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「ザック殿下、王妃様の生国の北の隣国って行かれたことありますか?」
「無いなぁ。多分、王族でも陛下以外は誰も行った事がないかもな」
「じゃあ王妃様に北の国の話を聞いたことはありますか?」
「何で急に北の話?お前が興味あるのは南じゃなかったか?」
「うちの領地は北の隣国の国境にあるんです。最近、マリィ姉ちゃんから北の防御壁に北側から意図的に何度も触れた気配があったって聞いて」
今は放課後だが生徒会室ではなく学院内にある王族のサロンに来ている。このサロンとは王族と公爵家、または王族の婚約者が使うことができるそうだが、中は立派な応接室のような感じだ。
殿下は最近、側近達とここで昼食を召し上がっておられるそうだ。どうりで昼は見かけないし令嬢達の噂にも上がらないはずだ。
話が逸れたが、今日はリリベルが内密の話をしたいと殿下にお願いしたのでここに通されている。
殿下との2人きりは良くないなので生徒会長もいらっしゃるし、殿下の侍従さんもいる。侍従さんがお茶を出して下さる。
「確かにこれは生徒会室でも話せる内容ではありませんね」と生徒会長が仰る。
「王妃様も、あまり自国の話はなさらない。15歳でこちらに嫁がれているから、あまり向こうでの思い出も無いのかもしれないな」と殿下が仰るが、リリベルは、そんなはずはない!と思った。
だってリリベルが14歳まで暮らした子爵領は思い出だらけだ。
王妃様に思い出が無いとかありえるのか!?
「そんなに王族とは窮屈なのですか?」リリベルはつい想いが口に出てしまう。ザック殿下も同じだったらどうしよう。
「さあな。王家にもよるだろうが、俺は比較的自由だろ?兄上も王太子教育は大変そうにしてらしたが、それ以外は自由にされていたと思う。そう感じないか?マレシオン」
「そうですね。私の姉も同様だと思います。私の母は王妃殿下と親友ですが、北の国を話題にするよりも、この国ではどうなのか?と色々、尋ねられてお答えする事が多かったと聞いておりますよ」
「でも子爵領が心配だよな。リリベル嬢」
殿下の様子では王国騎士団に報告された情報や子爵領の詳しいことは殿下には伝えられてないのだなとリリベルは悟った。
公爵令息も知らないなら王族自体やその側近にも、今の状況はまだ伝えられてないのかもしれない。
王妃様に配慮して北のことはデリケートに扱う情報だからなのかもしれないなとリリベルは思った。
リリベルはこれ以上の詮索は止めようとしたが、
「リリベル嬢、我が国の使節団は北には行っていないが、年に何度か北の外交官が王家にご機嫌伺いにやってくる。恐らく今年も冬を迎える前に…多分、そろそろだ。年末の挨拶に来る頃だから、希望するなら立ち合わせてやれるかもしれない」とザック殿下が仰った。
リリベルは目を見開いて立ち上がり、向かいのザック殿下のソファ側に回り込んで、
「本当?!本当にザック殿下?」と詰め寄る。
「あっああ。まだ許可をこれから得ないといけないから分からないけど。聞いてみるよ」
リリベルの勢いに、押され気味に殿下が仰る。
「殿下!ザック殿下ありがとうー」
とリリベルはつい立ったまま、座っているザック殿下の頭を抱き締めてしまった。と同時に「ああ、やっちまったな」と冷静に思って、パッと離れる。
「リリベル嬢!」生徒会長のお怒りの声。当然だ。
「申し訳ありませんでした。王族の方に安易に触れてしまいました」とリリベルは真摯に殿下に謝る。
「それもですが、男性に抱きつく行為も令嬢として控えるべきでしょう。今日は場所がサロンで幸いでした。ね?ザック様」
殿下はハッと我に返ったようで「そうだよ。気を付けろよ」と、とりあえず言っている感じだった。
でもリリベルは気が付いてしまった。
「ねえ殿下!ちょっと殿下立ってみて」
「えっ?」とまたリリベルの勢いに押されて立ち上がる。
「やっぱりー!やっぱり殿下、背が伸びてる。前は目線があまり変わらなかったのに!なんか随分、上だ!」
恐らく殿下は夏の間に5センチ以上は身長が伸びている。リリベルも少し伸びたはずなのだが。
「お前がフィリップに言ったんだろ?筋トレすると背が伸びにくくなるって。だから骨に負担をかけないようにメニューを組んだんだ」と殿下は満足そうに笑った。
チェッ何か腹立つな。
でも北の件はお願いしたい。リリベルは微妙に腹立つ気持ちを抑えて再度、殿下に低姿勢でお願いしておいた。




