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「子爵令嬢、賭けはそなたの勝ちだ」
陛下はそう仰って王妃様の日記と思われる手帳を私に差し出された。
「父上!王妃のっ、そっそれは国の物です!」
「これは前子爵の母親の日記だ。彼は最近まで本物の両親がどんな人物なのか知らずに生きてきた。だからこれは彼の物だ。唯一の母親の形見なのだ王太子よ。令嬢、祖父殿に読んだら好きにすると良いと伝えてくれ」
「陛下!ありがとうございます」
私は日記を受け取り礼をした。そして陛下は「王太子、そなたも心残りの解消に努めよ」と申され静かに墓所から去って行かれた。
神官様は陛下のお詫びを聞いてから、ずっと歯を食いしばって耐えておられたが、陛下の姿が見えなくなると嗚咽を漏らして泣き崩れてしまわれた。
「神官様!」アイオット様が直ぐに駆け寄る。
「ララベル夫人、少し時間をいいか?話をしたい」
姉は頷き王太子殿下の後ろを静かに付いて行く。
「ララ姉ちゃん、伯父様と庭園で待ってるから」
と姉に呼び掛けると、姉はチラッと後ろを振り返り微笑んだ。
「父上、私は神官様を送って参ります」
「頼んだよ。アイオット」
アイオット様も神官様を支えて去って行かれた。
ライ兄は陛下を追いかけて出て行ったから、もうここには伯父とリリベルだけだ。
二人で顔を見合わせて墓所から出て、近くの庭園のベンチに腰掛ける。
今日は曇天だが風もなく意外と寒くない。それに冬でも庭園は手入れされており、寒椿が見頃で意外と華やかだった。
「全部、お前の仕業か?驚いたよ」伯父がボソッと言った。
「ううん。さすがにあそこまでは想定してなかったよ、伯父様」
だが伯父は呆れた顔を見せた。
「最小限の行為で最高の結果を得る。やはり侯爵家の後継はお前にしたい」
「伯父様、はいこれ」伯父の言葉はスルーする。
「いいのか?爺様のだろ?」
「先に読んだら爺様に渡して。私はどちらがそれを持っていても構わないし」
「そうか。でもまずは読んでからだな。お前も読むだろ?」
「マラカス1世みたいに読めなくなければね」
「ハハハそうだな」
伯父は笑って手帳をジャケットの内側の胸ポケットに入れた。
「伯父様、椿がキレイだね」「そうだな」
「伯父様は赤い椿の花言葉って知ってる?」
「椿か…さあ椿は知らないなぁ」
「私も知らないんだよね。調べている途中で色々あって、すっかり忘れてた」
「赤い椿がどうかしたのか?」
「南の国の第二王子妃様が選んでくれたみたいなんだけど、ユカタに合わせた髪飾りが赤い椿の花だったの」
「メッセージは何もなかったのか?」
「…殿下と仲良くねって」
「…そうか。良かったじゃないか。もう躊躇せずに殿下の色を着られるし付けられる」
「えっまだ、ちょっと恥ずかしいな」
「お前に恥じらいという言葉があったとはな」
「酷すぎる」
しばらく二人で椿を見てると、王太子殿下の護衛さんが凄い勢いで走って来た。一体どうしたんだろう?
「大変です。リリベル嬢!前侯爵様!ララベル夫人が破水したそうです!」
リリベルはガバッと立ち上がる。
ララ姉ちゃんはまだ妊娠9ヶ月だったはずだ。早産!?




