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祖母、父、伯父、リリベルの4人で祖父の畑に向かう。
以前の畑近くの納屋は伯父が改築してくれたお陰で、肖像画スペースと農具置き場、祖父の休憩所まで完備されているそうだ。
それ以来、祖父は屋敷には夕飯と寝に戻って来るだけになったそうだ。
祖母も礼拝から戻ると夕飯まで祖父とそこで過ごしているのだという。
道中で父が、バスタブ1世とは実は幼少に亡くなった母の兄にあたる人物だと教えてくれた。
子爵家では亡くなった人が先に名乗るから、亡くなった息子が1世に繰り上がったんだそうだ。
そうしないと肖像画の順が逆になるからだと言われたが、子爵家ってどうしてそんなに先祖の肖像画を大事にしてるの?そもそもそこがよく分からん。
母は兄がいた事を小さ過ぎて覚えていないそうなので、あえて伝えていないらしい。リリベルも初めて知った事だった。母は本当は独りっ子ではなかったのだな。
でも祖母は「とても美しい子だったの!爺様そっくりで」と自慢を始めた。
それを伯父がニコニコ聞いている。良かった伯父が居てくれて。
じゃなければリリベルがずっと聞く羽目になった。
でもだから息子は名前がジュニアになったんだな。
祖父に会う前に祖母と一旦別れ、父と伯父と肖像画を見に行く。
「わっ!お父様、自分達の肖像画、マティアス氏の絵にしたんだ!」
「あぁ気に入っている。この色使いすごく良い」
「ホント!さすがマティアス氏の絵だ」私にはさっぱり分からんが。と思いながらベルオットは前子爵達の隣の肖像画を見る。まだ幼いバスタブ1世の横にバカンス3世、カルピス2世、モバイル5世、確かに生存時期が少しずつ3人被っている。
最後に亡くなったのはバカンス3世だが、全員、金髪に水色の瞳だ。この三人の内の誰かが北の王子だったのか?
伯父様「王妃様の容姿は分かる?隣の奥方は皆、違うでしょ」とリリベルが聞くが分からないらしい。
でも!とリリベルは思い出した。
「伯父様、カテリーナ様の手記にはカテリーナ様は王妃様に似た容姿だと書いてあった。陛下が王妃様と間違うくらいに」と言うけど、カテリーナ様の色のご婦人もいないそうだ。
「ベルモント、もしどれかが王子だとしたなら、北の王子がどうして子爵家に入れたんだ?」
確かに。もし脱北者としてなら平民として受け入れられる。例え王子でもだ。
「誰かの口利きは考えられないだろう?当時は子爵家は、まだ知られていないし、親戚付き合いもなさそうだ」
「分からないよ。ただ子爵家の当主には“北からの民は受け入れろ”とされているだけだ。国境の領地だから、そう決まっているんだと不思議に思わなかったし」と父は言った。
「まだ爺様が父様に言ってないことがあるんじゃない?」
「そうかもな。でもあの人、必要だと思う事しか教えてくれないんだよ。後は好きにしていいって…あ!そうだ」と父は肖像画の部屋にある掃除道具をしまう小部屋から何かを持って来た。
「これ、多分マラカス1世の日記じゃないかな。ここの改築の時に出てきたらしいんだけど、とても読めない」と言って渡された手のひらサイズの手帳を伯父が開く。
「うわっ汚い字!これは読めん」
「え?てっきり古いからとか文字が消えてるとか、そういう意味で読めないのかと思ったけど字が汚いからなの?」
「辛うじて解読できたのがマラカス1世の名前なんだよ。しかも多分、書きかけで止めてる」
「なあベル、これだけ先祖がいて誰も日記や手記とか残してないのか?」
「ああ多分、皆あまりそういう事が好きじゃなかったんじゃないかなぁ。マラカス1世も途中で面倒になったんだろ」
父よ、あなたも筆不精ですもんね。
「伯父様、諦めましょ。子爵家当主は皆、類友なんでしょ」
「何だそれ!いやっまあ、そうか…そうだな」
認めるんだな。伯父は大きく溜め息を吐いた。
結局、王子は誰だか分からなくて爺様に会いに行く。
多分、まだ日が高いから畑だな。だがリリベルは林に走って行く。
「リリベル!林の中に走って行ったな」
「大丈夫だ。あの子は爺様の居場所が分かる」
「そう私でも分からないのにねぇ」と婆様がロッキングチェアに座りテラスで編み物をしていた。




