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あれから店主に「マグロチキンとは何か?」と聞いてみたら、南の隣国ではマグロの事をシーチキンと呼ぶそうで、それはあちらの言葉で“海の鳥肉”と言う意味だそうだ。
それで最初、店主はマグロカツって書いたけど「オシャレじゃないな」と思ってシーチキンカツに変えようとしたらマグロチキンと混ざってしまったのだと言う。
人騒がせだなぁ。「お前がな」って殿下に突っ込まれて不満に思ったけど、今日は殿下とBENTOO屋にオヤツを買いに来た。
いつも私が食べているのが気になったらしい。
「店主は南の隣国でも料理修行したことがあるそうですよ」と言うと、益々、気になったみたいだ。
ここの持ち帰り用ご飯には全部“学院手作り安心マーク”が魔法で貼付されている。マークを剥がしたり、包みを剥がすとマークの印字も消える仕組みになっているので誰が買ってきても王族や高位貴族も安心して食べる事ができるのだ。
しかし、ちゃんと賞味期限は確認しないといけない。安心マークの魔法の持続期間が賞味期限までなのだ。
そんな事より、今日こそは“ザ・ルウドン”にチャレンジしたいと思った。しかし、その前に店主が立ちはだかり、
「嬢ちゃん、これをマスターしたらな」と不敵に微笑まれ、“箸”なる物を渡された。これで食べ物を摘めるようにしないと食べる資格が無いらしい。
悔しいが今日は諦めて生徒会室で箸の練習をする。殿下はなんと普通に使える。実は隣国に行く前に姉君と練習したそうだ。
生徒会長が「ここで何やっているんですか!」ってご立腹だったけど、そんなの想定済みよ。
会長にも箸を持たせて「これを使えるようになってから文句言って下さい」って言ったら会長も真剣に箸と戦ってた。
それから生徒会全員で箸の練習をした。
殿下がビシバシ私達をシゴく。全員で箸に挑む異様な雰囲気に、お菓子を差し入れに来た高位貴族のご令嬢集団が恐れをなして立ち去ったらしい。シャーロットがお菓子はありがたく受け取ったと言っていた。
シャーロット、グッジョブ!
しかし、あんなに箸を練習したのに、ある日の中庭の東屋で令嬢達が「ウフフッ」て微笑みながら上品にフォークで“ザ・ルウドン”を巻いて召し上がっているのを見たら、ちょっと虚しくなった。
しかも「フォークで巻きにくい」とクレームが来たそうで、ウドンの種類が“イナニワ”というフィットチーネに似た麺に変わっていたのだ。
一緒にいた生徒会長は遠い目をしながらも、
「生徒会とは、いつでも生徒の先駆けを行くものです。箸を使えることは、いつかきっと生徒達の羨望の眼差しの的となるでしょう」と仰った。そして殿下も、
「今頃、姉上も箸でご飯を召し上がってらっしゃるはずだ。そう思うと私は箸を使えるという事は尊いと思う」と仰った。
殿下の遠い目は、きっと南の異国の地に嫁がれた姉君を見ていたのだろう。
リリベルは「最初からフォークで食べさせろ」って思わないでもなかったが、生徒会長と殿下のお言葉に、王家と生徒会とは意外と地味な苦労を背負うものなのだなと思った。




