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ベルオットは久しぶりにウイスキーのロックを片手に書斎の窓辺で考え事をしていた。最近は、ずっと米酒を嗜んでいたが、やはり長年親しんだ年代物のウイスキーは良い。スモーキーな香りが鼻から抜ける。
さすがにリリベルにはこの良さは解らんだろうな。
リリベルから、カテリーナ様の母上である王妃と北の王子が続いていたという話を聞いてから、侯爵家でも独自に情報を調べさせていた。
その後、子爵家でもたらされた話以外にも、侯爵家の暗部から、王妃の日記があるという情報を得ていた。
しかし、それがどこにあって、誰が持っているのかという情報だけはどうしても分からなかった。
恐らく王太子なら知っているだろうと踏んでいたが、大当たりだった。
何も知らずに巻き込んだリリベルには申し訳ない事をした。だがベルオットが思うより、遥かに簡単に事が進んだのはリリベルのお陰だった。
もちろん王太子の前で水色の石の指輪を置いたのは王太子が気にするだろうと考えたからだ。
リリベルが勝手に指輪に加工した!と感動を見せたのも功を奏した。
実はモバイル6世からもらった水色の石は、加工などせずに大事にベルオットが保管している。
王太子が日記を読んでいたなら、必ず気にかけてくるだろうと思っていた。
最初から王妃がどちらを好きかなんて予想は簡単だった。
なぜならカテリーナ様の手記で、心を病んだ元王はカテリーナ様に妻の姿を重ね、何度も詫びたと書いてあった。
どう考えても元王が妻に強い罪悪感を抱いていたから起こった事だ。彼は病んでいても深層心理には原因となった深い罪悪感があって、妻に似たカテリーナ様を見た事で、彼をそうさせたと考えると、妻は国王を愛していて、国王はそれを妻の死後に知ったのではないか?というのがベルオットが考えた憶測だ。
まさにその通りだった訳だが。
北の王子は王妃を愛していたのだろうか?
だが彼は北から逃れられたら、それで良かっただけのような気もする。随分長く王妃に匿われていたのは、オリベル王女の成長を同じ王城の中で見守っていたからなのではないか?ベルオットが最も知りたかったのはそこだ。
彼が王妃に別れを告げたタイミングはオリベル王女が嫁ぐことが決まった時、もしくは嫁いだ直後なのではないか?
もう娘を見守る必要は無いと。
だが逆に王妃が彼を手放せなかった。
北の王子は決して東と西を仲違いさせようとした狡猾な人間ではなかった。
むしろ王妃も娘も息子まで見捨てることができなかった優しい男だったのだ。
だから彼は母親が亡くなり立場の危うくなった息子を連れ出したのだ。
きっとそうだ!
でなければ改宗し王妃の冥福を祈るだんて事はしなかっただろう。
機会があれば王太子を嵌めて、また聞き出すか?
でも、もういい。この件はこの結論が一番私の中で望む答えだ。
リリベルが、北の女神の夫の好みの理由が判ったと言っていた。金髪で水色、またはエメラルドグリーンの瞳の男性を選ぶ理由、それは水色の瞳は弟で、エメラルドグリーンの瞳は妹だからだそうだ。
“北の女神は寂しがりや” 成程な。
なぜ父神は国を三つに分けた?しかも互いが行き来できない制約まで付けて。
その真相には弟も辿り着いていないようだが、神に聞けば答えてくれるのか?
さすがに神もプライバシーには触れられたくないだろう。神話とは神が語るわけではなく人間が語るものだ。
美しい内容ならまだしも、スキャンダルを人が語るのはゲスの極みと言うものだろう。
人が真実を求め過ぎるのは良くないな。謎は謎のままでもいいだろう。
特に西の女神は姿を現していない。
我々はリリベルのせいで、たまたま知る事になっただけで、それを新たに広めるべきではないだろう。
王太子の知りたがりは良くない。まさに“緑色のベル”に囚われている証だ。
ララベルを逃した事がそんなに残念だったのか?王太子妃には言えないだろうな〜。
きっと彼の初恋だ。
フフフ。もう米酒も無くなったから、しばらくあの悪酔いとは無縁だ。
あれは美味いから、つい量を間違える。酔い易いのも困る。
そうだ!次はララベル夫妻を東に送ってやろうか?
きっと東の神は喜ぶんじゃないか?ただララベルは母似か。
東の神の容姿はベルに似ているらしい。
リリベルも近頃はベルに似てきた。
マリベルが年頃になってベルに似てきたのと同様に、逆にベルナルドが母に似てきた。
ララベルではダメかな〜あれも北の女神の気配がするはずだが。まあまだ先の話だな。南の王女が嫁がないとララベルは動けない。
それに私もしばらく弟の手助けに手を取られるから、それが終わったらゆっくり考えるか。
そうだ!リリベルに頼まれていた!
ガブリエラと第三王子の侍従を結びつけるのだったか?
妻達は忙しそうだ。2番目の弟に言っておくか。彼は、もう長女の結婚を諦めていたから喜ぶかもな。
確かに他人が進めないとあの子は恋愛に関してはヘタレだ。
リリベルに良いようにされるなんてダメだろう。
まずは一人産んでからだな。女になるか仕事に戻ってくるか、さて、彼女はどちらだろうな?