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「リリ、おはよう。昨晩はナルが帰って来たみたいだね」
「おはようございます。アイオット様」
「兄は昨晩は遅かったので、朝食には来れないようです」
「執事に聞いたが、厩舎にスネイプニルがいるんだろう?ナルは乗れるようになったんだね?」
「恐らくサオリ同様、北の訓練された馬なのかと。ですが本質は子爵領の野生馬と同じはずですので注意は必要です。学院に行く前に様子を見てきます」
「私も一緒に行くよ。近寄れる距離を教えてくれ」
朝食後、リリベルとアイオット様でセノビックを見に行く。
セノビックは馬場に出てご機嫌そうに散歩をしていた。
朝陽を浴びて彼のグレーの毛に混じる白い毛が輝いて彼を銀色に見せている。
「白馬ではないが美しい馬だな。体格も良いし、とても良い馬だ」
アイオット様が褒める。
「セノビック、おはよう」
セノビックは近寄ってはこないが「ブヒヒッ」と挨拶を返してくれたようだ。
「アイオット様、おはようございます。リリ、これから学院か?」
兄は朝食よりもセノビックの世話を優先させたらしい、厩舎からホウキを持って出てきた。
「やあナル、起きていたのか?疲れはもう取れたのかい?」
「お兄様、おはよう」
「アイオット様、お陰様で。リリ、コイツで学院まで送ってやろうか?」
「まさか3分で着くぞ!とか言わないよね?」
「ハハハッ。朝の馬車道でそんな事したら危ないだろ?」
「ナル、私はその馬に触れないかな?その子は大人しそうに見えるが」
「どうでしょうか。毎日通われて顔馴染みになれば触れるくらいなら…」
「リリは平気なのにか?」
「本当だ。昨晩、コイツとは初めて会ったんだよな?」
「うん。そうだけど…」
そう北の馬達は訓練されているせいか、リリベルはどの馬にも普通に触れるし乗れる。子爵領の野生馬達は分からないが。
「まあ、リリが馬に好かれるのは良いとして、ナルは明後日には侯爵領に向かうんだろ?」
「はい。冬になる前に海賊を叩いておかないと」
「世話をかけるね。ナル」
「大丈夫です。私も侯爵家の一員ですから。それに今は相棒もできたし心強い」
「アイオット様、領地に兄がスネイプニルで向かうって連絡しておかないと」
「そうだな。まあ領地はここより随分広いから大丈夫だろ」
「隣の伯爵家には、リリに言われた通りマティアス氏の絵画を持って行ったら、いつでも我が家の厩舎を使ってくれって言われたよ」
良かった。またスネイプニルが来るかもって予想しておいて。
結局、リリベルは今朝は馬車を使わずに、兄とセノビックに学院まで送ってもらった。確かにスネイプニルは適度に外出しないと、パワーを持て余してストレスを溜める。そうすると攻撃性も増すから危険なのだ。疲れても攻撃的だし、本当に扱いが難しい。
でもリリベルが学院に兄と現れると大騒ぎになった。
「王子!王子様が現れた!」「違うわ天使様よ!」
「天使様だわ?!」
「リリベル嬢が銀の馬に乗った天使様と現れた!」
「まあ、あの方はベルナルド様だわ!」
「昨年のデビュー以来ね」「リリベル嬢の兄君なの?!」
兄はリリベルを降ろしてさっさと帰ったが、リリベルは当然、教室まで令嬢に質問責めだ。失敗した。このリスクをすっかり忘れていた…。
「やあ、リリベル嬢、今朝は派手なご登校だったらしいな?兄君は王都に戻って来られたのか」
生徒会室でザック殿下が久しぶりにリリベルを揶揄ってくる。
「殿下まで…もう口聞きません!」
「ゴメン、ゴメンって!」
これも久しぶりに聞いたな、殿下の誠意の無いゴメン…。
「そう言えば兄上が言っていたけど、子爵領で北の陛下が乗り捨てて行ったマスオが行方不明だって」
「マスオ?」
「そうマスオって名の馬らしいが、子爵も知らない馬らしい。もしかしたら今朝の噂になっていた銀の馬なんじゃないかと」
「兄はセノビックって呼んで…いや自分で付けたって言ってた!」
「じゃあきっと、そのセノビックがマスオだな。何か大きくなりそうな名前だな」
殿下も私と同じ事言ってるし…。
「さすが君の兄上だな、白馬ではなくてもサオリ級の馬なんだろ?今朝、目撃した者が言っていた」
「多分、雄馬なのでサオリよりも大きいしパワーがあると思います。恐らく年も若い」
「そうか。馬にも君の兄上にも、また挨拶したいものだな」
「兄は明後日には侯爵家の領地に向かうと言っていました」
「海賊被害か?」やはり殿下もご存知なのか。
「まだ被害はほとんど無いと。でも冬までに叩くと兄が」
「侯爵家は騎士団が揃っているからな。被害は主に侯爵領以外の近隣の港で聞いている。王家でも夏場に騎士団を派遣して少しは加勢したんだが…」
そうか殿下の南の派遣のせいで騎士団の人数をあまり出せなかったんだ。
「この秋にも送るから侯爵家や近隣の貴族と協力して何とか討伐を頑張って欲しいな」
「兄に伝えておきます」
「悪いな。助かるよ」
「いいえ。ところでマリアンヌ嬢、テストが終わったら私にお願いがあると仰っておりませんでしたか?」
「会長!あの…でも、やっぱり…」
「どうされたのです?皆の前で言いにくい事なのですか?でしたら資料室で聞きましょうか?」
「いいえ違うんです」
「マリアンヌ様、言ってしまいましょう。私達だけの希望ではないではありませんか」
「フィジー嬢、そうですね」
マリアンヌ嬢は机の引き出しから紙の束をリリベルに渡して来た。結構な枚数あるが何だろう?
「ん?嘆願書ですか?」
「はい!会長には、また男装して頂きたいと!3学年合わせた令嬢達から嘆願書と署名をお預かりしました。宜しくご検討ください!」
「‥‥‥えええ〜っ!!」




