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夕食後、砦の屋上を二人で散歩する。
砦には所々、哨戒の騎士がいるので護衛なしでも許可が降りた。
「初デート、こんな所で悪いな?」
「えっ?!これ初デートなの?」
でも確かに二人で出かけた場所って最近ない。
ザック殿下の誘拐事件は論外だし。
「気付いてないなら言わなきゃ良かったかな…」
「おっ驚いたけど、そんな事ない!砦でデートなんて普通はできないでしょ!」
「そうか確かに普通しないな」
「それに、そんなに悪くない。王都より星がたくさん見えて夜空も綺麗だし」
「確かに星がすごいなぁ」
ザック殿下が夜空を見上げる。
「子爵領もこれくらい普通に見えるけど」
「確かに自然豊かな場所だった」
「殿下、さっきのラント様との話じゃないけど、卒業したら一体何をやりたいの?」
「そうだな。君にちゃんと言っておかないとな。もうほとんど分かっていると思うんだけど…改めて伝えると思うと怖いな…」
「え?私、多分、ザック殿下が国王になりたいっていう希望以外、ほぼ大丈夫だと思うんだけど」
「えっ!そうなのか?」
「だってもう覚悟したっていうか、子爵領に帰れないのは一緒だし、殿下が王太子殿下を支えたいって思ってたのも知ってたし」
「俺…ゴメン。君を俺の夢に巻き込む」
「私じゃなくても、高位貴族の令嬢の方がいいとか考えなかった?」
「さあ?考える前に君を好きになった。それに多分、身分でやるんじゃなくて、方法を考えて達成する方が気持ちいいって思ったんだ。だから俺のパートナーは君じゃなきゃ駄目だ」
そう言いながらザック殿下は私を腕に囲う。
「出会った時は身長もあまり変わらなかったのになぁ」
「そうだな」
今ではスッポリ胸の中だ。リリベルも腕をザック殿下の背中に回して尋ねる。
「それで、何になるんだっけ?」
「ああ、そうだった。俺、宰相府に行こうと思う」
「将来は宰相?」「なれたら」
多分、王弟という身分だけでなれそうだけど。
だけど負けず嫌いの殿下はそうじゃないんだろう。
それに身分でなりたいならお嫁さんは公爵家や侯爵家から選べばいい。
「あえて荒波を行くんだ?」
「君となら楽しいかなって。そう思うのは俺だけかな?」
殿下の肩に頬を寄せながら思う。
“この場所は他の人には譲りたくないな”って。
「多分、楽しい」だから仕方がないかな。
殿下も私に歩み寄ったんだ。だから私も殿下に歩み寄る。
それに子爵領は逃げないし、いつだって帰れる。
私が顔を上げると満点の星と一緒に殿下が嬉しそうに微笑んでいるのが見えた。それから殿下の唇がゆっくり落ちてきたから私も瞼を閉じた。
翌朝、サオリ達の準備が早く終わった為、私達が先に帰路に着くことになった。
「また王都で」
「うん。帰ったら直ぐに新学期だね?」
「そうだな」
今回は殿下が私達を見送ってくれた。
幸い、復路の道中も一度も雨が降ることがなかったから、スネイプニルの旅も行きと同様、5日で王都に着いた。
殿下達は多分、あと5日かな。
スネイプニルで侯爵家に戻ると、伯父と、伯母が待っていた。
「まあ!リリベルちゃん。まるで白馬の王子様ね」
「伯父様!伯母様!ただいま戻りました」
「リリ、お帰り。ベルトラント卿もご苦労だったな。今日はゆっくり侯爵家に滞在して、明日、神殿に帰るといい」
「いえ。帰還の報告をしますので、今日、神殿に戻ります」
ラント様はそう仰ってタナカを厩舎まで連れて行ってくれた。
「リリベル嬢、スネイプニルでの旅、貴重な経験ができた。感謝する。また神殿で会う事もあるだろう。女神様の事も…三神が会した件は…特に報告はいいか…」
珍しい。ラント様が神々の件を報告しないなんてと思っていると、リリベルの様子に気付いたのか「神々にだって私的な時間はあるだろう?」
そう仰って、タナカにも挨拶をして、ご自身の馬で神殿に戻って行かれた。
「ラント卿は相変わらず真面目なのねぇ」
伯母はそう言っていたが、リリベルからしたら、ずいぶん柔軟になったと思う…いやある程度仕方がないという耐性が付いたのか?
たくさんご迷惑をお掛けしたけど頼もしい護衛だった。
ちゃんとマリィ姉ちゃんにも報告しておこう。
リリベルは帰って来たばかりだが、とりあえずスネイプニル2頭の水や飼い葉の準備、ブラッシングと健康状態の確認などの世話をする。こればかりは他人にお任せできないのがシンドイところだ。
だが今回、サオリにはたくさん助けてもらった。
「サオリ、本当にありがとうね。北に戻ったら、北の陛下にもお礼を言っといてね。そしてサオリも頑張ったよって報告するんだよ」
リリベルはそう言ってサオリを撫でる。
サオリもタナカも好物のニンジンとバナナを食べて満足そうだ。
屋敷に戻ると今度はアイオット様と侯爵夫人が待っていた。
「リリ、お帰り」
「リリベルちゃん。お出迎え、出遅れちゃった。でも、ほらっこれ見て!ララちゃんの小説できたわよ!」
いつもの侯爵家だ。リリベルは帰って来た!とホッとした。




