風鈴の鳴るころに、
十二月に入って、去年から出しっ放しにされていた我が家のクリスマスツリーは、活き活きとし始めた。
ずぼらな母は四季ごとの趣きというものにいっそうの頓着がなく、家の中には季節感のメリハリがまるでない。炬燵と扇風機が共存しているくらいには、四季がごちゃ混ぜになっているのだ。
窓辺に吊るされた風鈴もその一つである。
今年の夏からやってきたその音色は、うだるような暑さに微かなやすらぎをもたらしてくれた。
しかし、沈みゆく残暑の中に秋の深まりを感じながら、風鈴は次第に風情を失っていった。
本格的な冬を迎える今では、洗濯物を部屋干しする母とぶつかって音が鳴るくらいだ。
もはやその音に心がやすらぐだとか、寒さを助長させるだとか、あるいは単に鬱陶しいなんてことすらも思わない。時折、か細く申し訳なさそうに鳴っては、「まだあったんだ」と二秒後に忘れられるくらいの存在になっていた。
さすがに少し可哀そうに思えて、母に尋ねたことがあった。
「それ、片付けないの」
「どうせ来年も使うでしょ」
母は一切取り合う気を見せなかった。私にしても、それもそうかと納得していた。
いつから置いてあるのかも分からないひび割れた鏡餅、途中までめくられた日めくりカレンダー、一円も入っていない豚の貯金箱。片付けるというのなら、風鈴よりも優先される物がたくさんある。
季節はそれと分からないほどゆっくりと流れていき、一過性の寒波みたいな思いは時と共に忘れていった。
その間にも、物は増えていった。
正月を過ぎてから買った小さな門松と、お内裏様だけのひな人形が並んで飾られている。
ソファに寝転がりながらスマホをいじっていると、ふいに冷たい風が首をさらった。
窓を見るとカーテンの裾が忙しそうにはためいていた。
屋根を降りる水滴に陽気を見て、日中は窓を開ける機会が多くなっているらしい。
また風が吹いた。
思い出したように、チリンチリン、と音が鳴る。
それは夏の涼し気な一幕でも、季節に取り残された嘆きでもない。
新たな役割とたしかな趣きを感じさせる音色であった。
私は、なるほど、と妙に納得していた。
風鈴の鳴るころに、冬は終わりを告げるのだ。




