお父さん! 勝手に部屋入ってこないで!」
「いや、すまん、ちょっと用があってな……」
「めぐのお父さんですか。お久しぶりです」
めぐの父親は暖河亭のオーナーだ。といっても、本人はいつも、客に出す食事の材料の仕入れなどで本州の方に行っており、実際は母親が取り仕切ることが多いらしいが。それで、麻凛が遊びに来ていた時にめぐの父親がいたことは一度も無かったはずだ。
「しかし大きくなったなぁ。前会った時はこんなに小さかったのに……」
それで麻凛は首をかしげた。そう、さっき言った通り、麻凛が遊びに来ていた時にめぐの父親と会ったことは一度も無い。しかし今の発言からすると……自分は小さい頃にここに来ていたのだろうか? 物心もつかない頃に?
「……で、お父さん、用って?」
だが、麻凛が何か言う前にめぐがしびれを切らしたように口を開いた。いつもの声だが、ちょっととげがあるように思えた。
「ああ、すまんすまん」
それで父親は再び麻凛に視線を向けた。
「君も見ただろう。外はあんな感じだ。うちは幸いにも高い場所にあるから水没してないが、他の家は水の下に沈んでしまったところもあるらしい。だから、うちの客の他にもうちに逃げてきた人たちもここにいる。そこにいる愛鈴ちゃんと佳鈴ちゃん、蓮くん、そして君だ」
そこまで言うと、彼は今度は全員に呼びかけるように言った。
「どうだろう。みんなで顔合わせでもしないか?」
「「する!」」
まず反応したのは双子だった。どうやら赤のマフラーが愛鈴、緑のマフラーが佳鈴らしい。あと、麻凛は自分以外の人は既に顔見知りになっているものだと思っていたため、ちょっと意外に感じた。
「じゃあ、わたしも行こっかな」
次にめぐが腰を上げた。こちらは何か客とはすでに顔を合わせているような様子だった。
「じゃあ、私も行きます」
そして、麻凛も立ち上がった。
「オーケー。じゃあ、こっちに来て」
めぐの父親はそれだけ言うと、ドアを開けて歩いていった。そしてそれについて行くように、双子がドアを通り抜ける。
「ほら、めぐ姉とまり姉も!」
佳鈴が振り返って叫んだ。愛鈴もこちらを向いていた。それはまるで、導いているようだった。この絶望に立たされている自分を。
「うん!」
麻凛とめぐは、2人について行った。その小さな先導者達に。




