きょうりゅう?
砕けた硝子に降り積もる埃、複雑に絡み合う回路を引き千切られた装置と、壁を伝う青い光を、セリと一緒にポポが見あげる。
「ふむ。わしを眠らせていた装置が地震で倒壊したんじゃな。随分経ってからセリが来た。
生体が発する熱に反応したわしが覚醒したと。ふむふむ。正常動作じゃの」
ヴゥヴヴン──!
ポポの指に応えるように燈る青白い明かりに、セリは手を叩いた。
「すっげえ! 生きてる遺跡なんて、初めて見た!」
「そうじゃろう、そうじゃろう。まさか一億年耐えるとは造った者も思わんかったじゃろうのう。わしは恐竜のようなもんじゃの」
楽しげにポポは笑った。
「恐竜って、ほんとにいたのか? 骨が出るっていうけどさあ」
唇を尖らせるセリに、ポポがちいさな指をかざす。
「自分の目で見ておらぬものは、信じられぬものよ。人間は、そういうものだ」
「ポポはちがう?」
「わしは天才幼女の脳をそっくり取りこんだ機構を搭載しておるからのう」
首を傾げるポポは、太古のお伽噺に出てくる誰かに似ている。
「えーと──そうだ、座敷童だ!」
「……はえ?」
「しあわせにしてくれるっていう、座敷童にそっくり!」
手を叩いて喜ばれたポポは、項垂れた。
「……人選、間違えたかの……」
セリはそうっとポポの顔を覗きこむ。
「あ、あの、俺、蒼星を出て、広い宇宙を見てみたいんだ。この船、使える? ポポ、俺を一緒に連れて行ってくれる? 雑用なら何だってやる!」
期待にはち切れそうな胸で拳を握るセリに、ポポは首を傾げる。
「航宙士にはならないのかえ?」
「……あんぽんたんなんだ……」
肩を落とすセリに、ポポは笑った。
「ほうほう、なるほどの。人間とは面白い。人間とは恐ろしい。
人間の脳は、本人が思っておるのの七百万倍は優秀じゃぞ」
ぽかんと口を開けるセリに、ポポの青い瞳がきらめいた。
「一億年前の船で今の宇宙を飛ぶのは、無謀というものじゃろう。
わしには今の宇宙の情報と研究と物資がいる。調達してくれるなら、セリを乗せて飛んでみよう」
「ほ、ほほほほほんと!?
で、でもあの、俺……お金、ない……」
しょんぼり項垂れるセリに、ポポはわるい笑みを浮かべた。
セリが齎した今の宇宙の知識は、孤児院で習うくらいのほんのささやかなものだったが、それでポポには充分だったらしい。学術探求の光究星へと繋ぐ回路を教えただけで、ポポは宇宙最高学府の中央集積回路に侵入し、一億年の間に進化を遂げた人類の歴史を、科学の成果をあっという間に呑みこんでしまった。
「……人間を超えてる……」
唖然とするセリに、ポポが笑う。
「天才幼女機構じゃ」
鼻歌を歌いながら、ポポは一億年前の化石のような電子画面に必須な物資を入力してゆく。ものすごく古ぼけて分厚いが、記載するだけの電子機器はそれほど進化していないらしい。
「まだ動くなんて、すごいなあ」
「化石になってしまったが、一億年前には最新鋭だった核融合炉と太陽光発電の合わせ技で電源を確保しておるからの。地震による損傷が軽微でよかった」
「この辺りは地震なんて滅多とないんだ。固い地盤なんだって」
「知っておるよ。だからこの地にわしを乗せたこの船を秘匿した。一億年前は、わしを造ることは禁忌じゃったからのう。今も禁忌のようじゃが」
ポポが唇の端をあげる。
「早逝した子どもが、よみがえって生きてほしい。両親の願いをのせ、一億年かけてセリのたすけを借り、わしはよみがえった。合法になっておると思うたが、違法じゃの。よってわしの存在は、そうだのう、大変優秀な七歳のお友達ということで頼む」
「ポポ、歳をとらないよな」
セリの突っ込みに、青い瞳が瞬いた。人間じゃないなんて信じられない自然な動きだ。
「おお! そうじゃった。ふむ。では大変優秀な人造体ということにしよう」
「蒼星では珍しいよ。大丈夫かな」
「表に出るのはセリだけがよかろう。調達してもらいたい物資がある」
どう船を改造するのか、ポポの頭にはもう設計図があるのだろう。到底手に入れられそうにない最新鋭の核融合炉と防衛機構は希望の欄に書かれた。
セリに示されたのは必須の欄の物資と、それを手に入れる方法だった。