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「アイザック殿下、それでお話とは?今日はカテリーナ様の命日でしょ。あなたは行かないの?」
「義姉上は?」
「私はカテリーナ様のお父上の国王陛下の命日の方に行こうかしら?だって誰も彼を訪問することはないでしょ?だから行ってみようかしら」
「義姉上…そんな理由は悪趣味ですよ」
「殿下、彼の肖像画を見た事はある?とても素敵な美男子だったそうだけど、ハッキリ言って王太子殿下の方が何倍も美男子だと思ったわ。外見だけじゃない。真面目で優しいし体も鍛えていて頼もしい。それに王女達を可愛がる良いパパでしょ?だから「あなたより良い男よ」って、それを言ってやろうと思ってね」
「兄は義姉上にとっても良い夫ですか?」
「そうねぇ。私は彼しか考えた事がないの。だから他所の夫とも比べた事がないから分からないわね。そもそも王太子は一人だけだから誰かと比べるのもねぇ。それよりアイザック殿下のお話は何?」
「義姉上…」
「皆様、お待たせしました。まあ今年は侯爵様も?一年経つのは早いですわね。もうカテリーナ様の命日だなんて」
伯父は神官様を神殿に迎えに行って、私達とは王城の墓所の入口で待ち合わせをしていた。
今年はリリベル以外にアイオット様とララ姉が加わって、先に入口に到着したので伯父達の到着を待っていたところだった。
「アイオット、ライオットはまだか?」
「そろそろ来るはずですが」
王家の墓所は王城内なので近衛騎士の同伴が必要だが、毎年、ライ兄がこの日は必ず同伴してくれている。
とその時、足音が聞こえてきてライ兄が現れた。でも後ろに誰か連れている。
「国王陛下!」
伯父もアイオット様も驚いて顔を下げ腰を落とし礼をする。
リリベルも姉もスカートを摘み腰を落とす。身重の妊婦の場合、膝を少し曲げるだけで許される。リリベルの少し後ろで腰を落とす神官様が少し震えてらっしゃるのを感じたが、でもそれもほんのわずかな間だった。
「皆、表を上げて楽にして良い。急に訪れて申し訳なかった。だが今年は余もカテリーナ様と久しぶりに語りたいと思った。本来はタイミングをずらすべきかとも考えた。だが、やはり私も…ちゃんと向き合うべきだと思ったのだ。すまないが参加を許してくれないか?」
伯父は顔を上げて「私は構いませんが…」と言葉を濁した。
「良いではありませんか。カテリーナ様は寛大なお方でした。それに何かに向き合う前向きな姿勢を女神様も応援なさるでしょう」
神官様がそう仰った。
そして陛下の後ろには王太子殿下もいらっしゃった。
王太子殿下は少し前は、かなりやつれてらっしゃったが、今はだいぶ顔色も戻り健康を取り戻したように見える。
我々はライ兄の先導で墓所に入りカテリーナ様のお墓に向かう。
お墓の前に到着すると神官様の祈りの言葉で、皆、黙祷を捧げる。その後は、各々、死者と祈りながら語らうのだ。
もちろんこちらの一方通行だ。
祈りが終わった後、リリベルはカテリーナ様のお母上のお墓にあった水色の石の指輪を撤収させ、代わりに淡い金色のレースの縁取りのハンカチを敷きその上に水色の石を置く。
王太子殿下がその様子を目ざとく見つけ、声をかけてくる。
「リリベル嬢、私は以前、君達にその行為は無駄であると伝えなかったか?」
「王太子殿下、私は思ったのです。殿下のお言葉よりも自身の勘を信じるべきだと。今、思えば配慮だったのだと思うのですが、カテリーナ様には伝えられず隠された事実が多かった。私はそれに胸を痛めて今日はそれをカテリーナ様に全部お伝えしました」
「リリベル嬢、何を!私が嘘を吐いたとでも?!」
「はい。だからお伝えしたんです。カテリーナ様はお母様にも愛されておられましたよと。そしてオリベル王女も愛されていたんですよって」
「リリベル嬢、何を根拠に?!」
「王太子よ止めるのだ。余は宝物庫にあった王妃の日記をそなたの母の王妃と共に読んだ。そなたの母は言っておった。国王への報復がスッキリしたと」
「えっ…」
「だが王妃と北の王子との仲には不貞と知りながら涙しておった」
「そなたには産まれた時から公爵令嬢を付けておった。だから互いに選ぶ機会を与えず、公爵令嬢とそなた双方に申し訳ない事をしたと後悔しておった。そんな母の気持ちを無視して、日記の内容をまだ否定したいか?」
「父上…」
「そなたも十分、愛情深い。家族を愛し、弟の為にヤツレもした。だから余はそなたの気持ちが分かるから余計に詫びねばならない。済まない子爵令嬢、いや前侯爵にか?これに嘘を吐かせたのは私のせいだ。自由に恋もさせてやれなかった私のせいなのだ」
「そして神官、いや公爵令嬢、本当に申し訳なかった。あなたの父上は取り憑かれたように娘を王妃にする事に必死だった。だから安易にあなたを選んだが、余も恋をしたのだ。まだ幼かったが美しい天使に北で出会ってしまった。私が女王と今の北の王である王太子に頼んだんだ。15になったら妻に欲しいと」
「王女であったから許されると思っていた。あなたも許してくれると。でも許さないのは、あなたではなくてあなたの父親だった。余は…あなたも守らねばならなかったのだ。守らなかったから、あなたの妹まで犠牲になった。愚かで未熟だった自分を反省するばかりだが、今となっては詫びしかできない」
「王太子も公爵令嬢も侯爵家も余を許さなくていい。だが余の詫びを受けてくれ。受け入れなくて良い。本当に申し訳なかった」
陛下はそう仰って頭を下げられた。
伯父も王太子殿下も神官様も信じられない物を見た様な顔で、しばらく唖然とされていた。




