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「残念ながら、今、実がなっている木は無いみたいなんだ」
ザック殿下が温室内をエスコートしながらそう仰った。
「バナナやパイナップルを植えた事があるそうなんだが、あれは一度で終わってしまうから、やはり木の方がいいだろうって「ちょっと待って下さい殿下!私は南国フルーツに固執している訳では無いですよ。ただ珍しいから、つい興奮してしまいますけど」
「そうなのか?」
「まあ基本的に食べられる植物が好きではあるんですけど」
「そうだろう?生徒会室で食べたイチゴは美味しかったよ。それにメロンも皆、楽しみにしている。お陰で皆が植物の世話を始めるようになってしまったけど」
「それは良い事だと思います。植物と向き合うと心が穏やかになりますよ」
「そうか?そうなのか?」
「だから殿下も世話をして下さっていたのではないのですか?」
「えっ?俺?俺は…うん、そうかもな…」
本当は違う。リリベル嬢が喜んでくれるからだ。でもそれは下心とかではない。多分、リリベル嬢が喜ぶ事で俺の心が穏やかになるんだと思う。
「今日のお茶会でも公爵は怖かったか?」
「いいえ。でもマリアンヌ嬢の事で謝られてしまいました。公爵の思惑でマリアンヌ嬢は動いていた訳ではなかったんですね」
「ああ多分、彼女の父親だろうな。だが公爵家はすでに王太子妃も出しているし、南に行ったが姉の侍女も出している。これ以上、王族に娘を出す必要はないんだ。だから君も気にしないでくれ」
「へっ?別に気にしていませんが。そう言えば北の国王陛下が仰っていたザック殿下の秘密って、お父上の陛下に聞いてみられたのですか?」
何でか今、ムカついた。それに…
「君は俺に子爵家の呪いの事は黙っていたのに、俺の秘密は聞こうとするのか?」
「え?だって、たかが子爵家の呪いなんて王族に知ってもらう必要がありますか?あ、でも殿下の秘密は聞くべきではありませんでした。つい踏み込み過ぎてしまって…無礼をお許しください」
「リリベル嬢、俺は…君は側近だけど一緒に東の隣国にも行ったし、子爵領にも訪問させてもらった。親友に近い存在だと思ってた。だから君にとって些細な事だったかもしれないけど、呪いの事を黙っていた事は、少しガッカリしたんだ。お互い“何でも”話せる仲だと思ってたから」
「それは…そんな風に思って下さるのは有り難いですけど…」
確かに側近だが、身分が違い過ぎて親友は無理がある気がする。それに異性でもある。“何でも”とはいかないだろう。だから私は王族の秘密に踏み込む権利はない。
やはり2学年で殿下の側近は潮時だろう。生徒会も抜ければ、もうお役目御免でいいはずだ。殿下も婚約者を決めなくてはならないだろう。そしたら私は益々、邪魔者だ。
「リリベル嬢、俺の秘密も実は大した事ではなかった。王家に多い赤い髪の事だった。この髪は「ちょっと待って下さい!私、聞く気はっ」
「いいんだ。別に秘密でも何でもない。ただ忘れ去られた歴史なだけだ。この赤い髪は南の隣国の更に南にある火山の国の姫が、かなり昔に王家に嫁いで来たことが由来らしい。その名残りが今でも残っている事に、北の国王は感心していただけの話なんだ」
「えっでは赤い髪はこの国の王家特有のものではないと言う事ですか?」
「う〜ん、そうだな〜。でも、もう長いこと赤い髪は生まれ続けているから、この国の国民の認識では赤い髪は王家の証みたいになってはいるよな」
「そうですね」
「だがルーツが違うんだから、どんな容姿の持ち主が王家を継いでもいいんだよ。むしろ能力重視の方が国民の為になる。東の国の王族なんて、すでに様々な容姿を持ち合わせているだろ?」
それはそうだ。東の王族と聞いてピンとくる容姿は無い。
「でも南の隣国の更に南の国、火山の国ですか?全く知らない国ですね」
「そうだろう?南の隣国とは交流があるそうだ。確か姉上の結婚式でも彼らは招かれていたんだ。俺も少ししか知らないが“不死鳥フェニックス”を信仰しているそうだ」
「フェニックス!?」
「ああ。火山から生まれてくる不死と言われていた鳥らしいが、やはり時代と共に失われた神獣のようだ」
「へえ、凄い。まだまだ知らない事が沢山ある」
「そうだな世界は広いな」
リリベルは将来、子爵領に留まるのもいいが、時々は知らない国を旅して回るのもいいなと、ちょっと思った。




