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宰相は公爵家の出身だ。
前任者は前国王の隠居後、間もなくして職を降り
「国王に権限が無くなってから議会をまとめるのは大変だぞ〜」と言って、彼に職を押し付けるように宰相府を去ったそうだ。
それから20年以上、彼が宰相を務めている。
自分にとっては父と言うより祖父に近い存在で、随分と見守ってもらっている。
早く彼に引退させてあげたいが、彼が次期宰相として育てようと狙っていた筆頭侯爵令息だった伯父は、巧みに逃げたそうだ。
伯父の代わりに自分の父にも白羽の矢を立てようとしたそうだが、三番目の叔父の事件を機に我々一族は国政から背を背けた。
正確には王族にだ。
宰相自身のお子様は身体の弱い令嬢が一人、婿を取って公爵家を維持しているが子供がいない。
一度、自分を養女にと話も出たが結婚を考えていない自分は無理だと断った。でももし結婚したなら?と一瞬、想像がよぎるが15歳の従姉妹に翻弄される自分には宰相も公爵も無理だろうと考える。
補佐官職が自分の限界では…。
エリオットのように男性であったなら最初から躊躇せず宰相を目指しただろう。だけど、今はどこか自分は女性としての幸せも考えつつある。
彼と再会してしまったから。
「閣下、私の従姉妹の事なのですが」と言うと、宰相は
「あぁ、あの見事なお嬢さんだろう?前侯爵が楽しそうにしているなぁ」
と仰った。
「ご存知なのですか?」と聞くと北の件は彼女がほぼ解決したのだと言う。だが「自分の家だから守った」という意識しか彼女には無いんだよと閣下は仰った。
ガブリエラは東の国であった事も全て見てきた。
彼女が居たからペガサスの生存と子孫が明らかになった。
彼女が居たから東の神は気力を取り戻し“神の司書”を再び選んだ。そして第一王子の心にも留まった。
更に彼女が居たから神々の真実の描かれた絵本をこの国にも広げる事ができる。
もしかしたら彼女が居たから自分もまた、彼とヨリを戻す事になったのかもしれない。
あの時、彼女は殿下の意志なく勝手に彼に私の相手を指示し、朝まで彼に休みを出した。それがきっかけでどんどん彼との接点が増えた。私の気持ちはそっちのけだったが、でも背中を押されたんだ。
私一人なら今でも尻込みしていた。
東であった出来事は馬車の中で報告すべき事と、そうで無い事の口裏を合わせていた。
本当は言ってはいけない内容だ。
だが閣下になら話しても大丈夫なのではないか?そうしないと惜しい人材を失うかもしれない。
「宰相閣下、本当は言わない約束をしたんですリリベル嬢と。きっと伯父も私と縁を切ってしまうほど、お怒りになるかもしれません。でも言っておかないといけないと思ったんです。閣下に」
「ガブリエラ、無理をしなくていい」
「いいえ、閣下、リリベル嬢は、彼女は我が国の女神にお姿が、似てらっしゃるそうです。だから東の神が心を開いて再び“神の司書”を彼女の依頼で選んだのです。その行為と彼女の魅力は幼い王子の心さえ動かすものでした。
東の第一王子殿下はリリベル嬢に求婚をなさいました。王族の皆様の御前でしたから、どんなに幼くとも冗談では済みません。それをご承知で求婚なさったのです」
「それは…それでリリベル嬢は受けたのか?」
「いいえ。殿下は10歳なのですから当然です。しかし第一王子殿下は15で成人したらリリベル嬢を迎えに上がると」
「リリベル嬢はその時20歳か」
「はい。ですから陛下が、それまで待たずとも良いと、リリベル嬢には自由にせよと申されました。当然、王子の心変わりを懸念されてのリリベル嬢への配慮かと思いますが、第三王子殿下は王子のお気持ちは、きっと本気であろうと申されておりました」
「そうか。王太子殿下へは、どこまで報告がなされているであろうか?」
「私が最初に閣下に報告した内容のみのはずですが…」
「第三王子殿下が話すかもしれないと?」
「分かりません。彼は話さない事をご自身でお決めのようでしたが…」
「確かに王太子殿下にかかると口を割るかもしれないな」
「王太子妃様にではなくですか?」「さよう。王太子殿下だ」
「‥‥‥」
「安心せよガブリエラ。私がその情報を元に動く事はないと約束しよう。爺が聞いた事は墓まで持って行こう。だが助けが要ればいつでも言ってくれ」
宰相閣下はそう言って優しく微笑んだ。




