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婚約破棄された人質令嬢は、竜王に攫われる

 ……ああ、始まってしまった、って私は思ったの。


「ウィレミナ・アシュクロフト! お前とは婚約破棄だ!」


 婚約者であり、この国の王太子である殿下の言葉に、周囲は同調する雰囲気が流れている。ここに私の味方はいないのだと気づき、私の体は小刻みに震えた。

 

 私が今いるのは、学園の最終学年で行われる社交パーティ。このパーティは卒業前に行われ、これから成人し、社交界へと足を運ぶ事になる学生たちの練習の場として、毎年学園が開催している。

 パーティ自体は順調に進んでいた。殿下と共に会場入りし、周囲から冷たい視線を浴びながらも心を奮い立たせて参加していたのだ。

 だから、まさか……最後の最後、殿下の閉会の言葉。この時に、婚約破棄を告げられるとは思っていなかったのだ。


 殿下の言葉と同時に、私の周りにいた人たちは距離を取った。様々な視線を浴びながら、私はただ立ち尽くすしかない。

 私の虚を突いた事に満足げな表情をした殿下。彼はまるで演説でもするかのように、私たちに向けて話し始めた。


「まず今回婚約破棄を突きつけた理由だが、そもそも君は伯爵令嬢だろう? 何故王太子の妃に伯爵令嬢が選ばれるのだ?」

「それは……」


 私がある方と婚約するのを阻止するためだろう、と言うのは知っている。けれども、この話はある方から他言無用だと言われてしまった。それが知られてしまうと、私の命に関わるためだ。

 だから私は口を噤むしかなかった。

 黙った私に殿下は、鼻で笑いながら続ける。


「容姿も平凡、能力も平凡ときた。陛下は『この女に利用価値がある』と仰っていたが、私はそう思えないのだよ。皆はどう思う?」


 殿下の言葉に、周囲の者たち全員が無言で頷いたように感じる。学園でも私は常に嫉妬や蔑みなどの視線を受けてきた。時には、高位の令嬢に「婚約を辞退しなさい」と言われた事もあるし、嫌がらせを受けた事もある。

 王子妃教育の教師からは他の令嬢と比較され、常に叱責されていた。王命ゆえに、私は王子妃にふさわしい努力を積み重ねたが……結果は、このとおりだ。

 

 正直言えば、私だって婚約破棄が出来ていたら、すぐに両親にお願いしていただろう。

 国王陛下の命令だから、辞退できないだけで。

 

 それなのに……いつの間にか、私がこの婚約をねだって手放さないという話になっていた。いくら私が「国王陛下の命なので」と告げたとしても、取り合ってもらえない。たかが伯爵家が王家の決定を覆す事などできないのに。

 周囲はそれを知っていて、蔑ろにされている私を面白おかしく嘲笑するのだ。


 結局、改善できないまま今に至ってしまったけれど……。


「お前は最初から私と性格が合わないんだ。何故地味なお前を私が娶らなくてはならん。それであれば、彼女の方が私に相応しいだろう?」


 そう言って殿下は視線を私から左側へと向ける。視線を向けられた彼女は、堂々とにこやかに殿下の前へと歩いていった。

 満面の笑みで……少し得意げな表情なのは気のせいではないだろう。もし私が婚約していなければ、殿下の婚約者の最有力候補となっていた方。そして殿下も彼女に寵愛を向けているのだから。


 一部の隙も、狂いもない所作。

 

 彼女に会場の全員が見惚れている。殿下は周囲……特に令息からの羨望の眼差しを受けて満足げだ。


「皆も知っているだろう? 彼女はショーナ・ジョイス公爵令嬢だ」


 彼の愉悦を含んだ言葉に呼応するかのように、この茶番を見学していた者たちが声を上げ始めた。特に右隣から楽しそうな声が耳に入る。


「やはり、ショーナ様が殿下の隣に相応しいわね!」

「コートニーのお陰よ! ああ、殿下とショーナ様が並ばれると、後光を感じるわ……」

「いえ、私は何も……」


 チラリと声の方を見ると、コートニーと呼ばれた令嬢が顔を両手で隠していた。すると、彼女が私へと顔を向けているではないか。そして私へ微笑んだ。

 その笑みは私を馬鹿にしている……という類のものではなく、むしろ――。


「だからこの場でもう一度宣言する!」


 しかし真意を確認しようとする前に、殿下の声に気を取られてしまう。再度コートニーの顔を確認しようとした私だったが、それより前に殿下の言葉が続く。


「ウィレミナ・アシュクロフト。貴女との婚約は、ここに正式に破棄されるものとする。この場にいるすべての者が、その証人だ!」

 

 そう殿下が言い切ると、場内から歓声が湧き上がった。まるで自らの言葉に酔いしれるかのように、殿下はその喝采を全身で浴びている。きっとこの瞬間を、ずっと待ち望んでいたのだろう。


 ……そうね、私も……待ち望んでいたのかもしれない。


 この国を支えたいという想いを持ち、好きな人へと嫁ぎたいという想いを胸中にしまって生きてきた。

 だから殿下が「婚約破棄だ!」と告げた時、「始まってしまった」と思ったけれど……私は心の中で願ってしまったのだ。

 

 また、()()()の隣にいたい、という事を。


 殿下は私を貶めるような言葉を次々と楽しそうに吐いている。その隣にいる公爵令嬢も、殿下の行いが正しい事であると言わんばかりに、満面の笑みだ。


 私は静かに目を瞑る。今までの努力を全て否定されたようで……。確かに至らないところはあった。けれども、王命でこちらから婚約を白紙にする事ができないのに、私はどうしたら良かったのか。

 いえ、私は皆の憂さ晴らしの道具でいるよう強制された存在だったのよね、きっと。

 

 暴言を一心に浴び、黙っていた私。ふと気がつくと、あれほど響いていた声が静まり返っていた。

 

 私を取り囲む人たちが怯えた表情をしている。何が起きたのだろうか……と首を傾げると、私の肩に誰かの手が置かれた。

 

「ふむ、その言葉、忘れるでないぞ?」


 声を聞いた瞬間、沈んでいた心が温かくなった。

 

 私が、今、一番、聞きたかった声。

 そして、一番、好きな人。


 顔を上げて後ろを見ると、そこにいたのは懐かしい顔。

 

「エヴァン?」


 そう私が声をかけると、エヴァンは私に顔を向けて優しく微笑んでくれた。

 


「お、お前は誰だ!」


 いきなり現れた身元不明の人物に、殿下は狼狽えている……エヴァンの圧に耐えられないのだ。

 エヴァンは私を後ろへ隠すように、前へと出てから周囲を睨みつけた。

 殿下だけではない。ショーナ様も、周囲の学生たちも……全員が彼の威圧に涙目である。……いえ、一人だけ平然としている人がいたわ。コートニーさんね。エヴァンは殿下に不審者扱いされたからか、眉間に皺を寄せた。


「はぁ? 俺を知らないだと? この国の王太子はどんな教育を受けているんだ?」


 エヴァンの侮蔑まじりの言葉に、殿下の顔がみるみる赤く染まっていく。彼の言葉で怒りが一気に沸き立ったのようだ。苛立ちを隠そうともせず、視線が鋭さを帯びていく。


「お前こそ、どんな権限があってこの場にいる? それにその言葉遣いはなんだ? 私はこの国の王太子だぞ!」


 顔を真っ赤にして叫ぶ殿下。それを見たエヴァンは鼻で笑った。

 

 「さすが、俺の番であるレミナを人質に取った男の息子だな。権力を振りかざすあたり、父親そっくりだ」


 エヴァンは、愉快そうに殿下を煽る。


 ……エヴァンが怒っている、私はそう思った。


 他の人はエヴァンが殿下をからかっているだけに見えるだろう。けれど言葉の端々に苛立ちが混じっている。それに……顔には笑みを浮かべているエヴァンであるが、目が笑っていない。

 長いあいだ押し殺してきた怒り――それを必死に抑えているように、私には見えた。その姿が、どこか痛ましく思えてしまう。


 エヴァンの言葉に、殿下が叫ぶ。

 

「どういう事だ?!」

「お前の父親はな。レミナが竜王である俺の番だと気がついてから、すぐにお前との婚約を命じたんだ。俺の番がこの国の王妃でいれば、俺を縛れるだろうと思ったのだろうな。……はっ、馬鹿馬鹿しい」

「竜王の……番?!」


 エヴァンの言葉に、周囲からは阿鼻叫喚の声が上がる。

 

「ねぇ、竜王様ってあのヴァルドラーク竜王国の……?」

「あのお方が……一人で千人の騎士団を壊滅させたという、あの伝説の?!」

「ちょっと待て……竜王様が“あの女”を『番』と?」


 私を「あの女」と言った令息に、エヴァンは視線を向ける。その視線には一番強い威圧が乗っていたのか、その令息の周囲の者たちは身動きひとつ取れず、その場で崩れ落ちた。

 さすがにこれ以上は良くない、そう思った私はエヴァンを落ち着かせようと、掴んでいた服を引っ張る。

 その瞬間、周囲に放っていた圧は一瞬で消え、満面の笑みのエヴァンが立っていた。


「レミナ、どうしたんだい?」

「エヴァン、私は気にしていないわ。放っておきましょう?」

「しかし……」


 渋るエヴァンに私は微笑んで告げた。

 

「私は貴方に会えたのが嬉しかったわ。だって、もう二度と……会えないかと思っていたから。貴方に会えるのが、夢みたい……」


 最初は私の言葉に呆然としていたエヴァンだったけれど、私が微笑むと花開いたような美しい笑みが返ってきた。

 

「……俺もだ!」


 その瞬間、懐かしい温もりを感じた。エヴァンに抱きしめられたのだ。

 国に尽くすため、私は彼に対する全ての感情を心の奥底に仕舞い込んでいた。でも……もう隠さなくて良いのだ。こんなに嬉しいことはない。


「ずっと……ずっと会いたかったわ、エヴァン!」

「遅くなって済まなかったな」


 誰かが息を呑む音がする。目に入った殿下も、目を大きく見開いて呆然とこちらを見ている。あの方は私が好意を持っているとでも思ったのだろうか……? もしかして泣いて縋るとでも思っていたのかもしれないわね。

 殿下のせいではない、とはいえ……あれだけ蔑ろにされたら流石に好意は育たないと思うのだけれど。


 そんな事を考えていたら、エヴァンに見透かされてしまったらしい。


「何か心配な事でもあるのか?」

「いいえ、些細な事よ。もうどうでもいいわ」


 微笑みあった私たちは抱きしめ合う。しばらくの間、私たちは周囲に学生がいる事も忘れて、お互いの温もりを感じていた――。


「竜王の番が……この女、だったと……?」


 私たちは殿下の呟く言葉で我に返る。いけない、この場所は私たちにとって敵地ど真ん中。いくらエヴァンが強いからと言って、また私を人質に取られてしまう可能性もある。

 まぁ、大丈夫だとは思うけれど……。


 講堂の扉が大きな音を立てて開く。そこには、走ってきたのだろうか……息を切らした陛下が立っている。陛下は私とエヴァンが共にいるのを見て、一瞬顔をしかめた。


「竜王よ、その娘……ウィレミナは、我が息子の婚約者でございます」


 陛下が「竜王」と告げた事で、全員がエヴァンを竜王だと完全に理解したのか、呆然とことの成り行きを見守っている者が大半だ。既に彼らは私の価値というものに気がついたのだろう。けれども、もう遅い。

 

「婚姻証明書もここに――」


 その瞬間、陛下が手にしていた証明書が砂となって消える。彼が使用した婚姻証明書……あれは古代魔法が使われている。契約が無効になった場合、証明書自体が砂となって消えるのだ。


 この婚姻証明書が無効になるには、ふたつの条件がある。一つ目は、一方が婚約破棄を宣言する事。もう一つは、その瞬間を見届ける証人がいる事――。

 もし殿下が「婚約破棄だ!」と言っただけであれば、婚約は無効にならなかった。

 わざわざ彼が「この場にいるすべての者が、その証人だ!」と学生たちを証人として扱ったからこそ無効になったのだ。


 証明書が砂となる様子を、陛下は信じられない物を見るような目で見ている。


「ば、馬鹿な……この証明書は、厳重に……!」

 

 陛下はまるで自らの権威までもが崩れていくように見えているのかもしれない。彼の手から証明書が消え去ると、力が抜けたのか膝を付いた。


「残念だったな、国王よ。先程お前の息子が、婚姻証明書を無効にしてくれたぞ」


 エヴァンはニヤリと唇を吊り上げ、殿下を指差す。その言葉で自分が到達する前に、この場で何が起こったのかを察したらしい。

 目を釣り上げた陛下は、壇上にいる殿下へと顔を向けた。


「余計な事をしてくれたな!」


 怒声が場内に轟いた。

 

「父上……? ですが、伯爵令嬢よりも――」

「黙れ馬鹿者!」


 国王の怒りは、もはや言葉にすらならないほどだった。


「すべては、我が国の未来のため……私の天下を盤石にするための秘策だったのだ! それを台無しにしおって……!」


 その言葉に殿下は目を見開く。常に彼に対して微笑んでいた陛下の変わりように驚いているようでもあった。そのとき、エヴァンが静かに口を開く。


 「そうだな……」


 エヴァンは陛下をまっすぐに見据える。


「幼い頃、俺とレミナが顔を合わせていた事も把握していたのだろう? そして俺が正式に婚約の申し込みをする前に、王太子の婚約を申し込む事で先手を打った」


 彼の声色が段々と低くなっていく。


「だが、番の気持ちを蔑ろにして婚姻を結んだとしても力は引き出せない。両者が思い合い、合意する事が大事なのだ。その上で竜王は番と契ることで、本来の力を引き出す。それは周知の事実だろう? その隙をつかれたのだ」


 場内が静まり返る。

 そう、エヴァンと私は幼い頃から親交を深めていた。エヴァンの優しさに触れていた私は、彼と婚約できる日を待ち望んでいたのよ。

 婚約するのも私が成人になってから、と言われたわ。

 

 理由は、竜王の番って暗殺者に狙われるからよ。

 エヴァンの力を削ぎ落とそうとする者がいるの。それで一番手っ取り早いのが、番である私を亡き者にする事。だから迂闊に婚約を結ぶ事もできなかったの。婚約を結ぶと言うことは、周囲に公表しなくてはいけないからね。

 婚約を公表しても、エヴァンと共にいる事ができれば良かったのだけれど……ここで、我が国の法律に足を引っ張られてしまったの。

 成人未満の者がもし一人で国外へ向かう場合は、陛下の許可を得なくてはならない、という事。

 そしてエヴァンが言うには、婚約する事自体、私に何らかの負担がかかってしまうらしい。だから成人になるまで、婚約は待つという話になっていたのだけれど……そこに横槍を入れたのが、陛下だったのよ。


 全員の視線は陛下へと注がれる。

 静寂が支配する中、エヴァンの地響きのようなうなり声が会場に響き渡った。


「彼女を殿下の婚約者として拘束し、いずれはこの国の王妃に据えることで、俺から番を引き離し、力を削ごうとした。……随分と姑息な手だな。まあ、裏から手を回した者もいるようだが」


 静かに語るその声に、怒気が滲む。そして恐怖に呑まれたらしい陛下は、気が抜けたかのように膝を床について、その場にへたり込んだ。

 ……国の頂点に立つ者の様子を見て、誰もがエヴァンを止める事ができないと悟ったようだ。


 エヴァンは周囲を一瞥してから、私に微笑んだ。

 

「もうレミナを縛るものはないな?」

「ええ。ここに未練もないわ」

「それなら、我が国へ行こうではないか」


 そう言われた私は頷き、殿下に背を向けた――すると。


「……本気で、本気で俺を好きではなかったのか……?」


 か細い声が後ろから聞こえる。静まり返っていたからこそ、私の耳にも届いたのだろう。後ろを振り向くとそこにいた殿下は、まるで血の気が失せたかのように青ざめていた。

 今まで手の上にあったモノが離れていくのが寂しいのかしら? まるでお気に入りの玩具を取られてしまった子どものような表情だ。

 

 殿下は「縋る姿が見たくて……」「謝れば許してくれるだろうと……」と呟いている。

 

 「何を今更」と噛みつく寸前のエヴァンに私は声を掛けてから、殿下へと向き直った。

 

「殿下……私が殿下を『好きだ』と申し上げたことなど、一度でもございましたか?」


 エヴァンへの想いを封印した後、私は殿下と一緒に歩むため、少しでも仲良くなりたいと歩み寄っていたのよ。それを無碍にし続けたのは、殿下なの。

 顔を合わせれば容姿のダメ出し、人格否定……それが私のため、であるのなら多少なりとも我慢できたけれど、愉悦の表情が浮かんでいる時点で限度は超えていたのよ。

 結局、殿下に倣って真似する使用人たちが増え、嫌がらせは続いたのだけれど……それを諌めずに楽しんでいたのは殿下じゃない?


 そんな人を好きになると思うのかしら?

 

「殿下との婚約は国王陛下のご命令によるものです。私は伯爵令嬢ですから、それに異を唱える事などできるはずもないでしょう? それとも殿下は、顔を合わせるたびに否定されても、相手に好意を抱き続ける事ができるのでしょうか?」


 殿下が黙って下を向いてしまったので、私は周囲の人たちへと視線を向けた。私の言葉に彼らも気まずく感じたのか、顔を伏せる。

 彼らにも思うところはあるけれど……まぁ、今後色々あるでしょうから、頑張ってほしいわ。


「では皆様、ごきげんよう。この国に、変わらぬ栄光と安寧がありますように」


 私はその場で叩き込まれたカーテシーを執る。そして顔を上げて皆の表情を見る前に、エヴァンによって連れ去られたのだった。



 竜の姿へと変身したエヴァンに乗って、ヴァルドラーク竜王国の王都へとたどり着いた私。お城の応接間で迎えてくれたのは、私の両親だった。

 

「お父様! お母様!」


 何度も両親の無事を確認した私は、二人に抱きついた。あのまま王国にいたら、二人が次は人質に取られていたかもしれない。

 両親は領地を持たず、宮中伯として王宮に仕えていたのでとても心配していたのだ。

 

「竜王国との親交派の方達が私たちを逃してくれたのさ」

「親交派の方が?」


 王国には竜王国と手を取り合おうと考えている親交派という派閥があった。その派閥の貴族が、風向きが変わったと感じて、先に逃がしてくれたと言う。

 婚約破棄をされている間に、両親はひと足先にこの国へと来たのだそう。

 屋敷はエヴァンが古代魔法を利用した結界を張ってくれたらしいので、エヴァンと私と両親は、屋敷に入る事ができるのだとか。それ以外の者が結界に触れると、手が火傷したように痛くなるらしい。


「レミナのご両親にはこちらの王城で勤めてもらおうかと考えている。我が国は竜王国ではあるが、様々な種族が暮らしているからな」

「エヴァン、ありがとう!」

「これくらいはお安いご用だ」


 屋敷についても、親交派の貴族の方が手を回しているとの事。落ち着いたら荷物を取りに行くことになった。エヴァンへとお礼を告げていると、扉から入ってきた女性がいた。

 髪は短く肩の上まで切り揃えられ、軍服を着ている。どこかで見た事がある方だと首を傾げていると、彼女と目が合った。そしてにっこりと微笑まれる。

 その笑顔で分かった。


「あなた、もしかしてコートニーさん……?」


 私の言葉に目を丸くするコートニーさん。そして――。

 

「はい、竜王様の命で学園に潜入しておりました。学園ではコートニーと名乗っておりました」

「よく分かったな。彼女の変装は、見破られないと有名なのだが」


 魔法を使用して声や肌の色を変えているらしい。確かに今の彼女はスラリと背が高いけれど、社交パーティの時はもう少し小柄だったような気がする。


「そうですね、私も半信半疑でしたが……笑顔が同じだったので」

「「えがお」」


 私の言葉に、エヴァンとコートニーさんは思わず顔を見合わせた。しばしの沈黙ののち、ふたりの間に柔らかな笑いがこぼれる。

 

「私の変装が笑顔で見破られるとは……お見それいたしました、ウィレミナ様。そして陛下、差し支えなければ、この場で任務のご報告をさせていただいてもよろしいでしょうか?」

「いいだろう」

 

 許可を得たコートニーさんの報告は、私たちが去った後の事だ。婚約破棄を告げた殿下は、生気が抜けた状態で謹慎しているらしい。本当に、どうして私が殿下の事を好きだと勘違いしていたのかしら……。

 

「『いつも何を言っても笑顔で受け止めていたから、自分の事を好きなのかと思っていた』だそうですよ?」


 コートニーさんが教えてくれたのだが、その理由に私は唖然としてしまう。

 いや、笑顔なんて礼儀じゃない。王子妃教育では「常に笑顔でいるように」と言われていたし、殿下との交流でも私の一挙一動が見られていたのよ。そこで表情を崩したら、また教育係に何時間もお説教されるの。

 きっと殿下は私の上っ面だけしか見ていなかったのね……と思っていたら、眉間に皺を寄せたエヴァンが呟いた。

 

「あの者はレミナの心からの笑顔を見抜けなかったのだな」

 

 ああ、きっとエヴァンの言う通りなのだろう。ショーナ様の事も、もしかしたら装飾品を選ぶような感覚だったのかもしれないわね。


「そしてあちらの国王陛下の処遇ですが、この度の失態を親交派に追求され、早急に王弟殿下への王位の譲渡が決定いたしました」


 コートニーさん曰く、殿下と私の婚約については国王陛下をそそのかした人物がいたのだとか。この度の件でヴァルドラーク竜王国の敵対国から潜り込んだスパイだった事が証明でき、彼を秘密裏に捕縛する事ができたのだとか。


「……その者の処遇は我が行おう。我らに手を出した事、後悔させてやろうではないか」


 そうエヴァンが告げると、コートニーさんは頭を下げた。


 他国のスパイに(たぶら)かされた国王陛下の処遇も決まっているらしい。この度の件をもって、陛下は王位を王弟殿下へと譲渡される事に決まる。

 王弟殿下は元々親交派に所属していたとの事。頭をすげかえるだけで、やらかしについてある程度許容してくれるようだ。

 王位の譲渡を拒否する陛下を見て、陛下を支持していた側近たちも流石に頭を抱えたらしい。


 彼らも改めてエヴァンの力を理解したようだ。


「これで我が国にちょっかいをかける者もいなくなるだろうな。よくやった」

「ありがたき幸せ」


 そう言って報告を終えたコートニーさんは扉から出ていった。王国での心をすり減らした日々が嘘だったかのように、今私の体は軽い。

 あの国ではきっと私の体の自由を奪われていたのだ。

 

 氷のように固まっていた心が少しずつ溶けていくような感覚。今の私は幸せだ。

 そう思ったのと同時に、エヴァンと視線が交わった。彼の眉尻が少し下がっている。


「幻滅したか?」


 いきなり訊ねられて首を傾げる。

 よく話を聞くと、殿下に私との婚約を破棄させるためにコートニーさんへ裏工作を指示していたらしい。コートニーさんがこの場所に現れた時点で察してはいたけれど……エヴァンが正直に聞いてくるところが私は好きだ。

 

「ううん、きっと結婚したとしても……あの関係は破綻していたわ。むしろ救い出してくれてありがとう」


 私の言葉に驚いたのか、目を大きく見開くエヴァン。そしてすぐに微笑んだ。


「レミナを手に入れるためならば、手段は問わん」


 私は愛されている。その思いを一心に受け止めた私は、今までで一番幸せな笑顔を見せた。


 ――彼となら、どんな未来でも歩んでいける。そう、心から思えた。

 お読みいただきありがとうございます!

今回の短編も、婚約破棄をテーマに執筆しました。

楽しんでいただければ嬉しいです。


評価やブックマークなどもお待ちしております。


また、現在執筆中の長編「薬師の弟子シーナ」も、9月頭頃には完結まで公開できそうです。

そちらも是非ご覧ください。

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