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マリアンヌは苛立っていた。
学院が始まって1ヶ月が経つが、全くアイザック殿下との距離が縮まらずにいた。学年は違っても生徒会で接する機会は多いはずなのだが。
従兄弟のマレシオンはリリベル嬢に興味があるらしく、マリアンヌの事を応援すると言ってくれたが、彼は最高学年で生徒会を抜けており、別のことで忙しくしている。
伯爵令嬢であるリリアンは公爵家の傘下で、マリアンヌに協力してくれるかと思いきや、すっかりリリベル嬢の親友の位置にいて「リリベル嬢の意思を確認してから」と全てがリリベル嬢ファーストだ。
更に、もっと不可解な存在が子爵令嬢のシャーロットだった。彼女はマリアンヌに対して「ヒロインになりたいですか?それとも悪役令嬢になりたいですか?」と聞いてきたのだ。全く意味が分からない。
とにかく今は北の国王が来訪する事で忙しいのは分かる。特にアイザック殿下もリリベル嬢も渦中の人だ。だが学院も生徒会も北の国王来訪に関しては無関係なので自分は何もすることが無い。
むしろ国王の来訪期間の5日間は北からの訪問を歓迎する為、学院も休みになってしまった。何も出来ない。それが余計に自分を焦らせている。今は最大の味方であるマレシアナや公爵も頼れない。
生徒会室で一人、ボーッとするマリアンヌに声を掛ける人がいた。
「あれ?マリアンヌ嬢、お一人ですか?今は生徒会も仕事が無いので来る必要はないはずですが?」
元凶のリリベル嬢だ!
「早く生徒会の仕事を覚えたいので…」
一人きりになりたかっただけだが嘘を吐く。
「そう言えば私もザック殿下も昨年の今頃、生徒会に入れられたので資料内容を夏までに頭に入れるよう叩き込まれました。マリアンヌ嬢は自発的に偉いですね」
「生徒会長はお忙しいはずですのに、なぜこちらに?」
「ああ植物達の世話をしないと」「植物ですか?」
「そう。ここの植物」
マリアンヌは生徒会室を見渡すと、緑が生い茂るプランターや鉢が所々ある。
「これっまさか?!」
「そう。まさかです。私が趣味で置いているんです。どれも食べられる物を育てているので楽しみにしていて下さいね」
「えっ?お花じゃないんですか?」
「皆、そう言うのですが、私は食べられる植物の方が楽しみがあって好きなんです」
貴族令嬢が?リリベル嬢まで変人か?!
「今、私の事を変だと思いました?」
マリアンヌは表情を咄嗟に隠すことが出来なかった。
「フフ。まあいいです。男装なんかもしてますし。でも」とリリベル嬢はプランターの植物の一つに近付いて何かを取った。そしてマリアンヌの手の平にそれを載せたが、リリベル嬢の手で覆い隠されていて何なのか分からない。マリアンヌは自分の手の平で何が起きるのかジッと待つしか出来なかったが、リリベル嬢が手の上の物に何かを念じているようで、それをただ見ていた。
そして「よし!」とリリベル嬢が覆っていた手を退けると、マリアンヌの手の平には大粒の真っ赤なイチゴが載っていた。
「頑張り屋のマリアンヌ嬢にご褒美です」と言ってリリベル嬢は植物にサッと魔法で水撒きをして帰って行った。
マリアンヌはイチゴを手に載せたまま見ている事しか出来なかったが、もらったイチゴはマリアンヌが今まで食べたイチゴの中で一番甘くて美味しかった。
しかも、ご丁寧に冷やしてあった。
それからマリアンヌは、忙しくしているリリベル嬢の代わりに植物の水撒きを申し出た。するとアイザック殿下が
「日向にも移動してくれ」と言ってきたので頷くと「ありがとう」と言われた。
何故、アイザック殿下がお礼を言うの?と思ったが、自分が何か役に立つ事が今は嬉しかった。
そして驚いた事に生徒会室に王妃様の青薔薇があったのだ!しかも蕾を付けている。
「何でここに!?」マリアンヌは驚きを隠せなかった。
何故なら王妃様の青薔薇は密かに社交界では有名だった。
気に入った者にだけ見せてくれると。
しかし北の者が違法の国境侵犯未遂を犯した事で王妃様が胸を痛め、責任を取るかのように青薔薇を全て処分したと噂になっていたのだ。
その青薔薇がまさかこんな所に!
「マリアンヌ嬢、青薔薇だけは日向に置かないで下さい。これは光は僅かで良いんです。むしろ高温に弱いので、もし生徒会室が暖まっていたら換気をお願いします」とリリベル嬢が言った。
「これはこんな所にあって良いのですか?」
「私が王妃様から戴いたんです」またビックリだ。
「でも、もしかしたら北の国王陛下がいらした時に必要になるかもしれないので、大事に世話をお願いします」
「これ、もう咲くんじゃないですか?」
「まだ大丈夫ですよ。この子は少し寝ているんです。だから、ちょうど来週、北の国王陛下がお見えになる頃、開花を迎えます。ああそうだ!マリアンヌ嬢、青薔薇が咲いたら届けて下さいませんか?」
「どこにですか?」「私の所でいい。王子宮に頼む」
マリアンヌはまだ王子宮には行った事がない。まさか、こんな形で訪問するとは…でも「承りました」と礼を取る。
「ありがとう」とリリベル嬢は微笑むが、その姿は絵本の中の王子様そのものだった。
学院の令嬢達が彼女に熱狂している理由が分かる。
これは皆、侍従じゃなくて“王子様”を追いかけているんだ。