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【完結】ポポ戦艦、発進!  作者:  0 
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がんばったよ……!




 セリはポポのために奔走し、今の人造体に使われている、あったかくてやわらかくて、さわると人間にしか思えない素材を手に入れた。


 ポポは青い目を閃かせ、一億年前には最新鋭だった船を魔改造し、色々できるようになったらしい。

 天才幼女の遺伝子を持つ、指紋までばっちりの、罪を犯したら人間として捕まる身体を手に入れてしまった。


「やばいやばいやばいやばいやばいよポポ……!」


 真っ青になってふるえるのはセリだけだ。


「えへへ。わし、愛らしい七歳に見えるじゃろ」


 くるりと回るポポの白い衣の裾がやわらかに円を描く。小首のかしげ方は完璧だ。


「……話し方が、昔話のおばあちゃんだよ」


「おぉう! 今風の喋りを身につけんといかんな。セリ、協力してたもれ」


 ポポの言葉に、セリはうなる。


「俺のは、あんまり一般的じゃないかも。ぶりっこ裏声女の喋り方とか、合わない」


「うひょお! 一億年経ってもぶりっこは健在か! やばいな、人間」


「やばいよ、人間」


 肩を揺らしてポポと笑う。



「……あの、あのさ、俺、こんなだから、今まで友だちとか、一人もいなくて……ポポとたくさん話せて、ポポと一緒で、うれしい」


 熱い頬でぽつぽつ告げたら、青い瞳が瞬いた。

 作り物とは思えない白い髪がさらさら揺れる。


「セリが目覚めさせてくれたことを、わしは、心からうれしく思う」


 照れくさそうに笑ったポポが、手を握ってくれる。

 あの冷たい、機械を感じる手ではなかった。あたたかく、やわらかなのに骨も感じる、人としか思えない手だ。


「セリ、一緒に宇宙を旅するなら、航宙士の資格は必須だ。一緒に勉強しよう」


「で、でも俺、あんぽんたんで……」


「二度と言うな」


 真っ直ぐな瞳に射貫かれる。



「言葉には、力があるというぞ。口にすることで、己を縛る。

 ほんとうは存在する才さえ、潰してしまう」


 作り物とは思えぬ、強く澄んだ瞳だった。

 ポポは、人間だ。セリよりずうっと賢く、やさしい、はじめての、友だちだ。


「お、俺にも、できるかな」


「わしがついておる!」


 ポポがちいさな胸を叩いてくれる。それも学習したのかとは、もう思わなかった。


 ポポはセリと同じ、人間だ。

 大切な友だちの言葉は、信じるものだ。


「が、がんばって、みる……!」


 挑戦形なのは、ゆるしてほしい。数字を見ると、眩暈がするんだ。




 セリは初めて、苦手なことに喰らいついた。


 物理法則とか、動力回路とか、宇宙の仕組みとか、穴ぼこだらけの宇宙図とか、以前なら『無理!』投げ棄てていたすべてに、かじりついた。


「うぅう……!」


「だいじょうぶだ、セリ。解り難いのは前提条件だろう。みんな、つまずく。セリだけじゃない」


 挫けそうになるたび、ポポが励ましてくれた。セリが理解できるまで教えてくれた。


 何度も何度も同じところで解らなくなるセリに、ポポはセリが芯から理解できるまでつきあってくれた。情報を読みこめば、一瞬でそれが血肉となるのだろうポポと違い、人間は理解してから自在に操れるようになるまで時間が掛かる。優秀でないなら、尚更だ。


 苛立つことも、見下すことも、蔑むことも、虐めることも、殺すこともなく、そんな気配さえなく、ポポはいつも隣で微笑んで、セリに航宙士となるための勉強を教えてくれた。


「……ありがとう、ポポ。あの……できそこないで、ごめん」


「二度と言うな」


 真っ直ぐな青の瞳で叱られた。


「……でも」


「でもも案山子もない!」


 白い眉を吊りあげるポポに笑う。


「一億年前の返しだ」


 赤くなったポポが笑う。


「わかるなんて、すごいぞ、セリ!」


 頭を撫でて笑ってくれた。



 セリは理解するのも、憶えるのも遅かった。他の子どもたちが十できるようになる間に、セリは一しかできない。


『あんぽんたんの落ちこぼれ』


 打ち捨てられた遺跡の船のぼよよよん機動に縋るしかなかった自分を痛感するたび、生きてゆく意味さえ解らなくなる。


 置いていかれて泣くセリを、ポポだけが励ましてくれた。


 セリはもう諦めそうなのに、ポポだけが、セリをあきらめなかった。



「セリは自分が納得するまで、深く考える質じゃの。こういう定理だから、公式だから、仕組みだからと、するする問題を解いて、早くよい点を取ってしまう者は、それ以上考えることをしなくなる。疑問にも思わないんじゃ。どうして定理が生まれたのか。どうしてその仕組みになったのか、それはほんとうに、正しいのか」


 ポポは、微笑む。


「ほんとうに優秀なのは、セリじゃ。理解したなら、化けるぞ。わしが言うんだ。間違いない」


 あたたかな指で、滲む涙を拭ってくれた。


 ひとりきりなら、間違いなく挫折していた。でもポポが信じてくれたから、セリは自分でさえ諦めてしまいそうな自分を投げ棄てることなく数式をかじった。


 頭が燃える。ずっと電子画面を見続ける目が痛い。できるようになるとも思えない。

 それでも穴ぼこだらけの宇宙図を睨みつける。


「ええと……蒼星から白兎星に行くには、まず537地点の闇穴に入って、97ー123地点に出現、97区域の闇穴は──墓場だらけだよ、うぎゃー!」


 涙目になるたび、ポポが頭をなでなでしてくれた。


 どの闇穴が、どこに繋がっているのか、どこにも繋がることのない宇宙船の墓場なのか、闇穴に呑み込まれた航宙士たちの命で作られた宇宙図が、直進すれば光でさえ何億年もかかる他の銀河系への旅を可能にしていた。


 宇宙を翔る希望の穴でもあり、宇宙船の墓場でもある。


 どんな力が働いているのか、まだ人類は突き止められていない。だから闇穴と名づけられた。発生条件さえ解っていない。


 人知の及ばぬ、夢と死の穴だ。


 ──宇宙を旅するのは、危険だ。


 惑星にいるなら大気圏が護ってくれるが、宇宙には様々な放射線、宇宙線が飛び交い、防護服着用もしくは防護船内でなければ被爆する。近くの恒星が表面でちょこっと爆発するだけで、一瞬で致死量を超える宇宙線が放たれる。突然出現する極小闇穴に呑まれることもある。


 危険宙域と闇穴の位置をよく理解し、船を安全に航行させることが航宙士の最大の任務だ。


 解っているが、複雑な記号だらけの宇宙図を読めるようになるまでにも時間が掛かった。

 なのに主な航路は全暗記が必須だなんて目の前が暗くなる。


「検索しちゃえばよくない?」


 涙目なセリを、ポポがぽふぽふしてくれる。


「未踏破宙域に進出するなら宇宙図を作りながら進むことになる。電磁波の嵐に巻き込まれ、検索はおろか、通信さえできなくなることもある。そんな中でも最大限無傷で航行するため、すべての知識を頭に叩き込み、危険な宙域を憶えることが航宙士の基礎じゃ」


 セリには断崖に思えるほどの高みだ。


『絶対、無理だ』


 打ちひしがれながらもセリが頑張ったのは、ポポのためだ。


 自分を信じてくれる、大切な友だちのために、宇宙図にしがみつく。


 全宇宙航行航宙士資格試験をギリギリの最低点で合格できた時には、セリはポポより大きくなってしまっていた。



「ごめん、ポポ……あんなに教えてくれたのに、五年も掛かった」


 青い目を瞬いたポポが笑う。


「航宙士は十二歳からじゃぞ。

 よくやった、セリ! 最年少航宙士じゃ!」


 潤む瞳で、抱きしめてくれた。









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