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「殿下!赤ちゃんを泣かせて下さい!」
「えっ!?」
「赤ちゃんのお尻を少し叩いて刺激を与えるのです。口の周りの異物を拭って!泣かないなら最悪、逆さにしてもいいから!」
医師が慌てて王太子に伝える。
王太子の手によって赤ちゃんは羊水を口からコポッと吐いて無事泣いた。
「殿下こちらに!」
神官様が赤ちゃんを受け取って清潔な布に包んで姉に渡す。その間、医師が産後の処置をする。
「殿下こちらをどうぞ」
リリベルはおしぼりを殿下に渡す。殿下の手は赤ん坊を取り上げたので汚れている。でも気付かなかったみたいだな。
「ああっ!」と言って驚いている。
「女の子だな」
王太子が赤ちゃんを胸に抱く姉の側に歩み寄る。
「そうね、息子が喜ぶわ。ずっと妹だって言っていたの」
「君と同じエメラルドグリーンの瞳だった…」
「やだっ殿下、泣いてるの?」
「グスッ…いや、赤ん坊って、こうやって産まれるのだと思うと感動して…」
赤ちゃんの髪の色はご長男と同じキャメルブラウンに見えたが瞳は母譲りだった。
「殿下が名前、考えていいわよ」
「え?君のご主人は?」
「男の子ならダンナが、女の子なら息子が付ける予定だったのだけど、息子は南の王族に洗脳されて“ドラ美”にするって言ってたの。それは嫌だから殿下が付けちゃってよ」
確かにドラ美は控えたいな、何となく。
「そうか。じゃあ…」
その間、赤ちゃんはお風呂に連れて行かれる。
王太子も気持ち良さそうにお風呂に浸かる赤ちゃんに目を細めていたが…。
「決めた。リーナベルだ!」
「え?またベルじゃない!」
「でも決めたんだ。この子の瞳を見て絶対リーナベルだって」
「え〜っまあいっか。私、疲れたから少し寝るわ」
えっいいの?とリリベルも思ったが、ララ姉ちゃんはそう言って秒で寝てしまった。
「姉ちゃん母乳!」
「大丈夫ですよ。お母さんが起きてからで」
赤ちゃんもお風呂から上がると、ぐっすり眠っていた。
王太子とリリベルが医務室から出ると「兄上!」と、ザック殿下が驚いていた。
「ザック」「兄上、服がブラウスが血まみれです!」
「ああっ赤ん坊を取り上げたからな」
「ええっ兄上が?」
「そうだ。ルト、着替えに戻るぞ。そなたの妹は無事に娘を産んだぞ」
そう言って王太子殿下は満足そうに兄を伴って戻って行った。ライ兄にはまだ居ろって付け加えて。
「リリ、無事に産まれたって」
「うん。ちゃんと健康な赤ちゃんで女の子だったよ」
「そうか。良かった安心したよ。間もなく伯爵達も来るだろう」
「ララは寝てるのか?」
「うん。赤ちゃんと一緒に」「そうか」
「リリベル嬢、前侯爵、俺も戻って義姉上に報告してくる。無事産まれたって」
「第三王子殿下、王太子殿下が赤ん坊を取り上げたとは…」
「ああ、そうだな。兄が言わない限り黙っておくよ。ララベル夫人の出産に立ち会った者達にも一応、口止めしとく」
ザック殿下はご自身の侍従に何かを伝えて護衛だけを連れて戻って行かれた。
ライ兄も持ち場に戻り、伯父と二人で伯爵達が来るのを待っていると、ザック殿下の侍従さんがワゴンを押してきてリリベル達にお茶と軽食を出してくれた。そして医務室にも何か差し入れをされてらっしゃるようだった。
「第三王子にしては気を使うようになったのだな」
伯父がそう言った。
「そう言えばすっかり忘れていたけど、朝食を食べたきりで何も食べてなかったね」
もうすっかり夜になっていた。
姉の出産は短かい方だったけど、それでも破水からは何時間もかかった。
それから少しして伯爵達が到着した。伯爵達は姉を起こさず目が覚めるのを待ってから帰宅するらしいので、あとは任せて私達は帰宅した。
今日は一日、色々あり過ぎて帰宅するとドッと疲れた。
それは伯父も同じようだった。




