168
「リリベル嬢!なあっリリベル嬢!」
「‥‥皆の者!何故かリリベル嬢が私のことを無視する!」
今、子爵家の食堂で皆で夕食を頂いている。
今日のメニューはマスの卵を絡めたクリームパスタだ。濃厚なクリームソースを絡めたフェットチーネにチーズとパンチェッタの塩加減が絶妙で、そしてプチっと弾ける虹色マスの卵、本当に最高だ。
付け合わせは茹でザリガニとマスのミソ焼きバター掛け、どれも絶品なはずなのにリリベルの心は何度、陛下をグーで殴ったか…。
陛下は心を読める。存分に読めば良い。ほら悟れ!
「ゴメン。ゴメンてリリベル嬢」
その詫びは、いつぞやのザック殿下だな。ザック殿下も学んだぞ!気持ちのこもらない詫びは相手の怒りを増長させるだけだと!
「そこの!そこの赤い王子よ!俺はどうすればよい?」
「自業自得では?」
「妹よ…そなたの息子もツレないのぉ」
「お兄様、マスの卵美味しいですわ。プチプチと口の中で弾けますの。残りを塩漬けにしてお土産にしてくれるそうですわ」
「王太子?」
「私は西の民ですから西の女神を怒らせるような事は致しかねます」
似ているだけなのだが、王太子の中では、私は女神認定されちゃったの?
他の皆も塩茹でのザリガニを真剣に剥いていて無口だ。
子爵家の狭い食堂に高貴な方々が座って、庶民の食事に少し毛の生えたようなメニューを食べている光景も不思議だが。
きっと伯父の別荘では、もっとスゴいご馳走が用意されていたはずだ。
「そこの!水色の瞳の少年よ!リリベル嬢の機嫌を取ってくれたなら、そなたの悩みを解消してやるぞ。北の白馬を与えてやっても良い」
ナル兄にまで魔の手を伸ばしたか!どうしてそこまで私の気を引きたいの?でもナル兄にそれは逆効果だぞ!ほら陛下、睨まれてる。
「従兄弟殿!リリベル嬢はそなたを一番、慕っていそうだな」
「お父様、お母様が落ちたわ」
「ああ、婆様はいつも朝が早いからな。失礼するよ」
爺様は婆様を抱えて消えた。多分、もう戻らないだろう。
「子爵ぅ?君は!君は…東の神にこれまたソックリだ!いや、もう少し若ければ!だが」
また余計な事を…この人、北の国では周囲からウザがられてないといいが。
「俺は国王だぞ!」
知ってる。でも今の5歳児みたいだった。あ、凹んだ!でも可哀想って思ってやんない。
「クソッ!」
やっぱり演技か。
「仕方ないな〜これは取っておきの秘密だが…」
もう私の事はこれ以上、情報は要らないんで!
「いや違うぞ!西の女神の話ではな〜い」
「赤い王子、そなたの事だ。これは、そなたの父が北に来た時、教えてやったが、そなたは聞いてないだろうな」
この話には皆、ちょっと陛下に注目する。
「そなたの父も驚いておったから、恐らく西の王家の文献でも触れられておらんのだろうな。聞きたいだろう?」
「いいです。帰ってから父に伺いますから」
陛下!あなたに聞かなくてもいい事は、取っておきの秘密にはならないみたいですよ。
「……」そうそう誰も知らない事しか秘密じゃないんですよ。
陛下は先に、他に知ってる人をバラしましたから。
あ、やけ食い始めた。ちゃんと味わってね。せっかくの子爵領の春の旬と珍味だ。それに心の中では会話してあげてるでしょう?
「そうだな。そなたは心を読まれても平気なのだな」
「ホントだ。何でだろ?」でも喋んなくてもいいから便利だ。
「そんな事、初めて言われたな。そうか〜だから西の女神か」
「?」