0?
ギギィガガイィイギギガガギィガガガ──!
船が壊れもげそうな振動のなか、セリはぎゅうぎゅう抱きしめたポポの髪に顔を埋める。
「……ポポ」
ほんとに、死んじゃう。
抱きしめる腕も、名を呼ぶ唇も、ふるえてる。
「……俺のせいで」
ポポは宇宙に出たくなんてなかったかもしれないのに。
はじめての友だちを殺してしまう。
あふれる涙と抱きしめるセリの背を、ちいさな手が抱いた。
「セリと一緒なら、こわくない」
しずかな、やさしい声だった。
ガウゥン──!
大きく揺れた船が、逆立ちしたような形で止まる。
「うわぁ──!」
ポポを抱えこんだ身体が、船の壁面に叩きつけられる。
「セリ!」
止まった息で、ちいさく笑う。
「へ、いき。……核融合炉停止、均衡維持装置も停止したんだ、と思う」
血の味のする息を吸いこんだ。
ガギギィガガゴゴギィゴゴゴォオオ──!
絶命の声をあげるように、船が軋む。
事切れたように、轟音と振動が、止まった。
「……たす、かった……?」
期待をこめて、そうっと聞いた。
セリの腕のなかのポポの目が、赤く光る。
強化硝子の向こうへと放たれた赤い光が、闇に溶けるように消えた。
「……宇宙じゃない」
ちいさな声が、ふるえてる。
目の前できらめくのは、星の海じゃない。防護壁の欠片だ。
「穴の中だ」
──宇宙船の、墓場だ。
セリは茫然と、目の前を過ってゆく金属の欠片を見つめる。
ゴォオン──!
ドォガァン──!
死んだ船の欠片が、死にかけのポポ戦艦に衝突するたび、地震のように揺れた。
──闇の穴、それは一億年を経て進化を続ける人類にさえ、正体不明の穴だ。
蒼星だったり太陽だったり、人間が世界のすべてだと思っているものは、宇宙全体のほんの四分、あるかなきかの、かそけきものだ。
宇宙の二割三分は人間には理解できない闇の物質、確かにあるはずなのに見ることさえできない物質が占める。残りの七割三分が闇の力だ。
人間の理解を超える力が宇宙を拡大させ続け、その姿を刻々と変えさせる。
星が引き離され、銀河系が衝突し、星が砕け、穴が開く。
どんどん変わってゆく宇宙図は、常に最新のものへと書き換えられてゆく。それでも全く追いつかないのが、突然出現する闇穴だ。
どこかに繋がっていれば、すぐに出る。安定して存在する闇穴なら、新規航路開拓で莫大な金を手に入れられる。
だがどこにも繋がっていない闇穴は、捕まったら終わりだ。
その証左が、目の前を流れゆく。
ドォオン──!
またひとつ、死んだ船が、ポポがよみがえらせた船にぶつかった。
道連れにしようと鎌を擡げるように。
「もうちょっとだけ時間の猶予があるようじゃの」
ポポの声は、しずかだ。
「な、何か策があるの!?」
涙と鼻水でぐしゃぐしゃのセリに、ポポは笑った。
「なぁんにもない」
ぐぅっとセリは唇を噛む。
「──ごめんなさい。
謝っても謝っても命を捧げても、何の足しにもならないし、何の慰めにもならないし、ポポを……殺してしまうことに何の変わりもないけど……でも、ごめんなさい」
床になってしまった壁につくほど頭をさげるセリに、ポポは白い眉をあげた。
「なんじゃ。もう諦めるのかえ?」
「……え?」
ポポの唇の端があがる。
「闇穴というのはな、人間の理解の及ばぬ穴じゃ。時の経過さえないという」
ポポが指した、3000億年に一秒さえずれない原子時計が、止まっていた。
「……うそ。衝撃で壊れたとかじゃなくて?」
思わず叩いてみた。一億年前の人類みたいだ。
「しかし、こうも船の残骸が当たってくるとはのう、いちおう最新鋭の防護壁を搭載してはおるが、あまり時間は掛けられぬ」
「脱出できる見込みはある?」
ポポは嗤った。
「今までかつて、宇宙船の墓場から脱出した船は、一艘もない。見込みというなら0じゃろうの。
だから諦めるのか?」
息をのんだセリは、頭をさげる。
「ごめん。航宙士、失格だ。俺が、絶対に帰り道を見つけてみせる!」
逆立ちした船の壁面をよじ登ったセリは、制御盤に指を伸ばした。
「ポポ戦艦の破損を確認します! 非常電源作動、核融合炉停止、均衡維持装置停止、推進機構停止、防護壁に陥没と亀裂多数、艦内空気保全のため損傷個所を完全閉鎖──」
損傷個所を閉鎖するには非常電源では動力が足りない。生命維持装置を起動するだけで精いっぱいだ。限界まで酷使した核融合炉は停止している。
今無理に再起動させたら、重篤な事故が起こる可能性がある。冷却期間と点検を経てから試運転を行うべきだ。だが穴の開いた宇宙船をそのままにしていたら、艦内がほぼ真空となってしまう。
緊急時に発動する防護弁は万全ではない。わずかな隙間からでも空気は漏れる。損傷個所を閉鎖しなければならない。一刻も早く。核融合炉が使えないなら、人力で。
「俺が行く!」
首を振るポポの白い髪が流れる。
「このような時のために人造体は存在する」
セリは鼻を鳴らした。
「ポポは人間だよ。やーらかい肌も、切ったら血が出る身体も。造ったの知ってるんだからな。今、怪我したら治せないだろ。俺のほうが運動神経はいいから。俺が行く!」
すねたようにポポは唇を尖らせる。
「わしだって、機動に優れた設定を読み込めば、すぐにでも──!」
「今、どことも繋がれないだろ」
ふんと胸を張ったセリが、ポポのちいさな顔を覗きこむ。
「俺がポポのためにできることがあるって、すごいんだぞ」
「セリは、いつだってすごい」
くしゃりと笑ったポポは、セリの手を握った。
「わしは酸素がなくても問題ない。ほんとうに危険になったら、わしが行く」
「頼む」
ぎゅっとポポの手を握ったセリは、鼻を擦る。
「ポポと一緒だと、死ぬ気しないよ。どこまでも行ける気がする」
「どこまでも行くんだよ。セリと一緒に」
青い瞳が閃いたら、ほんとうになる気がするんだ。