にんげんだよ
蒼星を飛びだすための船を遺跡で探索することばかりに夢中で、滅多に帰らない孤児院へと帰還したセリは、ポポの計画どおりに資材を集めた。
「そんなもん、何に使うんだ?」
「ゴミだから、持ってっていーよ」
「うお! セリ、生きてたのか!」
あちこちで仰け反られながらセリは駆けまわり、ポポの暮らす船へとまた駆けた。
──ポポのことは、秘密だ。
甘い香りをくゆらせる花が、胸に咲いたようだった。
違法だとポポが言うから怖くなって、セリは孤児院の端末で蒼星電子書館に接続し、電子書を借りた。『やさしい人造体の歴史』だ。
一億年以上前に、人工知能を搭載した学習型の人造体が造られたという。最初は鋼鉄の冷たい人造体だった。成長することなく劣化し、錆び壊れて命を終える。
「でもポポ、全然錆びてないし、壊れてない」
首を傾げつつ、セリは電子書を読み進める。
造りあげた人工知能に人間の思考を学習させようとしたが、どれだけ学習させても人間のように愛情をもつようにはならなかった。明確に定義された命令を遂行することしかできない。
人間が求める永遠の愛や蘇りから、最も遠いものだった。
どれだけ細かく定義しようと偽物、まがいものだ。
人生の伴侶を求めた人造体の研究は、ここで頓挫する。
「……愛か……」
まだよくわからないセリは、うなる。
代わって興隆したのは、労働力としての人造体だ。
介護や看護、放射能施設、人間が行うと身体的にも精神的にも苦しい作業を人造体は文句も言わずにこなしてくれる。初期の人造体は一体造るのに莫大な費用が必須だったが、メルベ博士が量産型の人造体の製造に成功した。巨万の富を得た博士は、体温を持ち柔らかい、ふれると人間のような素材の開発にも成功する。メルベ革命だ。
世界には労働力として人造体が溢れた。
危険な宇宙進出にも人造体は大きな役割を果たしてくれた。世界一の頭脳が造りあげた人造体は、大変に優秀だった。人間よりも。
「……ポポ、俺よりずうっと賢いもんな……」
遠い目になったセリは、うなだれた。
人工知能によって学習する人造体は、いとも簡単に人間が設定した『人間を傷つけてはならない』という規定を突破、人間を見下し、虐げ、殺す者まで現れるようになった。
宇宙にあまねく人造体が結託し蜂起すれば、人間は強度、頭脳、勇猛、疲労や加齢による能力低下、繁殖力、すべてにおいて劣る。
人間は生きるために膨大な量の食糧が必須だが、人造体は太陽光さえあれば駆動する。人間は適齢期の女性しか子を産めない。十月十日も活動を制限され中毒や出産で命の危険に曝され、出産後も完全復活するのに長期間かかるうえに大抵一人しか産めず、生まれた子が戦闘できるようになるまで十数年は必須だが、人造体は大量生産が可能で、生まれた瞬間から闘える。
記憶を安全な場所に保管しておけばいつでも同一の人造体として蘇る。戦闘に特化した技能や肉体記憶さえ、全人造体で共有できる。突撃や死の恐怖もなく、眼球ひとつになっても攻撃できる。
──人造体と闘えば、人間は間違いなく敗北する。
人類が、絶滅する。
「……太古のこわい映画だ。現実になるとか、もっとこわい……!」
大慌てで人間は人造体の製造を中止し、すべての人造体を停止させた。すると困ったのは人間だ。人造体に頼り切って生活してきたから、突然なくなったら生活が立ちゆかない。
そこで製造社は、人工知能による学習機能を排除した。
決められたことだけを行い、決められた言葉だけを話す、便利で逸脱しない労働力として人造体は製造され、使役されるようになった。それが今の宇宙に存在する人造体だ。
──優秀な人造体は、存在しない。
「……ポポ、やばくない……?」
愕然としたセリは『人造体の決まり』の電子書を開いてみる。
『人造体を造ってみたい人は、人造体三箇条を守らなくてはなりません。破ると死刑になることがあります』
セリの顔が、ひきつった。
『ひとつ、学習する人工知能を搭載しないこと。
ひとつ、経年劣化し、百年で壊れる素材を使用すること。
ひとつ、人間の脳、臓器、細胞など、人間から採取した素材を使用しないこと』
「……全部破ってる……!」
違法すぎる。
「やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいよポポ──!」
あわあわ遺跡に駆けつけたセリに、白い眉をあげたポポは、にっこり笑う。
「わし、可愛いかろ?」
「違法すぎる!」
「流された!」
哀しげなポポは、どこからどう見ても人間だ。
おんぼろ星の孤児院で、人造体なんて見たことなく育ったセリには、ポポとふつうの人造体がどれだけ違うのか、解らない。製造社の動画を見てみたけれど、色んな容色があって、様々な星に対応する構造を持っていて、丁寧でやさしげに受け答えしていることくらいしか解らなかった。
「ポポ、見つかったら壊されちゃうよ!」
泣きだしそうなセリに、ポポは首を傾げる。
「悲しんでくれるのかえ?」
「当たり前だろ!」
叫ぶセリに、ポポは青の瞳を瞬いた。
くすぐったそうに、照れくさそうに、笑う。
「そうか、これが、うれしいか」
ふうわり頬を朱く染めて、ポポが微笑む。
『やさしい人造体の歴史』では、人造体に愛は生まれなかったと書かれていた。人造体は、明確な命令にしか従えないと。それが人工知能の限界なのだと。人間を見下したり虐げたり殺したりすることは学習できるが、愛には届かないのだと。おそらく、恐怖にも。命令として与えられた生体反応以上の感情は、人造体には生まれない。
でもポポは、天才幼女の脳をそっくり真似た機構……もしかすると両親の願いを受けて、夭逝した彼女の脳をすべて、もしくは一部を搭載しているのかもしれない。電気信号として発せられる思考や生理活性物質の分泌、それによる体温や心拍数の増加などまで組み込まれているのか、たぶん説明されても解らない。
でもポポの頬は朱くなるし、瞳は潤むし、唇は尖るし、えへんと胸を張るし、セリと同じだ。
──ポポは人間だ。
誰がなんと言おうと、人間だ。
「よし、ポポは人間だ!」
セリの宣言に、ポポが目をまるくする。
「……はえ?」
「若年性加齢停止症候群という難病があるんだ。気味わるがられて捨てられるから、孤児院では見かける病気だ。うちにも一人いた。七歳とか十歳で成長しなくなってしまう。
ポポは若年性加齢停止症候群、俺と同い年の人間だ!」
白いまつげが、瞬いた。
「俺と一緒に、宇宙を見よう!」
青の瞳が、揺れる。
白いまつげが、瞬いた。
「……そうか、これも、うれしいか」