イジメ女はドリアン女だった!
私、松原愛衣は初動を失敗した。危険人物を嗅ぎ分ける能力が欠如していたのだ。
「あの子と喋ると臭いがうつっちゃうわよ」「臭い、臭い!」「私、最近無視してんのよ。嫌いだもの」
ボス女とその下僕二人が、私に聞こえるくらい大声で話をしている。無視している人物の名前こそ出さないが、明らかに私だ。
新卒でIT企業に入社したが、同期だけの研修期間が4ヶ月間ある。一つの会議室に集められ、研修を受けるのだが、あるボス女一人に目をつけられた。
早くもその女は「逆らうとヤバいヤツ」という認識を、同期女性陣に植え付けるのに成功していた。
なにせ身なりが派手で下品だ。
グループディスカッションでは、雑談で大声で話して笑うくせに、講義中は全く上の空。チームで作業を進めるにも、全く何もできないくせに、雑談をして作業の邪魔をする始末。
人不足のせいか明らかに治安が悪そうな就活生も内定をいくつも獲得しているのが原因だろう。人の悪口や噂話を言いふらすので、目をつけられたら攻撃されてしまう。
女子全員、自分がその対象にならないよう細心の注意を払っていた。
しかし、ボス女はある女を一人標的にしたのだ。
その標的は私、松原愛衣であった。
4月の早い段階で、私はこの女と席が隣だった。話をせざるを得ない。その時に、持病の症状が出た。遺伝で腸が過敏なので、ガスが出てしまったのだ。
普通22歳の女性だと、いい大人なのだから心にとどめるか、裏で少し他の女子にこそこそ話すくらいだろう。しかし、このボス女は同期全員に「あの子臭いからイヤ」「臭う」とか男女問わず言いふらし、ずっと無視するのだ。
別に、私はそいつにどう思われようが構わないが、「明日は我が身」と同期女子全員が、私に対してそっけなくなってしまった。
昼ご飯も同期女子15人いるが、次は一人で食べることになりそうだ。
しかし、あと研修期間も残すところ1ヶ月。その後、てんでバラバラに配属され、同期で会うことも少ないだろう。
されどあと1ヶ月。私は繊細なので、夜眠れない日が続き、心療内科にかかり、依存性の低い睡眠剤をもらった。
私が鬱病を発症するか研修が終わるか、どっちが先だろう……。一体、私が何をしたんだろう。ただ、持病ありながらも、必死に生きてるだけなのに。
しかし、月曜日は笑いながらやってくる。私はなんとか身体を動かし出社して、研修会場のドアを開けた。
すると、同期女全員、頭にかぶりものをしている。
一瞬、松原愛衣は固まった。そして、中に入らずそのままドアを勢いよく閉める。
ーー今のは……今日は何かのイベント?? ーー
すると、すごい悪臭が漂ってきた。鼻がおかしくなりそうだ。思わず、鼻をつまむ。口でしか呼吸できない。同期の男達も、よく見たら廊下に座って散らばっていた。そのうちの一人が私に話しかけてくる。
「松原さんも臭うよね? 何? この臭い! 臭くて入れないんだけど」
「そ、そうだよね。中にいる人達は誰? なんか頭に被ってるけど……」
「え? 全員同期の女達じゃん! 部屋の中入って顔見た?」
(……私が見間違えたのかな? )
愛衣は意を決して、ドアを開けた。
すると、人間のスタイルをした何かがが声をかけてきた。
「松原さん、どうしたの? 入らないの?」
確かに気の弱い同期女子の声だ。この声は「吉田さん」だ。彼女は顔の部分が「玉ねぎ」になっていた。
首から下は人間の体をもつ玉ねぎが、リクリートスーツを着ている。
ーーど、どういうこと? あの子はニラ、あの子はニンニク……しかも全部腐ったような臭い……ーー
そんな中、一際異臭を放つ女子がいた。
「ドリアン」が足を組んで、お喋りして、ゲラゲラ笑っていた。
あのボス女、「ドリアン」になってる!!
爆笑したいが、女全員、この異常事態に気づいていないから笑えない。男は嗅覚は働いてるが、視覚的にはいつもの同期の女性達に見えているようだった。
その時、後ろからある一人の同期の男が声を上げた。
「えぇ? 何これ! 皆、臭いし、なんのマスクかぶってるの? めっちゃリアルなんだけど」
鼻をつまみながら、笑っている。
「これ何? なんのサプライズ?」
振り向くと、同期の福島君がそこに立っていた。
「福島君も? そう見えるよね? 良かったぁ!」
思わず、手をたたいて喜んだ。私一人だけが、同期の女性達が野菜怪人のように見えていたから。
それを見たドリアン女が、福島君と親しげにしてるのが気にくわないのだろう。
「何よ、あの女! 臭子のくせに!」
他の女子に聞こえるように、大きな声で叫ぶ。
ーー いやいやいや! 今やあなたはこの中で最臭の存在ですけど! ーー
しかし、これでは講師がきても研修にならない。男性陣は鼻をつまんだり、手でおおいながら、中に入った。そして、全ての窓を全開にする。
「何すんのよ! エアコン効かなくなるじゃない!」
「お前ら、本当に臭わないのか? こんなの集中できねえよ!」
男女が言い争いをしている間に、研修の講師や人事の社員がやってきた。やはり、あまりの臭いに部屋にも入れないようだ。
「これはどうしたんだ? 誰か生ゴミ大量に持ちこんだのか?」
「怒らないから、正直に申告しなさい!」
とりあえず、同期の男性群と松原愛衣だけは臭いを発してないことは明白だった。しょうがないので、臭いの発生源である女性群は、この部屋でリモートで研修を受けることになった。そして、他の男性陣と愛衣だけ対面研修を別室で受けることとなった。
「何故こんなことに……」
女性陣は、自分の臭いがわからず困惑していた。
※ ※ ※
昼休み、福島君が話しかけてきた。
「なあ、ちょっと二人で一緒に食べようか」
そして、二人で外でランチすることになった。福島君はスマートで顔が整っているので、当たり前だが女子に人気があった。
「なんだ? この現象? 俺達二人だけ臭いだけじゃなく、女性陣の姿まで野菜に見えるなんて」
「玉ねぎ、ニラ、納豆、ニンニクが、それぞれ3人~4人。ドリアンが1人……しかも腐敗臭みたいな……。」
「二人だけ姿までかぶりもの……というか、野菜怪人にしか見えない。困ったね、どうしよう」
二人は同じ境遇なので、二人きりになってはランチするようになった。
愛衣は、研修中、一人で昼ご飯を食べる心配はなくなって、ほっとしていた。
それから、同期の女性陣は研修終わるまで、この現象が続いた。会社を出ると臭いはおさまる。
面と向かってではないが、毎日小声で同期の男達や先輩社員達に、「臭い臭い」と言われ続け、彼女達はさすがに沈み込んでいた。
愛衣は話しかけようと近寄るが、鼻がおかしくなりそうで、とても無理だ。
ボスのドリアン女も自分が臭いの発生源の立場になって、大人しくなっていた。
結局、同期の女性達は、自宅でリモート研修に切り替わり、配属先もリモートで内示を受けることになった。
臭いのきついドリアン女は、空気のきれいな地方に配属された。彼女は東京勤務を希望していたので、あきらかに落胆していた。
7月の研修が終われば、その異臭騒ぎもおさまったが、ドリアン女は希望地ではなかったので、9月に退職した。
※ ※ ※
私は今、隣の部署に配属になった福島君と一緒にランチしている。
「なんだったんだろう……あの現象は」
「研修中だけだったね。本当に良かった」
「今日は同期女子だけで飲みに行くんだろう? 21時に迎えに行く。家まで送るよ、危ないから」
「いいよー、悪いし」
「ダメ、俺が心配で眠れないから」
そう……あれから二人は1ヶ月間同じ境遇だったので、話す機会が増え、同期の友達から交際に発展していた。
ーー因果応報ってこういうことか……もう社会人だしね。普通に「イジメ」は犯罪だからーー
ドリアン女は、罰を受けたのだ。
しかし、どんな組織に所属しても攻撃的な人物はいる。これからどんな人生を送っても、初めに危険人物をかぎ分ける嗅覚は養わないといけないといけない。
(社会とは厳しいなぁ……)
松原愛衣は、自分の心が壊れなくて幸運だったと思い知った社会人一年目の出来事だった。




