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「北の国の王子は子爵家の3代目、マラカス1世だよ」
「えっ?爺様、それは遡り過ぎ!」
「そうか。でも子爵家の先祖の中に、北の王族だとされているのはマラカス1世だけだ。それに爺様の両親の肖像画は無いんだよ」
どういうことー!!と伯父も父も爺様を見る。
「お父様、お母様が落ちたわ」
「ああ本当だ。婆様はいつも朝が早いからな。ベッドに運んで来るよ」と爺様は婆様を軽々と抱えて70代とは思えない足取りで食事室を出て行った。
「リリが聞いた通り、やはり子爵家は北の王族の血が混ざっているのは間違いなさそうだな」
「あら、だったらお父様が昔、絵本を読んで下さった時に、お父様のお父上もお母上も王子様と王女様だったんだよって仰っていたのは本当だったのかしら?」
「えっそんなこと爺様は言っていたの?」
「ええ。でも冗談だと思っていたわ。ウフフ」ってお母様は笑うけど、そこ笑うとこなの?
さすがに父も「ベル驚かないんだね?」と言っている。
爺様が戻って来ると、母が「ねえ、お父様が絵本を読んで下さった時に言っていた両親が王子様、王女様だった話は本当だったの?」と聞くと、
「ええっ?クララベル信じてなかったのかい?」と言った。
いやうち子爵家だからね。普通信じないでしょ!爺様ツッコミどころ満載だ。
伯父が「それは、あそこに肖像画が無いという両親の事なのですか?」と聞いた。祖父は、
「そうだよ。でもそれも聞いた話だ。私は父も母も顔を知らない。ずっとバカンス3世を父だと思っていたんだ」
リリベルは何となく状況が分かってきた。
「爺様、子爵領はずっと昔、多分300年くらい前だけど、北の国の領土だったことがあると思う?」
「えーそれは無いよ。多分。だって5000メートルを超える山脈を越えた先の土地は、普通、手が届かなくない?最初からこの国の領土だよ。うちは歴史だけは長いから間違いないね」
「じゃあマラカス1世が王族って誰から聞いたの?」
「んーバカンス3世」
「両親の話と同じタイミングで?」
「ん?両親のことは随分前に言われたよ。だからバカンス3世は育ての親だって思って育った。でも全く血が繋がらない訳じゃない。ちゃんと親戚だぞって言われてた。遠いけどって。それでマラカス1世の話を聞いたんだよ」
「どんな話を?」
「マラカス1世は北の女神の夫に選ばれたけど、それを嫌がって女神の元から逃げ出して来たんだって。女神の馬のスネイプニルに乗って」ええっ!!もう驚き過ぎて疲れた。
「スネイプニルは8本足で、物凄く速く走るから女神も追い付けない。山脈もスイスイ登ったそうだよ。それでこっちの国まで逃げて来たら、妹神の土地だから姉神は手が出せない。それでマラカス1世は逃げ延びて、この土地の子爵家の娘に見染められて結婚したそうだ」
「それでスネイプニルもこっちに棲みついたと?」
「たぶん、そうだね」「爺様、爺様は学院に行かなかったの?」
「義父がまだ王都に行ったらダメだと。私は両親に似ていたそうだ。行ったらバレてしまうから、知っている人が引退するまでは領から出るなと」
「だから社交場に現れた時は20代後半だったのか!しかも直ぐに領地に戻ってしまった」と伯父が言った。
「ああ、あの時はビックリしたなあ。義母がお嫁さんを探さないとって王都に連れ出してくれたのは良かったけど、すごい大勢に囲まれちゃってさ。義母も身元がバレたのか?って思ったって」
ああ、それが美し過ぎる子爵令息の話か。なるほど合点がいく。
「それで婆様のことは?」
「そうそう大勢の中で目が合った令嬢が付いて来てくれるって言うから連れて来ちゃった」
はい。駆け落ち確定です!
伯父だけでなく、父もさすがに驚愕している。
「連れて来た人が、どんな人か知っていたのか?」
伯父が震えながら聞いている。
伯父の2度目の初恋の人だ。爺様覚悟してね。




