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「ほわあ」
ポポ戦艦の硬化硝子越しに見る宇宙と蒼星に、セリは息をのむ。
「……ほんとに青い」
硝子にふれる指の先に、蒼い星が光を放つようにきらめいた。
「宙から見ると、なにもかもが小さい」
「ポポは、ふつうに見ても、ちっちゃいよ」
「哲学だったのに!」
長い白髪を逆立てるポポに笑ったセリは、そうっと申告する。
「あの、行ってみたかった白兎星系への航路を提出しちゃったんだけど……」
セリの顔を覗きこんだポポは、青い瞳で笑った。
「ふあふあが大すきじゃからのう」
「……ポポの行きたいところは?」
熱くなった頬で聞いたら、ポポは、うなる。
「人類の英知を結集したという光究星には行ってみたいが、バレそうで恐ろしい」
「あの星やばいよ、絶対行ったらダメな星だよ!」
ポポの手をぎゅうぎゅう握ったら、さみしげにポポは、うなずいた。
──ポポの夢を潰すようなことを言ってしまった。
ポポはいつもセリを応援してくれたのに。
「……ごめん」
謝罪に首を振ったポポは微笑んだ。
「セリの行きたいところに、ゆこう」
「……ポポが酷いことなんて絶対しないって、皆きっと解ってくれる。
きっといつか、光究星に行けるよ」
青い瞳が、セリを見あげる。
「もしもセリに酷いことをされたら、わしは酷いことをすると思う」
息をのんだセリは、ポポと手を繋いだ。
「ポポはやっぱり、人間だよ」
セリが笑う。
ちいさなポポの指が、セリの手を握った。
見あげる宙は、星の渦だ。
「……んん? セリ、航路を読み込んで自動操縦にしたかえ?」
「してなかったあぁ!」
宇宙局員の半笑いの顔が目に浮かぶ。
『何やってんだあいつ、漂ってんぞ』
絶対、笑ってる!
「わあぁああ!」
「想像恥ずかしいで真っ赤にならんでよろしい」
ポポの手がセリの頭を掻き混ぜて、わあわあしながらセリは提出した航路を呼び出した。
「ポポ、これが最新の宇宙図で、白兎星への最新航路だよね」
カチリと青い瞳が閃いた。
「ふむ。光究星の最新情報と合致しておる」
「では、ポポ戦艦に読み込みます! 自動操縦開始!」
「おお!」
ヴゥヴン──!
青白い炎が噴きあがる。
ポポのすんばらしい頭脳のおかげで、ガラクタ製から最新鋭の均衡維持装置になった。揺れは最小限、突然天地が引っ繰り返って『うぎゃぎゃぎゃギャ!』になることもない。
蒼星の時刻に合わせていた時計が、宇宙標準時刻に切り替わる。
最新鋭の自動操縦装置が白兎星まで連れてってくれるから、ポポと一緒に宇宙の星々を見ながらのんびり肉まんを頬張っていれば到着だ。真空保存で半永久的に食べられる肉まんのあたため準備も万全だ。用意しようと席を立った瞬間、
ガガギィ、グ、ガァガガァア──!
横殴りの振動に襲われた。
「ポポ──!」
吹き飛ばされた小さな身体を抱きとめる。
「な、何が……!?」
茫然とするセリの腕のなかでポポの青い目が赤く輝き、船の情報を読み込んでゆく。
「極小闇穴だ!」
跳びあがったセリは、制御盤に飛びついた。
宇宙は、穴だらけだ。
驚くほど多くの闇穴が日夜生まれ、消えてゆく。
極小闇穴はそのうちでも最も質の悪い、どこに開くかの予測も不可能な、目の前に現れ呑みこまれてようやく存在すると認識できる、最低の穴だ。
宇宙船事故の断トツ一位を独走している。
──落ちたら、死ぬ。
「核融合炉、出力最大! 推進機構、出力最大で逆噴射用意! 衝撃まで10!
つかまって! ポポ戦艦、反転します!」
ガギャギャギャギィガ、ガガガガ──!
船を引き裂くように呑もうとする闇の穴が、目の前に迫る。
青白い焔が闇の力に抗うように、尾をひいた。
「5!」
「セリ、だめだ、吸い込まれる──!」
「あと2秒、がんばって、ポポ戦艦──!」
「核融合炉、全動力解放!」
「逆噴射、発動!」
ゴオォオァアァアアオオオ──!
蒼の光が、爆発する。
「出た!」
「やった!」
「全速前進──!」
跳びあがってポポと手を取り合った瞬間、目の前に穴が開いた。
「……え……?」
「闇穴だ──!」
「……っ 核融合炉、動力0──!」
悲鳴が、闇に呑まれる。
ギャギャギギギィイイガガガ──!
船の悲鳴が、耳を裂く。
天井に身体を打ちつける揺れが、船を襲う。
「ポポ──!」
懸命に手を伸ばしたセリは、ちいさな身体を腕のなかに閉じこめるように抱きしめた。