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「王妃様お茶をどうぞ」「夫人、急に訪ねて申し訳ないわね」
「母上!」「まあ王太子殿下、前侯爵もようこそ。ちょうどお茶を淹れましたの」
「夫人、世話になるな。この建物は立派だが、そなたら前子爵の住まいか?」
「いいえ、王太子殿下。この建物は以前、子爵家の肖像画を収蔵した建物でしたの。ですが、夫が畑に近いので農具置場にしてしまいましてね。見かねた前侯爵様が建て直して下さいましたの。オホホホ」
「先祖の肖像画がある場所に農具を?」
「まあ些細なことですわ。オホホホ」「…そうか」
「陛下がお戻りになったら、案内しようとは思っていたが、子爵家の代々の肖像画はなかなか見応えがあるぞ。王太子殿下」
「ほう。前筆頭侯爵に言われるほどか。楽しみだ」
「でも、きっとあと2時間は戻りませんわよ」「そんなにか?」
「ええ。ちょうど今、虹色マスが沢に遡上の時期で卵を抱えておりますの。良い時期にお見えになりましたわ。殿下」
「このお茶も、とても美味しいわ夫人」
「美容に良いとかで、夫が葉を取って来て煎じてくれますの。あの人はこの山の事で知らない事は何もないのですわ。きっと」
「しかし、不思議な格好をしているのだな前子爵は」
「私も不思議なのです。真冬でもあの格好ですのに、暖炉の前でうたた寝をして風邪をひく男なのです」
「…そうか。器用なのだな前子爵は…」
それは褒めているのか?だが確かに返答が難しいとベルオットは思った。
ちょうど2時間程でマス獲りの一行が戻って来た。全員で大量に魚を抱えている。
「まあ!今日はマスの卵のパスタね」「姿焼きも出来るぞ!」
「ミソだ!ララ姉ちゃんが持って来てくれたミソで姿焼きにしよう爺様!バターも載せて」
「クマは大丈夫でしたの?」
「ああ居たけど良い場所を譲ってくれたから、マスを何本か譲っといた」
「一体何の話だ?」王太子殿下が前侯爵に尋ねるが、前侯爵は「子爵領で細かいことは気にするな」と言っただけだった。
何か分かる気がするとアイザックは思った。
爺様が厨房にマスを届けたいが…と言うと
「ああ!お前達、手伝ってこい」「陛下いいの?」
「しばらく、この建物にいるんだろ?なら大丈夫だ」
爺様と陛下の侍従さんと護衛騎士達がマスを運びに子爵家の厨房に向かった。
それ以外の皆で子爵家の肖像画を見に行く。
「おぉ!うちと似た面々ばかりだな。全体的に薄いな」と陛下が仰る。
「でしょ。でも陛下これ見て」
いつの間にタメ口になったんだ!アイザックは心配するが
「ああ何だ!この色使い!この肖像画!」
「うちの両親の肖像画なの」
「これは最近、流行りの画家か?確か、マティアスとか?」
「え〜王太子殿下覚えてらっしゃらないの?」「何がだ?」
「王太子殿下、マティアス家は侯爵家です。以前、殿下の側近候補でらしたアンリ殿のことかと」と兄が言うと
「はあー?!アンリ!あのアンリか!!」
王太子殿下は大層驚かれているが、全然、気付いてなかったのか。という事はユノゴー氏の事も忘れていそうだな。
陛下はその間も肖像画を眺め「あぁ…こいつも逃げたヤツだな…」とか何枚かの肖像画を見てブツブツ言っていたけど、やはりマティアス氏の絵には衝撃を受けたみたいで、伯父に次回の輸入品にマティアス氏の絵画を注文していた。
しかし、我が家の先祖は逃げた王子ばかりなのか?脱走王子の溜まり場か?その度にスネイプニルに乗って逃げてきているんじゃないでしょうね?
もしかして北の王家の王子には“脱走マニュアル”が裏で回ってるんじゃないの?勝手に子爵領が逃げ込み先ベスト1とかにランキングされてないよね?
もしかして王妃様が以前、子爵領は北の領地だったと勘違いしていた事と関連してないか?
「リリベル嬢、“脱走マニュアル”はこっちで調べてみるぞ」
わーやっぱり、バッチリ心読まれてる…。