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「で、ワンコな殿下はリリをどうしたいの?」
リリベル嬢の兄が俺に話し掛けてくる。
「俺が犬ならお前は狂犬だな。さっきから噛みつこうとしてくる。しかも俺にだけじゃない」
「あの従兄弟とやらも、リリに気がありそうだからね」
そうか、妹のせいか。
確かにリリベル嬢がいる時に俺の警護の騎士が男性だったのは初めてだ。従兄弟だからという理由だけではないのかもな。
「リリベル嬢は側近の一人だ。ただ彼女には色々、世話にはなっている。学ばせてもらう事も多いし」
「どうだかな。だがまあ確かにリリは兄妹の中でも頭が回る。でもジッとして無いだろ?」
「それは一番、厄介な部分だな。でも大人しいリリベル嬢はもっと怖い」
「へぇ。分かってるじゃん」
「なぁお前、聖女殿が怖いのか?」
「あっそれな。姉ちゃんは婆様の縮図版なんだよな〜。殿下も作法の先生、嫌いじゃない?」
「嫌いじゃないが、すごくおっかない」
「それっそれなんだよ!いつも俺への第一声が、周囲に迷惑掛けてないか?なんだ」
何だこいつ案外面白いのか?
「何で学院に行かなかった?」
「へ?だって12歳の時には学院の勉強なんて全部終わってたし。侯爵家の仕事学ぶ方が面白かったから伯父もそれでいいって」
「だから、そんなに生意気なのか」
「ああ、ちゃんとできますよ殿下?これからは敬語で話しましょうか?」
「今更キモい。要らねっ」「ハハ〜。殿下も素でいいね」
「兄ちゃん!さっきから殿下に無礼な事言ってるんじゃない?」
リリベル嬢が先頭を歩く俺達に走り寄って来た。
「ああ。聖女殿に叱ってもらった方が良さそうだ」
「やっぱり!」「おいっ!酷いぞ殿下。俺、少し歩み寄っただろ」
「聖騎士殿にも、ちゃんと歩み寄れ」
「いいのかな?あいつリリが来るから担当変わったぞ」
俺の耳元でリリベル嬢に聞こえないように言ってくる。
「身長!」「へ?」
「身長順でもお前が一番下だ」
リリベル嬢の兄の目が真ん丸になる。
面白い物を見た。ちょっと気分がスッとしたな。
聖女殿の侍女が扉をノックする。
「大神官様方、聖女様、第三王子殿下とリリベル嬢とその兄上がお越しになりました」中から扉が開く。
大神官長、大神官達と聖女がすでに揃っていて、俺は挨拶をする。俺以外の皆は大神官や聖女を前に頭を下げる。
大神官、聖女も王族の俺を前に軽く頭を下げる。彼らとはお互い身分の差はない事になっているから、軽い挨拶で良い。
大神官長が「第三王子殿下、この度はリリベル嬢の神々を調べる旅に同行してくれたのだったな。神殿への貢献、王家に感謝する。王家の手助けのお陰で東からの協力もスムーズだったと聞いた」
「大神官長、我々も新たな事実を知れて実りが多かった。しかも東の神にまつわる歴史的瞬間にも立ち会う事ができた。野生馬に関する新たな事実もある。詳しくはリリベル嬢から報告がされるだろう」
と言うと、リリベル嬢が前に出て東の国の絵本を渡し
「神々の事実はこちらに」と言うと彼らはその絵本を捲る。
そしてリリベル嬢の今回の東の旅での詳細が報告された。
大神官達も聖女殿もリリベル嬢の報告に驚きっぱなしだった。
そりゃそうだろうな。ペガサスまで出てきて子孫までいたんだからな。そしてずっと悪者になっていた北の女神だ。女神への心象も変わって良かった。
我々の女神も一安心されている事だろう。
この後は聖女殿とリリベル嬢とその兄は兄妹水入らずで過ごすようだ。俺は今日は役目を果たしたから退散する事にする。
「ザック殿下、お城に戻られるの?」
「ああ。お前は今日も薬草園と菜園には行くのか?」
「うん。この後少し」
「そうか、今日は手伝ってやれなくて悪いな」
「そんな!兄もいるし」
「確かに頼もしい助っ人だな。しっかり使ってやれ。聖女殿、ではまた」
「第三王子殿下、妹がお世話になりました」
「いや。ああ聖騎士殿もここで良い。ご苦労だった」
と言ってザック殿下は去って行かれた。
そう言えば、ザック殿下は、わざわざ東の隣国の報告に立ち合って下さったのにお礼を言うの忘れてた。しかもストーカーとか思っちゃったし。次に会ったら、きちんとお礼を言っておこう。
マリィ姉ちゃんが去って行くザック殿下の背中を見て
「何か王子殿下、以前と変わったなぁ」と言った。
「ん?また背が伸びたからとか?」
「ああ。そうか!じゃなくてさ。いや、だから大人びて見えたのかな?」
「確かに第三王子殿下、少し雰囲気が落ち着かれたような気がします」とミカエル様が仰る。ああ、でも多分
「それはナル兄ちゃんがお子様過ぎるからじゃないの?」
ミカエル様も「!」的を得たり的な顔をした。
「えっ俺のせい?」「ナル。何やったの?」
わーマリィ姉ちゃんの恐怖スイッチが入った。
でも今日のナル兄は庇ってやれない。何であんなに殿下にもミカエル様にも失礼だったのか?
帰りの馬車の中、マリィ姉ちゃんにタップリ怒られて、リリベルに畑仕事でこき使われて、兄ちゃんはクタクタだった。
「リリ、俺あいつに一番チビだって言われた」
「誰と比べて?」「聖騎士と殿下」
確かにザック殿下はこの一年ですごく背が伸びた。15歳の男子ってこんなに?って思うほど。
リリベルの目線より多分10センチ近く上だ。きっとまだ伸びそうな気がする。
「ミカエル様は騎士の中では平均的だと思うけど。でも一般的な令息よりは高いよね。ナル兄ちゃんは止まったか」
17歳はもう伸びないかな?
「酷いなリリ。俺ちょっと気にしているのに」
「でも兄ちゃんが何か言ったから、殿下もチビなんて言ったんじゃないの?」
「俺よりあいつを庇うのか?」
「ザック殿下はいきなり人の身体的な事を貶すような人ではないよ」
「ふ〜ん。信頼してるんだ?」
「1年間ずっと見てるし。どんな人かは分かるよ。で、兄ちゃんは何を言って、チビ扱いされたの?」
「いいんだ。俺が無礼だったのは間違いないから」
「認めるんだ。まさか殿下を試したの?」
「どんなヤツなのか知りたかっただけだよ。どうせ俺は身長も身分もあの三人の中では一番下だ」
分かっているけど何だか悔しい。
昔は身分なんて気にもした事なかったのに。でも確かに仕事ができるだけじゃ駄目だ。優秀なだけじゃ駄目なんだ。でもこればかりはどうにもできない壁だ。
どこかの養子になりたい訳でもない。子爵家を出たくないほど俺は家族を愛している。だから自分で勝ち取りたい。
でもどうやって?
急に無口になった俺をリリベルは心配そうに見ていたけど、ゴメンな、リリ。リリの為だと思ってやった事が、俺の非力さに気付く事になって、逆に俺は落ち込んでいる。
俺はもっと大きくなりたい。それは身長じゃないぞ!




