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「伯父様、よく考えたら姉ちゃんとこのご長女、カテリーナ様の命日にご誕生だ!」
「本当だ。驚きだな」
西の国の貴族は10歳を過ぎた辺りから新年を迎えると全員1歳、年を取る仕組みだ。そうしないと誕生日会が多過ぎたり、誰の誕生日が豪華だとか、呼ぶの呼ばないだの社交界がうるさかったので、随分前から全員新年とされた。
それは王族も同じで、その合理的システムをリリベルはナイスだと思ったが、平民の皆様はずっと誕生日を大事にされているのだという。
うちのような大家族は毎月誰かの誕生日になってしまう。
「新年に一度祝うのは素晴らしい」と父も言っていた。重度の面倒臭がりの父らしいが、爺様なんてきっと分からない。
あ、いや多分、王妃様の命日が誕生日か…。
やはり皆、新年が正解だ。
「リーナベルちゃんのお誕生日だけは忘れなさそう」
「ちょっと待てリーナベルちゃん?」
「ああ、そうか言うの忘れてた。ララ姉ちゃんのご長女の名前、王太子殿下が“リーナベル”って名付けちゃったんだよ」
「また“ベル”か。止めなかったのか?」
「姉ちゃんが、まあいいかって言うから。それにドラ美より良くない?」
「ドラ美!それは誰のセンスだ?」
「南の王族の方々が考えたんだって。男ならドラ衛門だったかな?それが嫌だから逃げて来たって言ってた。もちろん南のゴタゴタに巻き込まれない為もあるけど」
「金髪に碧眼だったのか?」
「瞳はエメラルドグリーンだったよ。髪は濡れていたからハッキリは分からなかったけど、でも濃い色をしていたからご長男と同じキャメルブラウンかなぁ」
「そうか、カテリーナ様の命日だから“リーナベル”か…まぁでも子爵家ではないしな」
「ん?それはどういう意味?」
「子爵家じゃなければ“ベル”でもトラブルには巻き込まれないかと思ってな」
「それってどういう意味よ!私達、トラブルメーカーみたいじゃん!」
「違うか?」「‥‥‥クッ否定できない」
「お前もよく王子なんて引き当てたな」
そう言って伯父が勝ち誇った顔をした。何だか悔しい。
出産が夜間になったので、アイザックはララベル夫人が無事に女の子を出産した報告は侍女から義姉に伝えてもらった。兄上からも聞いているかもしれないしな。
それにしてもまさか兄上がララベル夫人の出産に立ち会い、しかも赤ん坊を取り上げるなんて正直驚いた。義姉上の出産の時ですら産まれる時は部屋の外で待機していたと聞いたのに。
俺は気になってライオット卿を探した。
彼はもう帰宅しただろうか?
「ライオット卿!」
ちょうど帰宅するライオット卿を門の所で見つけた。
「第三王子殿下?」
「済まない帰る所に呼び止めて、少し聞きたくて。もしかして兄は、兄上はララベル夫人が好きだったんだろうか?」
俺は周囲を気にしながら小声で尋ねる。
「ああ。学院生時代の事ですか?」
「そうだ。だって今日だって、まさか…」
「第三王子殿下、王太子殿下はあの後、王太子妃殿下に出産とは凄かったと感動しながら語っておいででした。もし、そうだったとしても、もうお二人には関係のない事です」
「過去の事だと?」
「そうです。私にはそう見えました。きっと侍従殿もそう仰るでしょう」
「そうか…ならいい」
まさか出産に立ち会って初恋の人に幻滅したとか?凄惨な場に衝撃を受けて…とか?
「第三王子殿下、きっともう王太子殿下の中では片付いた事なのですよ」
そう恐らく今日で。
好きな人の手を握って出産に立ち会った。あのわずかな時間の間だけ彼は彼女の夫に、そして子供の父親になれたんだ。
それを許したのは王太子妃とララベルだ。お陰で王太子はそれで彼の初恋に終止符を打つ事ができたのだ。
まあそれを第三王子に教えなくていいだろう。
俺からリリを奪った、ちょっとした報復だ。




