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居間に戻ると夫人とアドリアン卿の父の伯爵しかいなかった。兄は今はフィリップと話をしている。フィリップは兄にとっても従兄弟だし、元々、兄の侍従だったから積もる話も多いだろう。
「リリベル嬢は?」「外で息子と遊んでくれてるのよ」外を見ると2人で鬼ごっこでもしているのか走り回っている。
「ライオット卿とアドリアン卿は?」
「主人と魚を獲りに行ったわ。この辺は渓流の魚を釣りじゃなくて銛で突くの」そっちに行きたかったが出遅れたらしい。
しかし鬼ごっこに加わる気もしないな。と思っていると、リリベル嬢が俺を呼びに来た。
「鬼ごっこはしないぞ!」と言おうと思ったら違うらしい。
「ザック殿下!この先にブルーベリーあるって!行こう」と伯爵家の侍女にカゴを借りている。
俺がカゴを持ち、彼女は子供と手を繋いで歩いている。森に入って15分程歩くとブルーベリーの群生が見えてきた。
子供は喜んで紫の実を口に入れる。あっという間に手も口も紫だ。でも2人で笑いながら食べている。
カゴにも実を入れていくと「あっちにはビワもあるって」と歩いて行く。
その前に手と口を洗うからと水魔法で水を出させられた。人使い荒いぞ!
本当に一体誰に聞いてるんだ?というか、さっきから道を歩いていない。けもの道や茂みをかき分けて歩いて行く。
そういえばリリベル嬢に最初にバッタリ会った時も茂みじゃなかったか?あいつ何で道を行かないの?
でもビワがあった。木になっているの初めて見るわ。しかもあいつ木に登るし!おい!
「殿下ービワ、キャッチしてー!」マジか。その後、イチジクとスモモも見つけてカゴ一杯で帰る。
道を歩いてなかったのに何で帰り道が分かるの?それに誰に聞いて果物見つけたの?
謎だらけで屋敷に戻った。
ちょうど魚を獲った3人と途中で出くわしたがお互いの成果を見せ合って大満足していた。
息子を肩車した伯爵とライオット卿、リリベル嬢がウキウキで戻る後ろを俺とアドリアン卿がついて行く。
アドリアン卿曰く、2人がものすごい勢いで魚を獲るらしく、アドリアン卿は獲った魚をバケツに入れる係だったそうだ。
「俺は果物をカゴに入れる係だった」と言ったら、あいつらおかしいって言ってた。
俺もそう思う。
夕飯は前菜にイチジクと生ハム。メインは獲った魚のパイ包みブルーベリーソース掛けだった。デザートはスモモのソルベにビワ添えだ。すごい。今日、1日獲った物が食卓に上がる。
自給自足ってこういうことかと、ちょっと感心した。兄の言う通りリリベル嬢には多分、護衛は要らない。リリベル嬢に付いていける護衛は多分、ライオット卿くらいだ。
さすがに昨日、酒を飲み過ぎたので、皆、今日は食前、食中の一杯ずつにとどめておく。
それに明日はもう王都に帰る日だ。兄も赴任先に戻るらしい。
あっという間だった。
最後の日の夜、リリベル嬢は伯父からクマ退治の話を聞いていた。北の大地に生息するポーラベアという巨体のクマで、彼が傭兵をしている時に退治を頼まれたクマだそうだ。狩人は時々、狩った獣が立派だった時は剥製にして残し英雄譚として語るらしい。
彼が倒したクマも感謝した村人によって剥製にされたのだそうだ。中身は美味しく頂いたらしい。
目を輝かせて話を聞くリリベル嬢。普通令嬢はそんな話は喜ばないぞ。
アイザックはテラスに出て星を見る。夜風が気持ちい。そして星が王都より綺麗だ。
「殿下、殿下、ザック殿下!」リリベル嬢が呼んでくる。相変わらずうるさいが、もう慣れた。
「お兄さんとは話せたの?」リリベル嬢はなんか心配そうにしている。リリベル嬢のことを話していたことに気付かれたのだろうか?
「ああ、まあ」と言葉を濁す。
「あのマリィ姉ちゃんのことだけど…」何だそっちの方か。
「お前が心配することじゃない」
「そうだけど」
「憧れだったんだ。オリベル王女に似てるだろ?あんな綺麗な人がこの世にいたんだと思ったんだ」
「オリベル王女は分かんないけど、マリィ姉ちゃんは、かなり抜けてるんだよ。それに泣くと涙より鼻水が止まらなくなるの。それに「ちょっと待て、何の話だよ」
「マリィ姉ちゃんを諦めるんでしょ?」
「最初から勝負してないよ。兄の恋を俺も応援してる」
「そっか」
次の日の朝、俺たちは王都に帰った。




