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ミズバシラ  作者: 高瀬凪
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【#4】その人も隣の君に思う。




嬰都のボートはゆっくりではあるが再び動き出し、着々と暖河亭に向かっていた。ボートの上は沈黙に包まれており、それぞれが別々のことに思いを馳せていたのかもしれない。

麻凛は安心していたとはいえ、まだ傷心したままだった。母親が2階に上がってきている雰囲気はなかった。父親は少し離れた診療所で診察をしている。診療所は、水野家よりも海抜が低い。きっと今は水野家と同じく水の下に沈んでいるだろう。

すると、隣のレンが腰を浮かせて座り直し、びしょ濡れの麻凛の方を見た。

「大丈夫? 寒くは……ない?」

「大丈夫だよ」

「そっか。ならよかった」

そして、少しの間沈黙が流れた。麻凛はレンの方を見てみた。やや上を向き、空のどこかを見つめていたように思えた。

しばらくして、またレンが口を開いた。

「ごめんなさい」

「えっ?」

麻凛は反応した。何と言ったのか分からなかったというのもあったし、そもそもなぜ、という理由もあった。

「あ、嬰都さん、口は悪いけど、本当はいい人なんだ。でも、その……嬰都さんの言葉で……傷ついてないかなー、って……」

「ううん。大丈夫だよ。むしろ感謝してる」

「そっか」

そこでまた、沈黙が流れた。

麻凛は不思議に思った。レンも自分のことを思ってくれているのはわかる。心配してくれているのはわかっているのだが、嬰都とやりとりをしている時と比べて、声がぼそぼそとしていて、ちょっとだけ低くなっているように聞こえた。いくら心配してくれているとはいけ、まだ他人に過ぎないということか。

……。


入学式の時だった。

島から通学していた麻凛達にとって、本州の海辺の高校という場所はひどく落ち着かないところだった。周囲の生徒たちは出身中学校ごとにテリトリーを作り、話題のあのスイーツとか、好きな俳優が結婚したとかを話していた。その笑顔を覗き見るたび、もやっとした何かが麻凛の頭を包んだ。

その時、隣のめぐが動いた。

「ねえ、何話してるの?」

彼女はその教室の隅の方で集まって話していたテリトリーの中の一つに突っ込んでいき、口を開いていた。いつもの笑顔だった。それは、麻凛がいつも隣で見ている笑顔だった。

最初は突然の乱入者に戸惑っていた彼女達も、めぐの話題の振り方か、それともその無垢な笑顔の影響か、やがて氷が溶けていくように打ち解けていった。

その時のめぐは、麻凛にとって絶大な力を持つ神であり、慈愛にあふれた天使であった。こういう人が自分の友達でいいのだろうかとさえ思った。自分には到底できないことを簡単にしてのけるめぐが、自分とは違う世界の人間に見えた。

「麻凛!」

すると突然、めぐの高い声が麻凛の名を呼んだ。見ると、5,6人くらいの集団の中のめぐが手を振っていた。こっちに来い、という意味だろうか。めぐの周りに、初めて見る、しかしとても魅力的な顔を持つ少女達がいる。全員、めぐと同じような笑顔を浮かべている。

麻凛は口を開いた。


そうだ。

たとえ他人のような状態でも、めぐは自らその他人の手を掴みに行ったじゃないか。そうしないと友達はできない、と示してくれたじゃないか。そして今、同じような状況に立たされている。これは試練だ。麻凛はそう思い込むことにした。自らの濡れた、しかしその水分はほとんど蒸発していた右手を見、そしてぎゅっと握りしめた。

「……レンくんは、どうやって嬰都さんと会ったの?」

麻凛は言葉を投げかけてみた。舌が少しもつれた。レンに上手く伝わったか不安になった。

しかしどうやら聞こえていたらしく、隣のレンは麻凛をじっと見ていた。多分5秒くらい。その後はやけにあちこちに視線を移した後、下を向いて喋り始めた。

「……中学校から友達と帰ってきたんだ。僕はその時、沿岸の道路を歩いてた。友達と一緒に。その時に、『あれ』が来た」

「あれ」が麻凛を襲った水だということはすぐにわかった。声はさらに小さくなっていたが、麻凛は気にしていなかった。それよりも、彼の境遇を深く理解しようと思っていたのだ。

「僕は3人の中で海から一番離れたところを歩いていたから、近くにあった自転車でぎりぎり水から逃れることができた。でもあの波は見た感じ人間が走る速度より速かったから、2人がどうなったのかは……わからない」

生きているかどうかわからない。それがどれだけ残酷な現状かは、麻凛が一番理解していた。麻凛は深くうなずいた。

「それで、自転車でとにかく高いところに行こうとしたら、いつの間にか山の中にいたんだ。そして、暖河亭にたどり着いて……お客さんらしい人たちも従業員も無事だった。でもその時に、嬰都さんに会って、来いって言われたんだ。何でかは分からなかったけど、とにかく、長髪の女の子を見つけたら言えって言われた。そして、あなたを見つけた」

そして、今に至る、ということか。

「……後悔してる。友達を助けられたんじゃないか、自分が代わりに死ぬべきだったんじゃないかって……」

そしてまた落ち込んだのか、彼は下を向き、麻凛から彼の顔が見えなくなってしまった。麻凛はそれで、また陰鬱な気持ちになった。しかしそこで、めぐの顔が浮かんだ。

麻凛は再び口を開いた。

「……でもさ、友達が死んだって決まったわけじゃないんでしょ?」

「……うん……でも……」

「だったらさ、探してみようよ。大丈夫だよ。レンくん、私を助けられたんだから、その2人も助けられる。うん、きっと大丈夫」

そして麻凛は、かつてめぐがやっていたように笑顔を作った。それはめぐの物に似ても似つかぬ物だったと思う。しかしレンは、麻凛に顔を向けると、少し安心したようで、温和な顔になった。

「……ありがとう」

麻凛は希望の糸をのぼっていた。そうだ。こうすればいい。めぐは自分に何度も手本を示してくれていた。今度は自分がそうする番だ。

「僕は新見にいみれん。中学校に通ってるんだ。……よろしく」

麻凛はさらに笑んだ。

「私は水野麻凛。よろしく!」

高校に通っていることは言わなかった。だって、そうしたら、蓮がまたたじろぐ……かもしれない……から。

「おい、もう着くぞ」

するとずいぶん久しぶりに、低いやる気のなさそうな声(そう言ったら失礼だが)が聞こえてきた。嬰都だ。こちらを振り返り、向こうを指さしている。

嬰都の指の先をたどると、沈んでいるとはいえ、水面上にまだまだ高くそびえている山の、その着岸地点が近づいていた。

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