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3日後には学院の始業式で前期授業が始まる。
そろそろ準備を始めないといけないのだが…
「リリベルちゃーん第三弾お願い!」
さっきから侯爵夫人が横でうるさい。リリベルは死んだ魚のような目になるが、ユノゴー氏まで呼ばれてしまい、彼も困った顔で応接室の隅で小さくなっている。
まあ、リリベルも東から帰ってから直ぐ、夫人に言われて考えなくもなかった案が一つある。これで本当に最後だ。
夫人に約束させる。三弾で絶対最後だと。夫人も覚悟を決めて頷いた。第三弾では侍従を殺してしまうのだ。
これでもう出せない。強制終了だ。
「リリベルちゃん、何て恐ろしい…」
「何とでも言って下さい。ユノゴー氏!準備を!」ユノゴー氏が待ってましたとばかりペンを握る。
「出だしは王太子と別れたところからなので、別れた理由は王太子の将来を案じてという事にしてましたが、真実は!」
「真実は?」「侍従は不治の病で余命僅かなのです」
「まあ!だから?」
「そう。だから彼は身をひいて彼の元を去った!」ちょっとベタかな?
でもそこをユノゴー氏の優れた文才で感動的にしてもらいたい。それで最後は幼馴染の令嬢と結婚して王太子の身分も王家も安泰で終わらせて欲しい。
なんなら令嬢は全てを知っていて、それでも王太子を許し、受け入れ彼を支えて乗り越える話にしてくれると良い。
侍従は王太子の中で美しい思い出として、いつまでも生き続けるのだ!的な感じで。
それが一番良い終わり方だな。
「リリベル嬢のお考えは分かりました」とユノゴー氏のペンが動き出す。
途中で血を吐いたりする場面も要るかな?もしくは吐血の跡が付いたハンカチを王太子が見つけてしまうとか…。
「リリベル嬢、どこかで吐血は入れましょう。では集中しますので」と言ってユノゴー氏はものすごい勢いで書き出した。
うん、これは3日ペースだ。リリベルも分かるようになってしまった。
「入学式には発行が間に合うといいな」と伯父が。
入学式は5日後だ。出版社の人が死んじゃうようなことはやらないで欲しい。
死ぬのは侍従だけで十分だ。
リリベルはついでに父にも今回の事を報告する手紙を書く。王妃の日記の内容は要らないか。リリベルが女神に似ている話も手紙ではよそう。誰が見るか分からないし。
手紙を書きながらリリベルは考える。
あれからナル兄ちゃんは何か悩んでいる。リリベルが父に言ったところでどうにもならないだろうな。父は子爵家で満足した人だし、どうせ「放っておけ」とか、一言返ってくるだけだろう。だから相談するなら伯父だろうけど。
でもリリベルが勝手に言ってもいいのか?
とりあえずリリベルは父への手紙と東の絵本、オルゴールなど、東からのお土産を箱にまとめる。
「オルゴールか、そう言えば子爵家の人間は大抵のものを要領よくこなすが、歌ったり、楽器を奏でたりするのを見た事がないな」
「伯父様、マラカス1世が日記の最後に書いていた呪いって、実は音痴になる事と楽器の才能を無くすものだそうです」
「何だと、それは確かなのか?」
「はい。東の神様にお聞きしたので間違いないと思います。ですが打楽器は大丈夫なんだそうですよ」
「成程、ダンスなどのリズム感はあるから、そうなんだろうな」
「恐らくカスタネットは娘のタンヴァリンに子守歌でも歌おうとして歌えなかった事に驚いたのではないでしょうか?」
「北の女神は逃げた夫に報復として末代まで続くような呪いをかけたということか。では北の王子も何か呪いを?」
「どうでしょうか?同じ呪いなら子爵家は既にかかってますし、マラカス1世は夫に選ばれた後に逃げて、北の王子はまだ候補の段階だったのかもしれませんから」
「呪いは夫に決まってからか?」
「いつか北の男性王族に聞いてみたいです。恐らく王妃様はご存知ない気がします。お会いした時には言われなかったので」
「そうか。呪いは子爵家のどの辺りまで影響するのか?」
「神様は子爵家を出れば問題ないと仰ってました」
「それは嫁に行ったり婿で出たり、子爵家の者以外になるという事か?」
「そして新たに子爵家の一員になった者には呪いがかかります」
「音楽家とは結婚できないな」「打楽器はOKです」
「そうだったな〜アハハハッ。マラカス、カスタネット、タンヴァリン…彼らの名前は関係あると思うか?」
「さあ全く分かりません」
「そうだな。それは追求する事にそう意味はないな」




